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プロフェッショナル・ゼミ

たかが3年の果てしない長さ《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あかり愛子(プロフェッショナルゼミ)

目が覚めると3年経っていて、私は恋人と別れていた。

もちろん、朝起きてすぐに、そんなことに気づくはずもない。
私の中では、昨夜別れ際にキスをした、いつもと変わらないの恋人のつもりだったのだ。
家まで送ってくれたあと、おやすみ、と言いながら私の頬に触れた指。
私がドアの中に消えるまで手を振り続けてくれた、のんびりした笑顔。
ベッドの中で眠りに落ちるまで、耳の中にあたたかく反芻した、穏やかな恋人の笑い声。
眠って起きたら、明日は朝から水族館に行く予定だったのだ。

まさか3年も経っていて、しかもたった3年後に別れてしまっているなんて。

寝坊して慌てて向かった待ち合わせ場所には誰もいなかった。
電話すると恋人は家にいた。
眠そうに応答する声に、少し腹をたてながら、それでも私は愉快な気持ちで家に向かったのだ。

――いつも人には遅刻するなって言っておいて。
――寝坊なんて珍しいけど、めったにないことだもん、今日のごはんはおごってもらうぞー。

にやける口元を隠して、精一杯のしかめつらで呼び鈴を押した私の前に現れたのは、けれど、想像もしなかった表情の恋人だった。

「えっと。どうしたの? 急に。なにかあった?」
「なにかあったじゃないでしょ? 水族館!」
「……水族館?」
「もー、寝坊したからってとぼけてもダメ! 帰りの焼き鳥はおごりだよ」

言いながら、急速に違和感にとらわれていった。
なにかがおかしい。
なにが?
恋人の、まったく動かない口元、本気で戸惑っているように固まった眉の形を見ながら、私は自分がひどく場違いなことをしているような気になってきた。
彼をたしなめるつもりで作った表情も、寝坊さえ今日のデートのアクセントになるとわくわくしていた胸のたかなりも。
――待ち合わせ時間が違う?
――あれ? 今日じゃなかったっけ?
最初に浮かんだ小さな疑問も口に出すことができない空気が、私と恋人の間に流れていた。
ドアの部分を境界線として、お互いが、まったく違う世界に立っているようだった。

顔は確かに同じなのに。
私を見つめる視線に温度を感じない。

「今日……水族館にいくって、予定、でしたよね?」

私一人がはしゃいでいた。
なぜかはわからないけど、それだけは肌に感じられて、そっと、口調も変わってしまう。
初めて会った時の距離感に引き戻されるような不安。

しかし、彼に流れていたのは時間以上のものだった。

「どうしたの? 1年ぶりに電話してきたと思ったら。なにしにきたの?」

戸惑いと、拒絶と、それでもそれを隠そうとする気遣い。
私が入れないドアの向こうにあったのは、それで全部だった。

・・・・・・

曖昧に微笑んで背を向けて、とにかくその場を離れた私は、ようやく日付を再確認して、今日が昨日の3年後だと気が付いた。

携帯電話の待ち受けが変わっている。
手帳のカバーデザインが変わっている。
自分の髪型は変わり映えしないが、履いている靴の趣味が違う。

――ここは、どこだ?
――私は、一体誰になってしまったんだ?

見回すと、街なみも少しずつ記憶とずれている。
昨日お茶をしたカフェはもうなくなっていた。
ニューオープンだったのに。
晴れた冬空の下、公園に座り込んで、女友達に電話をかける。
幸いこちらは付き合いが続いていたようで、地続きの返事が返ってきた。
ごく最近も会ったのか、一緒に行った店の噂話をひとしきりされる。
しかし私がおそるおそる恋人のことを尋ねると、声のトーンが跳ね上がった。

「え? 何言ってんの? 会いに行った? あんたオニだよ」

あっけにとられた表情が浮かぶ声には、怒りもはっきりと混じっている。

「あんなことしといて。もう二度と会わないってあんたが言うから、私もまあいっかって思ったけどさ。それでももっと言いたいことあったんだからね? あの時だって」
「あの時って?」
「……ふざけてんの? 朝から」

友人の怒りを感じて、しかしこれはビンゴだとわかった。
一発目からいきなり一列揃った。
ここを逃してはいけない。
なんとしても、話を聞かなくてはいけない。

「嘘だと思うかもしれないけど、聞いてくれる……?」

・・・・・

友人の話を聞いた後では、簡単に恋人に連絡をとることはできなかった。
私は、2年付き合った恋人を『考えられないような身勝手な理由で』一方的に突き放したのだという。恋人は非常に傷つき、一時期ふさぎ込んでいたという。
そのせいで、私の、もとから少なかった友人も一層減ってしまった。
――そこまでなるような、私は一体何をしたんだ?
しかしそれは、どうしても教えてくれなかった。

