ふるさとグランプリ

1.5%の奇跡。探し続けたアイツと私は大都会の片隅で再会した。《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Meg(ライティング・ゼミ)

「また違った……」

その日も無意識に姿を探していた。
次の角のところに見えた気がした。
少し鼓動が早くなる。
「今日こそは!」
目の端にとらえた影を見失わないように駆け寄る。

違った。

シルエットは似ていたけれど、ずっと探しているアイツではなかった。

最近は、落胆することにも慣れた。
少し長身のその姿を探し求めることは、もはや、私の生活の一部となりつつあった。

生まれ故郷の大阪から、京都の会社に就職した私は、異動で初めて東京に住むことになった。社会人になって5年目の春だった。

文字通り、右も左もわからない。
賃貸住宅サイトはどれも不親切だ。
住みたい地域から選ぶ、住みたい沿線で選ぶ、住みたい駅から選ぶ。
それが分かれば苦労はない。土地勘がないということは、どこに住みたいかという意志以前の問題なのだ。
賃貸住宅業界には、オフィスの最寄駅を入力したら、都合のいい場所を自動的に見繕ってサジェストしてくれる機能の開発を心から求める。

オフィスまで近いこと、駅からマンションも近いこと、名前を知っていること、駅から見える橋が気に入ったこと。そんな理由で、御茶ノ水に住むことに決めた。

御茶ノ水に住んでいる、と言うと「え? 御茶ノ水に住むところなんかあったっけ?」とたいていの人は不思議そうに言ったが、川面に反射する夕陽とオレンジ色の電車を、私はとても気に入っていた。

アイツが東京のどこかにいることは知っていた。
誰かがシェアしたアイツの記事が、Facebookのタイムラインに流れてきたのをずいぶん前に見た。

会社からの帰り道。休日の散歩の途中。私はこの大都会のどこかにいるはずのアイツの姿を探しはじめた。最初の頃は、「見つかればラッキー」ぐらいの軽い気持ちだったのに、いつの間にか探すことが習慣になっていった。

似たような姿を、実際何度か見かけたこともある。「もしかしたら……」という淡い期待はそのたびに裏切られ、会いたい気持ちばかりが募る。

会いたくても会えない状態が続くと、防衛本能が働くようになる。会えなかった自分が傷つかないように、人は自分で自分の感情を麻痺させる。やがて見つからないことが習慣になり、会えるかもしれない、という微かな希望すらも麻痺させていく。それでも視界の端では、いつもその姿を追い求めている……

会えないままに月日が流れ、転職を機に私は2度目の引越しをすることになった。

「なんで御茶ノ水から新宿と池袋に行くのに、反対方向に乗るんやろか? どっちも地図でいうたら左の方ちゃうのん?」
ぐるりと皇居を取り囲むように走る、丸の内線の方向感覚に翻弄されていた私も、不親切な不動産サイトから住みたい駅を選べるようになっていた。

次に住む場所に選んだのは、東急目黒線・不動前駅。人気の目黒エリアで、通勤にも便利。何より気に入ったのは、押しも押されもせぬ東京の春の名所、目黒川だ。早朝、まだ人もまばらな目黒川沿いをランニングして、満開の桜を独り占めするのは贅沢な時間だった。

不動前に移ってからも、私はアイツの姿を探し続けた。
駅前で。桜の花びらが舞う橋のたもとで。
ここにもアイツはいなかった。

一度、Googleを開いて検索窓にその名を打ち込んでみたことがある。

Enterキーを押そうとした手を止めたのは、「どうせ無駄だ」という諦めと、「どこかで偶然に出会いたい」という、裏切られつづけても奇跡を信じる女心だった。麻痺してしまった失望感が、毎日の推進力と同化してしまっていたせいかもしれない。

それなのに、再会は、いとも簡単にやって来た。

長い残業を終えて一刻も早く家に帰りたいのに、そんな日に限っていつもの電車は信号トラブルで遅れていた。仕方なく、少し遠回りをして帰ることにした私は、JR目黒駅に降り立った。翌日朝までに仕上げなければならない資料作りに没頭し、その時間まで何も口にしていなかった。猛烈にお腹が空いていたが、帰ってから何かを調理する気力は残っていなかった。

「何か買って帰ろう」そう思って私は、いつもは高級そうだからと使っていなかった駅中のスーパーに立ち寄った。アイツは、そこにいた。何気なく目の前を通り過ぎてから、数秒遅れて身体中に電流が走った。こんなところにいたのか!

ずっと探していたアイツ。
「ポールウインナー」

そう言われても、ピンと来ない人の方が多いだろう。
大阪人がこよなく愛し、大阪のスーパーにはほぼ100%の確率で売られている伊藤ハムさんの大ヒット商品が、ポールウインナーである。オレンジ色のフィルムに包まれ、よくある魚肉ソーセージよりもスリムで長身。

このフィルムを綺麗に剥くのにはコツがいって、端っこの留め金の部分をくわえたら、そのままキリキリと巻いていく。留め金部分を丸ごと噛み切ってしまわないように細心の注意を払いながら、プチっとフィルムの一部が裂けるところまで回したら、その裂け目からすうっと一気に下までフィルムを引き裂く。失敗すると、ウインナーが途中で折れてしまったり、ぐちゃぐちゃになってしまったり、それはそれで美味しいのだけれど、ちょっと残念な感じになってしまう。

「あぁ、魚肉ソーセージでしょ」と言われることもよくある。

断じて違う。

ポールウインナーは、豚肉が原料だ。魚肉ソーセージのような偽物と違って、れっきとしたソーセージなのだ。

子供の頃から、ポールウインナーは当然のように冷蔵庫に入っていた。小腹がすいた時のおやつに。晩ご飯のおかずがちょっと足りない時の一品に。お弁当のおまけに、大人たちにとっては酒の肴に。

それはまるで、小さな頃からずっと一緒だった幼なじみが、時に泣きながら言い争う喧嘩相手に、時にはともに受験勉強にいそしむ同級生に、時には酒を酌み交わしながら苦しい恋愛を打ち明ける相談相手に、そしていつしか人生のパートナーとして共に歩むような……大阪人にとって、ポールウインナーは、そんな初恋の幼なじみのような存在なのである。

シェアの90%以上は関西地区での売り上げ、とFacebookでシェアされていた記事で読んだ記憶がある。関東でのシェアは、私の記憶が正しければわずか1.5%。関西に住んでいた頃はそこにいることが当たり前だった存在が、大都会・東京で偶然に出会える確率は、1.5%かそれ以下……

それは、まさしく奇跡の再会だった。
探し求めて遠くのスーパーまで出向いたこともあった。外出先のスーパーにわざわざ立ち寄って探してみたこともある。それでも見つからなかったのに。こんなにも近くに、徒歩たった5分のスーパーのウインナー売り場の一番端っこに、誰にも注目されずにひっそりと、ずっと私を待っていてくれたのだった。もちろん、残業の疲れはすっかり消えていた。

それから私は3 度目の引越しをした。新しいこの街もとても気に入っている。駅前のスーパーには、初恋のアイツが待っていてくれるから……

関西以外にお住まいの皆さんにも、ぜひ見つけてもらいたい。少し細身で背の高いアイツは、奇跡のような確率であなたの街にもきっといる。

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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