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純度が高けりゃいいのか


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記事:犬井ジロ(ライティング・ゼミ)

「カセットテープがキテる」

その話を聞いたのは、去年のことだ。

「えー? カセット? ホントですか?」
「ほんとほんと。いや、もう、2、3年前から相当アツいよ」

真っ赤な顔でカセットテープについて語るケンさんは、こう見えてもプロのサックスプレイヤーだ。今夜もすっかり酔っぱらっている。

「このダウンロード時代に? 今更? カセットが?」
「そうなんだよ。なんかさ、音もイイんだよね」

最後にカセットテープで音楽を聴いたのはいつのことだったろう? 音が良い、なんてはずないよなあ。テープ伸びちゃうし、音はヨレるし、うっかりするとテープ切れちゃうし。CDが出て、MDが出て、デジタルオーディオの時代になって、カセットテープなんか、もうとっくに廃れたと思っていた。

「カセットがねえ。音、良いんだ」「うん、いい、いい」「へえ。そういや、メタルテープとかあったよね」「そうそう。クロームとかね」「おれは音楽はメタル派だった」「え? そっちのメタルじゃないよ!」
他のお客さんも混じって昭和思い出話に花が咲き始め、カセットテープ話はそれきりになり、酒の席の駄話としてすっかり忘れていた。

さて、今年に入ってすぐのこと。渋谷でレコードを買いたい、というツレにつき合って、10年ぶりに「レコード店」に足を踏み入れた。その店は1990年代、有名CD販売店だったが、デジタルオーディオの勢いに押され、2010年に閉店していたはずだった。けれども、2年前にアナログマニアや大人をターゲットにして、再オープンしていた事を、その時初めて知った。

店内はLPレコードのラックがゆったりと並んでいる。中古もあれば新譜もある。シングルレコードも売られている。

あ、カセットだ。

売り場の一角にカセットテープが置かれていた。
「カセットテープ、キテるよ」
去年のケンさんの飲み屋話がよみがえって来た。

手書きのポップには「トイポップ超期待の新人! まずはカセットでデビューアルバム発売!」「メロウなグルーヴ今作品もとろけます! カセットテープも同時発売!」などと書かれている。
インディーズアーティストだけでなく、名前を聞けば知ってるような80年代、90年代の人気アーチストのカセットテープも売られている。

ほんとにカセット、キテたんだ。新譜をカセットで発売するアーティストもいるなんて。

店内をよく見ると、テープからパソコンにダイレクトにコピーできるカセットデッキなども売られている。レコード復活は何度か耳にしていたけれど、カセットもここまでバッチリ復活してたとは。

しかし、本当に音が良いんだろうか。

20年間、音に携わる仕事をしてきた私にとっては、にわかには信じがたい事だった。私が業界にいた20年の間に、デジタルオーディオの技術は飛躍的に進化し、「業務用のアナログテープ」は、あっという間に姿を消した。見かけるテープは「もともとテープで録音された古い音源」だけだった。「いつかは全部デジタル化したいんだけど、その時間が無いんだよなあ」と、よく上司がボヤいていたっけ。

少し気になって、カセットテープをいくつか手に取ってみた。「1500円」「2000円」など、それなりに良い値段がついている。聴いてみたいけど、デッキも持ってないし、買ってもしょうがないなあ。うーん……

「お待たせー」
目的のレコードを買い終わったツレが戻って来た。手にしたカセットを棚に戻し、店を出る。

「カセットテープ、売ってたね」
ツレも去年、飲み屋で一緒にケンさんの話を聞いていた。
「ああ。ケンさんがなんか言ってたもんね」
「音イイって言ってたけど、ホントに良いのかな?」
「どうなんだろう? わかんない。まあ、安心すんじゃないの?」
「安心?」
「うん。あのサーって音とかさ。テープちゃんと回ってるなーって感じするじゃん」
「あはは。そりゃテープだもん。回るよ」

なに言ってんだかなあ。いや、でも、確かに……

その「サーッて音」がまさに、「テープは音が悪い」と言われた理由の一つだったのだけれども。
磁気テープには「100%の無音」は存在しない。音の無い場所にも必ず、特有の「サーッて音」、つまり「ノイズ」が入ってしまうからだ。それはプロ用の磁気テープでも、民生用のカセットテープでも、程度の差はあれど基本的には同じだ。ということは、「サーッて音」はノイズであると同時に、強烈に「アナログテープ」を感じる音でもある。