「言いたくない。また思い出したら腹たつし」

3年の流れを解説してくれた友人は、腹立たし気に目をそらしながら首を振った。
茶色のロングヘアはばっさりと切られ、真っ黒なベリーショートになっていた。
随分思い切ったねと目を丸くする私に「あんたのアドバイスでやったんでしょうが」と毒づく。記憶の中の友人と変わらない、飾らないものの言いかた。

「……それより、今のあんたの話、嘘じゃないんだよね?」

けれどそうやって気遣うようにこちらを見る目には、よく見れば確かに3年分の重みが感じられた。ピンと張ってきつい印象だった目尻はほんの少しやわらいでいて、これが彼女が身に着けた経験や成長の結果なのかもしれない。

――私が、過ごしていない3年。
――もしくは、私が忘れた3年。

私の目はどうだろうか?
手鏡に写した目元は、乾燥が目立つようになった他は、あんまり変わっていないように思える。

「どこまで、覚えてんの?」

友人の声に慌てて鏡から顔を上げる。

「3年前の、昨日まで」
「その日あんた何してたの?」
「普通に、あの人と一緒に海に行って」
「こんな冬に!? どこの海?」
「シーサイドももち」
「ばかじゃないの? 真冬にあんななんもない海」
「ばかって何よ。楽しかったよ。寒い上に雨だったからだーれもいなくてさ。大きな傘に2人で入って、砂浜に立ったままずっと海を見てたんだぁ」

思い出すと頬が緩む。
たった昨日のことなのだ。
漂うような霧雨の中、足元の砂浜は海の一部みたいに見えていた。
私たちも海を泳ぐ魚みたいに揺れながら、日が落ちるまで遠くの船を見ていた。
車に積んでいたブランケットに2人でくるまって、背中全体で恋人の体温を感じながら。
寒さなんて、全く感じなかった。

「3年前か。付き合ってどれくらい? いま」
「ちょうど1か月」
「そっか。楽しいんだね」
「目が覚めるのが待ち遠しくて死にそうだよ」
「でも、それじゃあと2年か」
「ん?」
「あんたたちが別れるまで」

友人はその後我に返ってさすがに、今のあんたには気の毒だったと謝ってはくれたが、だからといって聞いた事実は変わらない。
私は、これから(中身の私にとってのこれから)2年後に、恋人を捨てるのだ。
信じられない。
あこがれてあこがれて、やっと付き合えることになったところなのに。

友達と別れて、とりあえず家に戻り、整理する。
これがなにかの間違いであるという可能性を洗い出す。
①夢
②ドッキリ
リストは2つめで行き詰った。
いくらリアルな夢を見る私でも「夢」はない。外は寒かったし、お昼ご飯はまずかった。
ドッキリについてはなおさらありえない。
街並みや私の部屋まで変えてしまうなんて、ドッキリだったら逆に恐縮するレベルだ。
こんな私ごときにそこまでしてくださって。

だけどそうだったらどんなにいいだろう?

私は昨日も使ったなじみのマグカップでコーヒーを飲みながら、見慣れない新しいパソコンで自分のことを調べる。
メールやSNSのコメントを見る限り、現在、恋人はいないようだった。
アナログな手帳を読み返してみるが、大事なことほど手帳に書き残さない私のクセが災いして、キーとなりそうな期間にはまったくどうでもいいことしか残っていなかった。

――おいしい餅のアレンジベスト30とか。もっと書くことあるでしょ。

いらだちつつも、まったく書かれていないということ自体が、ことの大きさを表しているようにも思えた。手帳は読み返すのも自分しかいないつもりで書いている。それなら、実際起こった出来事が大きければ大きいほど、それは自分にとっては「書くまでもない」ことなのだ。めでたいことなら殊更に書きたてるかもしれないが、辛いことが重なる時期ほど、どうでもいい話題を落書きのように書き連ねて気を紛らわすクセが、私にはあった。
そしてこの時期、ページは連日、くだらない話題でびっしり埋められていた。

それだけ辛かったのか?
と言っても友人の話では、辛かったのは私ではなく恋人のほうだったような。

――んー……わからない!
――わからないなら、やっぱり聞くしかない!

