プロフェッショナル・ゼミ

知らない世界へのパスポート《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:和智弘子(プロフェッショナル・ゼミ)

「あなたの知らない世界を、知っていますか?」

私が子供のころ、おどろおどろしい女の声で始まる番組があった。
そう、心霊番組だ。
お昼のワイドショー番組のなかで放送されていたものだ。
お盆の時期にだけに放送されていたようで、夏休みを満喫していた私にとって、その時間帯は恐怖に震え上がっていて、すこしばかりトラウマとして心に刻まれている。

母親はこの番組が大好きだった。
「えーっと、今日はどんなお話やろか? 楽しみやわあ」とウキウキしながら、新聞のテレビ欄を確認し「今日は人形のお話かあ」などとチェックを怠らない。超絶恐がりの私はすがりつくように「なあ、お母さん。お願いやから、怖いやつ見るのやめへん? なあ?」と必死にお願いしていた。
母は決まって「そんなん、見やんといたらいいだけやん。他の部屋にでも行っといて」と、いつも私を軽くあしらっていた。
「音楽聞こえてくるだけで嫌やねんて! なあ、見るのやめてやー」と半泣きになりながら訴え続ける日々が続いていた。

番組が始まってしまうと、怖い怖いと言いながら、他の部屋に移動する訳ではない。耳をふさぎ、ギュッと目を閉じてはいるものの「すこーしだけなら見てみようかな」という好奇心がわき起こる。うっすらと目を開いてみては、飛び込んでくるおどろおどろしい映像に「やっぱり怖い!」となっては、ギュッと目をきつく閉じていた。

大人になった今では「あなたの知らない世界を、知っていますか?」というフレーズは、うまく出来ているなあと思う。
「虫の知らせ」と呼ばれていることや、「第六感」とまではいかなくても、何となく勘が働いて、ということは誰にも一度くらいは体験したことがあると思う。けれど、そうではなくて「おばけを見た」というような恐怖体験をしたことがある人はどれくらい、いるのだろうか。

ありがたいことに、私自身には霊感は、これっぽっちもない。おばけなんてみたこともない。どちらかと言えば、実際に存在している物ですら、ぼんやりしていて見落とすレベルだ。万が一おばけが隣に座っていたとしても気付かないんじゃないかと思う。
けれど、私の身内で「あれは絶対におばけだった」と、確信に満ちた恐怖を体験した人間がふたり、いる。

ひとりは、私の母親だ。
ある年のお正月のことだった。
その日は「芸能人隠し芸大会」がテレビで放送されていて、姉と私は好きなアイドルがどんな芸を披露するのか心待ちにしていた。夕飯は家族みんなで、おせちの残りをつついていた。
その団らんを遮るように電話のベルが鳴った。「なんやろか」と言いながら電話に出た母は神妙な顔をしながら相槌を打っていた。
「分かった。支度して、向かいます」
そう言って電話を切った。
「どないしたんや?」
心配した父が母に訊ねると
「おじいちゃん、救急車で運ばれたらしいねん。なんか、意識ないんやて」
それは、母方の祖父の危篤を知らせる電話だった。
母にとっては、自分の父親の死を覚悟しなければならない瞬間だった。
お正月特有の温かく浮かれた空気で充満していた我が家のリビングに、すうっと、音をたてて冷たい風が吹き込むようだった。
「とにかく、病院行ってみやんとアカンから」そう言って母は慌てて準備をして、「なんかあったら電話するから」と言い残して家を出た。

母が病院に着いたころには祖父は息をしていたけれど、翌日の明け方に、静かに息を引き取った。

「お正月早々、お葬式やなんて、いややねえ」
「80歳超えてるし、大往生やね」
集まった親族一同は祖父の思い出を冗談まじりに話していた。和やかな雰囲気の中で、通夜と葬儀は執り行なわれた。
しかし、葬儀が終わったあとで母は青い顔をして姉と私に「ちょっと聞いてほしいねん」と前置きしてからポツリポツリと話しだした。

母は祖父の危篤の知らせを受けて、慌てて病院に向かっていた。
病院の最寄り駅についたのは深夜12時を過ぎたころ。駅から病院まではタクシーに乗るつもりだったけれど、運悪くタクシーは一台も止まっていない。大通りに出ればタクシーも走っているだろうと、歩き始めたところ、母の前にすうっと黒いタクシーがやってきて、ピタリと止まった。一刻も早く病院へ向かいたい母は、そのタクシーの後部座席に乗り込んで「A救急病院までお願いします」と行き先を告げた。運転手は「はい」と言って、車を走らせ始めた。

