ふるさとグランプリ

レールの上を走らない電車が勇気をくれた《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Meg(ライティング・ゼミ)

「そんなアホな……」

そこにあるはずの数字は見つからなかった。
そんなはずはない。
何度も見返してみる。
やっぱり、ない。
握りしめた受験票に書かれた番号は、ついに見つからなかった。

大学最後の年、私は不合格者になった。

サークル活動やアルバイトに明け暮れる友人を横目に見ながら、自習室に通った日々。未来の自分に借金をし、受け取った奨学金をつぎ込んで通ったスクール。すべてが水の泡になった瞬間だった。私はその日、大学時代の半分以上を費やして準備をした司法試験に、落ちた。
目の前の世界が、まっ白になった。

当時、司法試験というとそんなに簡単なものではないというのが、世間一般の共通認識だったと思う。実際、何年も留年してはチャレンジし続けている先輩も少なからずいた。
そんな先輩たちは、もはや自習室に棲みつく主のようで、そこから卒業するために勉強をしているのか、そこに棲み続けるために勉強をしているのか、わからなくなってしまっているような人たちもいた。

一方で、世間にはあまり知られていないのだが、受験年数の浅い受験生には少しだけ有利な採点基準があって、そのおかげで早々にパスする受験生はそれ以上の割合で存在した。

絶対に自習室の主にはなるまいと心に決めていた。ごく普通のサラリーマン家庭で、お世辞にも経済的に余裕がある状態ではないことぐらい、大学生にもなればわかる。それでも留年したいと言えば、娘思いの両親は何とか私のその願いを聞いてくれるに違いなかった。わかっているからこそ、甘えたくなかった。

がむしゃらに勉強した。何の自慢にもならないが、直前の模試は悪い結果ではなかった。これならいける。ファストパスもある。大丈夫だ。

ただの過信だった。
採点が間違っているわけもなく、すべて、私の力不足の結果だった。一緒に勉強をしていた親友も、スクールとゼミが一緒だった同級生も、一年下の後輩ですら難なくパスしていたのだから……

合格するつもりでバックアッププランを用意していなかった私が気づいた時には、受験生以外の同級生たちはみな、どこかしら就職先を決めていた。

就職活動にも乗り遅れ、「合格者」という称号も「内定者」という肩書きも持たない私は、その日からただの不出来の留年候補生となった。順調に走ってきたレールから外れ、八方ふさがりで向かうべきゴールの見えなくなった脱線車両のようだった。

不甲斐なさと、悔しさと、腹立たしさと、その先の不安に溢れそうになる涙をおさえ家路につく。
乗り込んだのは、当時通学にも使っていた「京阪電車」という関西のローカル私鉄である。

その名の通り京都と大阪を結ぶこの関西のローカル線の車両は、不思議と心落ち着く空間だった。同じく京都と大阪を結ぶJRに比べ、夕方のラッシュアワーでも比較的空いていて静かだからかもしれない。最寄駅につく頃には、まっ白だった世界に少しだけ色が戻ってきた。

その後も数日は、合格発表のシーンを思い出すたびに悔し涙が溢れ出す 日々を過ごしたが、その先のことを考えると、そうもしていられなかった。

翌年も受験をするなら、感覚が鈍らないうちに勉強を再開する必要があった。自習室の主たちは、早くも来年に向けて始動していた。卒業するのか留年するのか、それによって必要な事務手続きも異なる。両親とも相談しなければならない。就職するなら、いち早く内定者たちに追いつく必要がある。

脱線車両が次に向かうべき目的地を、必死で探した。
いわゆる「自己分析」というやつを片っ端からやってみた。
「私は何ができるのか? 何をしたいのか?」
「私は何をしたかったのか? 今もそれをしたいのか?」
なかなか答えの見つからない問いをくり返し繰り返し、自分に問い続けた。

行き詰まった私はある日、駅ビルの中の小さな下着屋の前を通りかかった。
大学で催された、就職浪人候補生のための就活イベントの帰りだった。

カラフルな下着を見て、とっさに私は思い立った。
「ド派手な下着を買って、気分転換してやろう」

試着室で色とりどりの下着を試してみるのは、単純に楽しかった。
男性には想像もつかない世界かもしれないが、下着の試着なので当然、半裸である。その状態で見ず知らずの店員さんにフィッティングをしてもらう。

温泉につかる時のような、開き直った素の自分が出た。
数日ぶりに、心がスッと軽くなるような開放感を味わった。
派手な色の下着は、一番素肌に近い分、ダイレクトに女性の気持ちに働きかけるようだった。

会計を済ませて店を出た私は、数日ぶりに清々しい笑顔を浮かべていることに気づいた。

「これだっ!」

自分がやりたいこと。
誰かをハッピーにしたい。誰かを笑顔にしたい。
最初に司法試験を目指した時も、そんなことを心に思っていたはずだった。いつの間にか、試験に合格することがゴールにすり替わっていた。

次の日には履歴書を送り、法曹界を目指していた女子大学生は、女性の半裸と向き合う下着屋のアルバイト店員になった。

勉強をやめるのはもったいないと忠告をくれる先輩もいた。
実力がなかったから諦めたんだと陰口をたたく人がいるのも知っていた。
「やりたいことを見つけた」と言えば、負け惜しみと言う人がいることもわかっていた。

そんなことは、どうでもよかった。
女性たちの日常の中の小さなハッピーに立ち会えることが楽しくて、色とりどりのレースの美しさに魅せられて、夢中で働いた。アルバイト店員は、大好きな下着屋の新入社員として、次の春を迎えた。

アルバイトとしての最終勤務日。
駅ビルの中の小さな下着屋を出た私の前を、京阪電車が通過していった。
あの日、まっ白になった世界に少しだけ色を取り戻してくれた京阪電車。
くじけた気持ちを少しだけ元気にしてくれた、不思議な力を持つ電車。

その時、やっとその理由がわかった。

JRやその他の私鉄が、梅田やなんば、天王寺といった、いわゆる大阪の「ターミナル駅」を発着する中、京阪電車だけが、唯一、大阪のターミナル駅を発着しない路線である。発着どころか、通過もしない。

完全に独自路線を走る、唯一の電車なのである。
JRや阪急といった、京都・大阪間を結ぶ他の路線と比較して、遅いとか不便だとかいう評判を物ともせず、沿線の乗客の笑顔のためだけに走っているその姿は、清々しいまでに孤高である。

みんながチャレンジしているから、いつの間にか流されて、やりたいことを見失って、みんなと同じように同じことにチャレンジして、それを突破することだけが目的になってしまっていた私に、レールを外れる勇気をくれた電車。

「京阪電車」は、レールの上を走らない。

もしレールを外れる勇気が出ない人がいたら、あのゆっくり走る電車に身を委ねることをお勧めしたい。

***

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