安心感ね。そうなのかもな。まあ、レコードのスクラッチノイズにノスタルジーを感じるのと同じ事か。みんな嫌いだったはずのあの「サーッてノイズ」にも安心感を感じるほど、今の音源はクリーンでクリアになったんだな。

何しろ、デスクトップで、一からデジタルで曲を作っておきながら、わざわざアナログレコードっぽいスクラッチノイズを後から加えて完成、とすることも、当たり前にあるくらいだ。過去には必死で取り除く努力をしてきた「ノイズ」をわざわざ「音楽の一部」として加える本末転倒。これはいったいなんだろう? 

ふと、去年食べたチョコレートの事を思った。
それは「カカオ100%のチョコレート」

去年、一瞬だけ糖質制限ブームに乗っかった私は、一瞬だけ砂糖を控えていた時期があった。「カカオ100%のチョコレート」はそんな時に、ネットで見つけて、ポチッと購入した。
乳化剤や、添加物はもちろん、砂糖も生クリームも、カカオ以外の不純物は全く使用せず、カカオだけで作った純度100%のチョコレート。

このチョコレートが、とにかく、苦い。カカオの香り高く、苦い。
美味しいか? と聞かれたら少し困るけれど、では不味いか、というとそうではない。
簡単ではない美味しさ、というか、カカオと向き合う厳しさ、みたいなものを感じたのだった。何かこう、チョコレートを前に座禅を組まされているかのような緊張感。
ホームページには「苦いので、甘いコーヒーや紅茶と一緒に」と書いてあった。

だよね。だよね。苦すぎるよね。ハードボイルドすぎるよね。甘いのがやっぱ欲しくなるよね。

と、思ったものだ。甘いものでホッとしたくてチョコレートを食べるのに、肝心のチョコが苦すぎるから、じゃあ、今までブラックで飲んでたコーヒーに砂糖を入れよう、という本末転倒。

砂糖という「ノイズ」を取り除いて、やっぱり気がついた「ノイズ」の有り難み。
音楽の世界でも「ノイズ」が邪魔だ邪魔だと除去することに必死になり、完全に取り除くことができるようになったら、「ノイズが入ってる方が心地良いなあ」などと言い始める人がいて、後からレコードみたいなノイズを足したり、「サーッてノイズ」が、もれなくかぶってくるカセットテープに戻ったり。

チョコレートも音楽も、適度にノイズがのっかってるくらいの方が安心できるってことか。

と、そう思った。そう、思ったのだけれど。

今年のバレンタイン、私は去年とは別の「カカオ100%のチョコレート」を買った。自分用に買った。100%マダガスカル産のオーガニックカカオを、収穫後すぐに、鮮度の良いうちに、マダガスカル国内で加工し、砂糖も、乳化剤も加えずに作ったチョコレート、とのことだった。

このチョコレートが、感動的に美味しかった。口に含んだ瞬間、柑橘のような香りが広がって、砂糖が入っていないにもかかわらず、ほのかな甘みを感じる。口に入れたまま味わっていると滑らかに溶けていき、最後にカカオらしい苦みと余韻が残る。まさに、至福。そこには厳しい緊張感は無く、安っぽい安心感も無く、美味という純粋な快楽があるのみだった。

カカオだけでこんなに美味しいのならば、下手な甘さはいらないなあ。

結局は、素材のクオリティ、取り扱いのクオリティ、加工のクオリティ、が一番大切なのだ。
純度が高ければ高い程、それは際立つ。
音楽だって、楽曲、演奏、録音、仕上げが際立って良ければ、下手なノイズは邪魔だろう。

と、そう思いなおした。

ま、カセットテープで実際に音楽を聴いて、それが懐かしく、心地よく、新しく感じたら、またこの気持ちは裏返るかもしれない。「ノイズ」という不純物があるからこそ魅力的なんだ、と、またしても思い直すかもしれない。

やっぱり甘ーいミルクチョコレートが食べたい日だってある。わたしはきっと、そんなにストイックに生きたいわけじゃない。

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2017-03-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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