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プロフェッショナル・ゼミ

地獄の華《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:紗那(プロフェッショナル・ゼミ)※フィクション

最悪な目覚めだ。時計の針はとうに昼の2時を過ぎていた。
鉛のように重い身体を無理やりに起こすと、いつものように煙草に火をつける。美味しいと思ったこともない煙草を吸うのは、生きている感覚を得られるから。身体に悪いものを染み込ませ、それをもってしか生きている気がしない自分は馬鹿だと思う。
ふと、鏡の中の冴えない女と目が合う。目が腫れて奥二重になっているし、自分はこんなにも冴えない女だったかと戸惑う。肌ツヤだって昨日の少女に比べたら勝てるはずもない。最近は目尻の皺も気になるし、疲れもなかなか抜けなくなった。「綺麗だね」と男に言われる度にそれを失った自分には何も残らないのではないかと怖くて仕方ない。このまま美を売りにして、一生は生きていけないことくらいわかっている。わかっているけれど……。
昨日のやけ酒のせいで、頭がぼんやりとする。
あぁ、私はどうして女に生まれてしまったのだろうか。
こんなにもめんどうくさい生き物に生まれるんじゃなかった。

「あなたみたいな人は地獄に落ちます」

そう言い放った昨日の少女の綺麗な眼差しが蘇る。まだ、濁りを知らない真っすぐで迷いのない瞳。私には眩しい程の力と光に満ちた瞳。美味しくもない煙草の火を消すと、私はスマートフォンに手を伸ばし、お気に入りに登録された男の番号をダイヤルする。
電話のコール音が鳴る間に昨日の記憶が蘇る。

そう、あれは夢ではなく現実の出来事……

「美麗さん、今日は新しい女の子が来ています」
開店前、そう言って後輩の美咲は若い少女を私の前に出す。
初々しい顔の少女が私にぺこりとお辞儀をした。お化粧がまだ手馴れていないのか、頬は強いピンクに染まりチークを塗りすぎてしまっているようだ。意志の強そうな眼差しが私をじっと見る。
「綺麗な子ね。名前は決まった?」
じっと私を見つめながら、首をふる少女にほんの少しの違和感を感じる。
キメの整った綺麗な肌に無理にファンデーションを塗りたくっているのがわかる。肌ツヤから、歳を偽っているのではないかと長年の勘が騒ぐ。すらりとした手足に小さな顔を持っているが、賢そうな顔はどう見ても夜の世界に不釣り合いだ。どうしてこの娘はこの世界に足を踏み入れたいのだろうか。
「あなたいくつ?」
私の問いに少女は少しだけ、たじろいで視線を落とす。
「20歳です」
下を向いた彼女の長くて太いまつ毛に見とれてしまう。綺麗な顔。あと5年もすればもっと憂いもでるだろう。しかし、誰かに似ている気がしてならない。年齢は、きっと15、6歳というところだろうか。男の眼はごまかせても、若さに敏感な女の眼には年齢なんてすぐにバレる。
「そう、若いわね。名前は花凛にしましょう」
私はあえてその少女の嘘を見逃した。どうせ世の中なんて嘘だらけだ。何かのっぴきならない理由があるのだろうから、少女の小さな嘘くらい見逃してあげよう。
「お化粧は慣れてないのね? こっちへ来て。綺麗にしてあげる」
私は花凛の肩を押すと控室に案内した。綺麗な店内とは対照的に狭くて汚い控室だ。簡易的なドレッサーの鏡の前に座らせると、メイク落としのシートを差し出す。
「これで、落として。ちゃんと綺麗にしてあげるから」
花凛は私をしばらく怪訝そうに見つめると、あきらめたように黙ってシートで顔を拭いた。
つるりとした素肌が顔を出す。おでこにあるニキビが若さの象徴のように輝いている。
「化粧はね、重ねればいいってもんじゃないのよ。自分の魅力を引き出すためのものなんだから」
私はポーチから、パウダーを取り出しほんの少しはたくと、赤い練りチークを指にとって彼女の頬にポンポンと重ねた。弾力のある肌が抵抗するかのように指に吸い付く。
「チークは赤のほうがいいわ。ここではかわいいだけじゃなくて、憂いを出さないといけないから」
花凛はさっきから何も言葉を発しない。感情を隠すかのようにペタリと無表情が張り付いているが、時折、私に軽蔑のような目線を向けていることに気づいていた。
「どうして、夜の銀座の世界に?」
私は普段は新人の子に絶対に聞かないことを聞いていた。そんなことを聞くのは無意味だからだ。しかし、お金と華やかさに憧れてこの世界の門を叩く多くの少女とこの娘はどこか違う気がした。本当のことを言うと昔の自分に少しだけ似ている気がしたのだ。この世界を恨みながらも覗かずにはいられなかった自分と……。
「ちゃんとした理由があります。でも今は言えません」
低くて落ち着きをはらった声だった。
「そう、まぁ理由なんてそれぞれだから。でも覚悟してね。一度この世界を知ったら、もう後戻りできないのよ」
彼女の小さな唇に赤い口紅をのせる。顔全体の印象が華やかになった。嫉妬するくらい綺麗な娘だ。
「ホステスになるということは、お金と華やかさは手に入れられても普通の女の幸せは諦めなくちゃいけないからね」
「美麗さんは諦めているんですか? 普通の幸せ?」
少しの沈黙の後、小さな赤い唇が少しだけ動いた。鏡越しの彼女と目を合わせると私は少しだけ笑った。
「私は最初からそんなもの望んでない」
自分でも驚くほど簡単にそのセリフが出てきた。そうか。私は最初から望んでなかったのか。
「普通の幸せなんて曖昧なもの、私はいらないの」
声に出すと、我ながらひどく乾いたセリフだなと思った。まだ若い花凛には到底理解できないことだろう。普通の幸せなんて脆くて壊れやすいものより、わかりやすいこの世界を私は選んだのだ。