始めに違和感を感じたのは温度だった。
妙に寒い。
1月だから寒いのは当たり前だけれど、背筋が凍るような寒さを感じた。
「すみません、寒いんですけど窓、空いてません? 暖房ついてます?」
母は運転手に訊ねたけれど、返事がない。「なんや、変な運転手やな」そう感じていたけれど、早く病院に向かいたいし、どうせ5分ぐらいの距離だから我慢すれば良いか。そう思ってゾクリゾクリと身体の内側にまとわりつく寒さに震えながらも、じっと座っていた。
ふと気になってミラー越しに運転手の様子を見るとやけに青白い顔がちらりと見えた。青白く、のっぺりとして一切の感情を持たないような顔。
その瞬間に、ぞわあぁっと全身に鳥肌が立った。
この人、人間じゃないかもしれない。
直感的に、そう感じた。
そこから病院に着くまでの時間は、恐ろしく長かった。
心の中で「お母ちゃん、助けてください。守ってください! このタクシーから無事に降りられますように」既に亡くなっていた祖母に祈り続けていた。
長い道のりに感じられたけれど、5分ほどで病院に到着した。
母は「よかった。ちょっと考えすぎてたんかな?」とほっとしながら運転手に運賃を支払った。
すると運転手は「あんたのこと、おじいさんと一緒に連れて行くつもりやってんけどねえ。なんや、大きい力で守られてて、私の力では連れて行かれへん。残念やわ」抑揚のない小さな声で、そう告げた。
転がり落ちるようにして、タクシーから飛び降りた母は走って病院に向かった。怖くなって一度だけ振り返ったけれど、タクシーの姿はもうどこにも見えなかったらしい。

その数時間後に、祖父は、静かに息を引き取った。

もし、あの時、母が、祖母に助けを求めていなかったら。
祖父と一緒に、あの世に連れて行かれていたのだろうか?
そう考えるとゾッとするが、それ以外、私には思いつかない……。
心霊番組を好んで見ていたのだから、実際に体験できて良かったねとは、とてもじゃないけど言えやしない。
「死神タクシー事件」として、我が家では密やかに語り継がれている。
この事件以来、母は絶対にひとりではタクシーに乗らなくなった。

もうひとりの恐怖体験者は、義理の妹だ。
名前は仮にFちゃんとしておこう。
Fちゃんは、いわゆる「霊感の強い」タイプだった。
幼いころから、実際には目に見えないものを感じていたそうだ。
けれど、大人になってから仕事で出向いた先に飾ってあった鎧兜を触った瞬間に、霊感がパワーアップしたのだという。
霊感って、そんな理由でパワーアップするものなの……? とにわかには信じられないけれど、本人は至って真面目だ。だけど、その鎧兜が実際に戦国時代の合戦に使われていたものだとしたら。着用していた武士が非業の死を遂げたならば怨念が込められていてもおかしくない。その怨念に感化されてFちゃんの霊感が強くなった、というのは、納得できるかもしれない。

Fちゃんは霊感がパワーアップしてから、これまで以上にハッキリと「おばけ」の存在を感じるようになったのだという。存在を感じはするものの、やはり怖いものは怖いのだという。慣れることは一切なく、迷惑な話だと、Fちゃんはうんざりした顔で話していた。

Fちゃんはもともと結婚式場のカメラマンとして働いていたのだけれど、結婚を機に退職した。旦那さんと休みが合わないし、職場でちょっとしたイザコザがあって、体力的にも精神的にも疲れてしまったらしい。自宅近くの大学で、事務の職員を募集していて、そこで働きたいと言っていた。倍率が高いらしく、就職できると良いねと応援していたが、運良く、大学事務の職員として採用されて、その大学で働き始めるようになった。