私は5分ほど迷って、恋人に連絡を取ることにした。
友人が、先に恋人に伝えておくと言ってくれたのもある。
「話すのも一年ぶりのあんたがいきなりそんなこと言ってもさすがに信じないと思うから」
――ありがたい。
けれど私は友人の気遣いがなかったとしても、恋人に連絡を取っていただろう。
一日きちんと会えないだけで、もう我慢できないくらいに恋しくなっていた。

私は恋人の住む部屋の前に再び立つと、慎重に呼び鈴を押した。
事情を一応聞いていた恋人は、それでもあからさまに警戒しながらドアを開けた。
「近くで話せる?」
「……いいよ」
ドアを閉める瞬間、ドアの奥に見知らぬ女性がちらりと見えた。

3年たって街が新しくなったから道がわからない、と言って恋人に前を歩いてもらい、私は後ろをついていきながら彼の変化を探す。
ほっそりした体型はたいして変わらない。髪はそういえば少し伸びているかな。大人っぽくてかっこいい。あ、ほんとの革靴なんか履いてる。あんなの見てもわからないのにお金の無駄だとか言ってたのに。
コートはおんなじなんだな。
昨日も一緒にくるまった、灰色のぶあつい、毛布みたいなコート。

ぶわっと愛しさが募って、後ろから抱き着くように手をつなごうとして、
……とっさに振り払われた。

一瞬後、固まっている私の手をぎこちなく取ってくれた。
おそらく、ここにいるのが3年前の私だと思い出したのだ。
それならそうすべき、という、感情を超えた、規範、のようなものを感じた。
店に着くまで、繋がれた手のひらは固いままだった。

初めて入った店での会話は、会話と呼べるようなものではなかった。
視線は常にそらされていて、ほとんど私からの尋問状態。
実際、尋問する気持ちも混じっていたのだと思う。
――やっと捕まえて、これからというところだったのに。
――なぜたった一か月で消えてしまったの?

自分の口からひとしきり状況を説明して、話題もなくなって、私は昨日のことを話しはじめていた。
「昨日は海に行ったんだよ。覚えてる? ほら、百道の砂浜で」
「ああ、あったね」
「寒かったけど楽しかったよ」
「そう」
「そのコート、昨日も着てたよ。今も着てるんだね」
「うん」
「雨だったけど、2人で傘に入って」
「え?」
ここで初めて恋人が顔を上げた。
「晴れてたよ。だって、冬には珍しいくらい暑かったのを覚えてる。遠くの島までくっきり見えて、島クイズして遊んだよ」
「えー、嘘だあ。別の日のことだよそれ。だって、昨日の話だよ?」
「そうかなぁ。だって、冬に百道に行ったのはそれきりのことなんだよ」

不思議そうに首をかしげている。
「おかしいね」
「おかしい」
目が合って、嬉しくて反射的に笑いかけると、恋人も笑い返してくれた。
それから我に返っていったん目をそらしたあと、あきらめたように苦笑する。
「なんか、懐かしい」
振り向いて、今度はきちんと目を合わせ、かすかに首をかしげて笑う。
「3年前のあなたは、そういえばそんなふうに笑ってた」

――3年前じゃないのに!!

「私にとっての今日は、昨日の続きだよ」
「うん。そう、聞いてはいるけど」
「あなたと手を振って別れたのは、昨日のことなんだよ」
恋人は今度は困ったように笑って、その後はもう目を合わせてくれなかった。

別れ際、恋人は握手をしてくれた。
そして、もう今は新しい人と一緒に暮らしていることを教えてくれた。
「あなたは、3年前のあなただから、こんなこと言うのは筋違いかもしれないけど」
少し言いよどんで、新しい女性は、彼の『大きな傷を乗り越えてきたから持っている器の大きさ』に惹かれ、だからこそ大事にしてくれているんだと話した。

――1年前の私はほんとに何したんだよー。

どこにもぶつけようがなくて、それでも恋人の顔を見ずにはいられなくて見上げると、そこには確かに少し、面影の変わった男の顔があった。
さきほどまでは、私が浮かれすぎていて気付かなかったのだ。
私との時間を経て、変わった彼のことを、今は違う人が好きになっている。
到底納得はできなかったが、恋しい思いを、諦めと痛さで飲み下すように押し込んで、私は恋人に背中を向けた。

・・・・・

3年が戻ったのも、目覚めてみればあっけなくのことだった。

夢だったのか?

見慣れたスマホカバーを開くと、画面に恋人からのメッセージが表示されていた。

『もう起きた? お昼は水族館で食べようか』

日付をもう一度確認する。
私の知っている、正しく昨日の続きの今日だった。

着替えながら、記憶を反芻し、ふつふつと闘志が沸き上がるのを感じていた。
――昨日ちらりと見えたあの女の人。
――私とは全然違う感じの、きれいな女の人だった。

「あの人に、私のおかげで素敵な人に巡り合えたなんて、絶対に思わせない」

まんいち別れることになったとしても、私は絶対に別れ方を間違えない。
大きな傷が一回り人間を大きくすることもあるかもしれない。
でも、私は、その結果の顔を見てしまったのだ。

私は恋人の、お日様みたいに笑う顔が好きなんだ。
あの顔が、一番恋人らしいって私は知っている。
翳りを愛するような女には、渡さない。

だから私は、間違えない。

つぶやいて、服を着て、それから無邪気に私を待つ恋人に会いに、家を出た。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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