「でも、他人の幸せはかじるんですよね?」
少しだけ彼女の声が震えている気がした。
私は鏡越しの彼女と目を合わせようとしたが、花凛は視線を左に落とし、こちらを向いてくれなくなった。
「どういう意味?」
「いえ、深い意味はないけど……普通の幸せを持っている人からお金を取ってるじゃないですか」
「そうね。そういう意味では幸せをかじっているのかもしれない。でも、貰う代わりに私達は与えているのよ。普通の幸せでは得られない時間をね。男の人に歪んだ幸せを与えてあげるの」
私は花凛の顔をぐいっと両手で掴むと鏡に向けた。
「すごく綺麗。あなたが覚悟さえ決めればきっと上を目指せるわ」
花凛はまだ唇をヘの字にして何か言いたそうだったがそれ以上は何も言葉を発しなかった。
生意気で何か言いたげな表情が、昔の自分を見ているようだった。

店がオープンすると花凛を私のヘルプとして横につけた。
「この娘は今日から入った花凛です。とびきり若いですから宜しくお願いします」
私が花凛を紹介すると馴染みの客達はすぐに花凛を気に入った。
「おー綺麗な子だね」
舐めまわすような男の視線に花凛は、小さく震えているような気がしたが、表情には出さずに凛としている。彼女は微笑むように小さく笑うと慣れない手つきで男たちに酒を注いだ。慣れないながらも懸命な姿に安堵した私は少しの間、席を離れた。

その数分の間だった。

ガシャン
「なんなんだね、君は!」
グラスの割れる音と男の怒鳴り声がほぼ同時に聞こえた。私は慌ててフロアに戻ると、声は花凛のいる席からだった。
「どうされましたか?」
私が席に戻ると、常連客が怒りの表情を浮かべていた。
「ちょっと、手を握ったくらいですごい顔をするんだこの女は」
花凛の方を向くと、唇を噛みしめ男を睨んでいた。
「まぁ、花凛が大変失礼なことを……。申し訳ありません、宮本さま」
私は諭すように常連客の腕を優しく掴むと頭を下げた。しばらく宮本の怒りに付き合うと落ち着いた頃を見計らい、他のヘルプを手配し私は花凛を控室へ連れ出した。

「嫌なら帰りなさい。ここはあなたみたいな人が来るべきところじゃないわ」
彼女の長いまつ毛が濡れていることに気づいた。
「こんな、こんなことする女に……お父さんは取られたの……」
花凛の震える声が段々と大きくなる。
「いろんな男の人に色目を使うこんな女に幸せを壊されるの?」
私は思いもよらない言葉に困惑した。この子は一体……。

「あなたみたいな人は地獄に落ちます」

花凛はマスカラの落ちた黒い涙を流しながら私をすごい勢いで睨んだ。
「返してよ! ねぇ、他人の幸せをかじらないで」
私の腕を掴みながらおいおいと泣く少女を見て私は茫然とした。
あぁ、そうか。この娘は愛している人の娘だったのか。私は常連客の一人の妻子ある男と付き合っていた。どこかで見たことがあると思ったのは、あの人に似ている瞳を持っているからだったのか。