ところが。
Fちゃんが新しい職場で働き始めてから2、3ヶ月程経った頃のこと。
私に相談があるという。
「どうしたの? 旦那さんとケンカでもしたの?」
優しい旦那さんだし、仲も良い。まさかとは思いながらも、もしかして旦那さんの浮気でも発覚したのかな? なんて考えていた。
しかし、Fちゃんの相談は思いもよらないものだった。
それは、新しい職場に、おばけがでるのだという。でる、というより、「ずぅーーーっと、いる」のだそうだ。一瞬も消えないらしい。常に同じ場所にいて、半透明の置物のような存在なのだ。何か話しかけてくる訳ではないけれど、書類を片付けるロッカーのそばにずっと立っていて、ロッカーを使うたびにゾクッとするのが本当に嫌なのだと言う。
「Fちゃん、働き始めてから、ずっと見えてるんでしょ? 急に現れた訳じゃないのに、よく今まで普通に働いていられるね。私だったらそんな職場、怖くて速攻辞めるわ」
「うん。私も辞めようか迷ってて、相談しにきたんだよ」
「迷う必要どこにあるの??? 絶対辞めた方がいいよ!」
「やっぱりそうかなあ。でも、すごくいい条件の職場だから迷ってて。ちょっと、おばけが見えるぐらいで辞めるのもどうなのかなあって」
「いやいやいやいや。ちょっと見えるぐらい、って。Fちゃんが怖くないなら、続けても良いかもしれないけど……怖いんでしょう?」
「うん。怖い」
「じゃあ、やっぱり辞めた方が良いよ!」
「そうだよね。うちの近所、あんまり条件の良い職場がないし、また探すの大変だからさあ。でもやっぱり怖くて」
「ねえ、そのおばけってどんな感じで見えてるの? 男の人? それとも女の人?」
「男の人。若くないけど、おじいちゃんでもないよ。40代か50代くらいかな? うっすら見えるっていうか、身体が半分透けてるっていうか。陽炎みたいな感じ? 日によってちょっと濃さが違うんだけど」
「濃さは日替わりで変わるんだ……」
「そうなの。多分、私の体調が関係しているのかもしれない。体調良くない日の方が割と濃く見える気がする」
「えー何それ! 弱ってるときの方がハッキリ見えるなんて、嫌だー。余計に具合悪くなっちゃいそう」
「そうでしょう? 旦那に言ってもお前が耐えられるかどうかなんだから、自分で決めたら? って言うし」
「優しそうに見えるけど、結構厳しいこと言うね」
「そうなの! でも弘子ちゃんに相談してみて良かったわ。辞める方向で進めるよ」
「そうした方がいいよ。だって、そのおばけ、気が変わってFちゃんについてきちゃったら、怖くない?」
「いやー! そんな怖いこと言わないで!!! もう、すぐ辞めるわ!」
そう言ってFちゃんは帰っていった。
1ヶ月くらい経った後、Fちゃんから「無事に仕事辞めました」というメールが届いて、私も安心していた。

少し経ってから夫の親戚が集まる機会があり、久しぶりにFちゃんに会った。
「弘子ちゃん、この前はありがとうねー」
「Fちゃんこそ、スパッと辞められてよかったね」

うん、それがね……
Fちゃんは少し暗い顔をして話し始めた。

私に相談した後すぐに、やっぱり怖い思いをしながら働きたくないし、辞めようと決心したのだという。
辞めたいという意思を職場の上司に伝えた。
「おばけが見えて、怖いから、辞めます」とは、さすがに言えないので退職理由は適当にごまかして健康上の理由で……といったらしい。その上司は困った様子で「そうですか……。どうもここにくる事務の人は、みんな、あんまり長続きしないんですよ。なにか職場環境で嫌なことでもありますか? 言いにくいかもしれないけど、もし何か問題があるならハッキリ言っていいんですよ?」
そう聞かれても、まさか「原因はおばけです」なんて言えない。気付かないで働いている人だって何人もいるんだから、変なことを言って騒ぎ立てるのも良くないし。職場環境には特に問題なくて、個人的な問題です、といって退職願を受理してもらった。

辞めます、といってもすぐには辞められない。職場としては、また別の人を求人しなければいけないため、あと2週間ほどその職場で働くことになった。辞めることが決まってからは、Fちゃんは出来る限りおばけがいる場所を見ないようにして、出来る限り近づかないようにしていた。
ようやく退職だという日に、職場で長年務めている年配の女性職員が話しかけてきた。その女性職員は同じフロアで働いているけれど、係が違うのであまり話したことは、なかった。

「ねえ。あなた、見えてるでしょ」

Fちゃんは動揺した。おばけのことにちがいない。けれど「何のことですか?」と、とっさにとぼけた。しかし、その人は「良いのよ、隠さなくても。私も見えてるんだから。あの男の人、ずーっと動かないから、私は慣れちゃったんだけど、あなたは慣れなかったのね。慣れないと、やっぱりキツいから仕方ないわよね」
それだけを話すと、年配の女性職員は去って行ったらしい。

「その女の人、ずっと見えてるのに、そこで働いてるってこと?」
Fちゃんから話を聞いて、私は背筋が寒くなった。
「うん。多分、そうだと思うよ」
「……なんか、おばけよりも、その女の人が一番怖いよ」
「……だよね」

Fちゃんは「おばけよりも怖い、女の人事件」の後も、ことばではうまく表せない不思議な体験を何度もしている。
けれど、子供をふたり産んで、図太く元気に過ごしてもいる。

知らない世界を体験している人は確かに存在している。
けれど、その世界を体験するには、何かきっかけになる物事はあるのだろうか?
気がつかないうちに、その世界へ足を踏み入れるパスポートを、手渡されてしまっているのだろうか。
もしかしたら一歩踏み出したその場所が、すでに、その世界なのかもしれない。
あなたの、知らないうちに。

***

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