ぼんやりとする頭の中で記憶が過去にさかのぼる。あれは私が花凛くらいの年齢の頃の話だ。あの事件があるまでは私も確かに普通の子だった……。

その日、受話器を握る手に力がこもっていた。
「……」
無言の裏に女の隠しきれていない執念のような息が聞こえる。
きっと、またあの女だ。
お腹の底から湧き上がる熱い気持ちに受話器を投げ捨ててしまいたくなった。
「いい加減にしてください」
17歳の私は小さくそう言うと、気持ちとは裏腹に静かに受話器を置く。
受話器を置いた手が少し震えている。早くこの震えを止めなくちゃ。しかし、浅い呼吸を深くしようとしてもどうしても怒りで上手くいかない。
「美咲、電話誰だった?」
震えていた右手を左手で力任せに抑えると、私は振り返る。
「間違い電話だったよ。お母さん」
いつもと変わらない地味で冴えない平坦な母の顔がある。
「そう、よかった」
母は、本当はわかっているのだ。その頃、よくある間違い電話が父の愛人からの嫌がらせだということを。わかっていながらこの人は何もしない。父を問い詰めることも、女を罵ることも。何もしない母に17歳の私は憤りを感じていたのだ。普通の幸せというものにすがりつくことしかできない母を、当時の私は軽蔑していた。だから、私は普通の幸せなんかにしがみつきたくなかった。そんなものよりもっと明確でわかりやすいこの夜の世界に入っていったのだ。

あの時の私は、今目の前にいるこの娘のように真っすぐに立ち向かうことが出来なかった。父親をたぶらかした女に会いに行き、そこで働こうなんて考えが及ぶこの少女の行動力に私は完敗を食らった気がした。

目の前には嗚咽が出るほど泣き続けている少女の姿がある。
慣れているはずのヒール足元がひどくぐらついていることに驚いた。
「あなた、田島さんの娘なのね……」
どうして私は自分を苦しめた女と同じことをしてしまったのだろう。目の前の少女が昔の自分にしか見えない。どうかこの娘にはこんな世界を知らないで生きてほしい。
「大丈夫よ。言ったでしょ? 私は普通の幸せは望まないの。だから、あなたのお父さんを取ったりしない……」
私は震える足で必死に立ち続けながら、泣き続ける少女の背中をさすった。それは過去の自分を慰めているようだった。しばらくすると、私は彼女をタクシーに乗せた。
二度とお父さんに会わないということだけを告げると、強く疲労した少女の顔が最後に一度だけ私を見た。
「本当は、本当は普通の幸せが欲しいんじゃないですか?」
真っ直ぐで突き刺すようなその視線にドキリとした瞬間、絶妙なタイミングでタクシーの扉が閉まった。

二度と会わないだろう愛する人の娘の幸せを願うのは、私自身、本当は普通の幸せが欲しかったからかもしれない。だけど、そんなもの今更無理なのだ。

****************************************
昨日の出来事を走馬灯のように思い出す間に5回ほどのコール音がなり、男が電話に出た。
「もしもし、こんな時間にどうした?」
落ち着いた男の声がする。きっとこの声が好きなのだと思う。電話で話をすることに決めてよかった。顔を見たら諦めがつかなくなりそうだから。
「今は外?」
「あぁ、営業の合間だから外にいるよ」
「昨日、あなたの娘が店に来たよ」
受話器越しにでも男のたじろぐ顔がわかる気がした。
「は? 芽衣が? なんで?」
「理由は本人に聞いたら」
私の前で見せたこともない動揺の声を見せる男に可笑しくなってしまう。それは本当に大切なものへの焦りだった。私のことでは、きっと一生こんな姿は見せてくれない。どうせ私はどこまでいっても影の女なのだ。
「は? どういうことだよ? なんであいつが?」
「あの娘はきっといい女になるよ。だからあんたもちゃんとしなよ!」
あの美しさと強さを持っているのだから、道さえ間違えなければすごい女になるだろう。
「え?」
「もう会わない方がいいと思う。私、あの娘には勝てないもの」
あの娘は昔の私よりも強くて賢い。勝てる気がしなかった。
「もう、お店にも来ないで」
たじろぐ男の答えを聞く前にすぐに通話ボタンを切った。

相変わらず、二日酔いで頭痛がひどい。部屋には煙草の匂いが充満している。
鏡に向き直すと私は化粧ポーチを開ける。自分の冴えない顔というキャンパスに美を描く。
女になんて生まれなければよかったと思う。めんどうくさくて大変な生き物。
綺麗であることに何の意味もない。だけど、私はそれで生きているし、これからもそれで戦っていく。

私とあの娘はすごく似ていた。勝気な性格も、凛とした態度も。だけど、あの娘には私のようになってほしくない。それが愛した男の娘だからそう思うのか、自分と似ている境遇の娘に昔の自分を重ねているのかはよくわからなかった。

一通り綺麗にメイクをした自分を鏡に映す。
大丈夫、私はまだこの世界で戦える。
「あなたみたいな人は地獄に落ちます」
少女の言葉が脳内に何度も響く。

私はとっくに地獄になんか落ちている。

だけれど、それでもいいのだ。私には覚悟があるのだから。枯れ果てるまで咲いてやる。

***

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