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プロフェッショナル・ゼミ

別れは突然に《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:木村 保絵(プロフェッショナル・ゼミ)

「えーと、3月24日(金)の15時に……」

ボキッ!!!!! 

仕事でメモをとっていると、何かが折れる音と同時に手のひらに何かを弾く感触があった。

――なんだろう? 
握っていたペンや手のひらを見返してみたが、特に変化はない。
気のせいか、と思いメモを続けた。

「えーと、15時に、JR大崎駅の……」

くにゃ~ん

ひゃー! 
握っていたボールペンが、完全にくの字に折れ曲がっている。
「なんで?」
こんな姿になってしまったボールペンは生まれて初めて見た。

どこかの社名が入っているノベルティのボールペンだったが書き心地が気に入り、何度も替え芯を買って使い続けていた。
今も、黒、赤、青の三色の替芯が、わたしの引き出しにはごっそりと入っている。

「うわー、ちょっとショックだな」
お気に入りの、これだ! と思っていた物が壊れてしまうと、なんだか言い知れぬ寂しさを覚える。
接着剤でくっつけてみようか、セロテープで巻いてみようか、とも考えたが、結局諦めた。
「使命を全うしたぜ!」と思っていたかもしれないボールペンに、「もう一度生き直せ!」というのは、なんだか酷な気がしたからだ。
「お世話になりました」2年近くの付き合いのボールペンに心の中で別れを告げる。
なぜだかわからないが、そのままでは申し訳ない気がして、ティッシュに包んでそっとゴミ箱の底に置いた。

わたしはどちらかと言うと、気に入った物を長く使い続けるのが好きだ。
だからだろうか。とんでもない壊れ方をして別れを迎えるというのは、今回が初めてではない。
「大事にする」というよりも、「捨て時がわからない」
大好きな物に、大切にしていた物に、自分から別れを告げられないのだ。
それで結局、物の方が「もう引退させてください」と自爆して強制的に別れを迎えることになる。

自分でも笑ったのは靴だ。
見た目も気に入り、サイズ感もピッタリで歩きやすく、価格も納得できる靴との出会いは、
なかなか奇跡に近いものがある。大体何かが欠けているからだ。
一目惚れして買ったけど、靴ずれをして踵が痛い。
最高に歩きやすいけどちょっとダサい。
見た目も履き心地も文句ないけど、高すぎて手が出ない。
だからこそ、「これは!」と思える靴に出会うと、毎日毎日履き続けてしまう。
嫌なことがあっても、その靴を履けば気分が高まるし、緊張してしまうデートでも少しだけ自信がもてる。
そうしてひたすら履き続けるうちに、あっという間に寿命を迎えてしまう。
メンテナンスをしても、どうしようもないくらいな程に。

あの靴には、本当にかわいそうなことをしてしまった。
それは、柔らかい茶色の革のコロンと丸いイメージの靴で、それよりも濃いこげ茶色の革の紐で蝶々結びをすると、溜息が出そうなほどに完璧な姿をしていた。
当時大学生のわたしはヒール靴には興味がなく、とにかく素朴で丸みのある靴が好きだった。
「うわぁ、これソフィの靴みたい!」
ジブリの映画『ハウルの動く城』を観た帰り道、ふらっと立ち寄った靴屋さんで、その靴に出会った。
長めのキレイな色のプリーツスカートに合わせても可愛い。
細めのジーンズに合わせても可愛い。
緑のチェックのワンピースにも合わせても、もう、もちろん可愛い。
この靴を履いていれば、自分が無敵になれると思えるほど、わたしはその靴に陶酔していた。

それから毎日毎日、わたしはその靴を履いてお出かけをした。
学校に行く時も、アルバイトに出かける時も、好きな人に会いに行く時も。

秋に出会ってから、冬にも履いていたし、春にも履いていた。
夏はお休みし、また秋が来て、冬が来て。
いくつもの季節をその靴と過ごした。

そして、別れの日は突然訪れた。
何気なく一歩を踏み出した時。
何かがついてきていない感触があった。
というよりも、完全に地面を直に感じているような感触だ。
「え?」と思い地面を見ると、踏み出したわたしの足の一歩後ろに、足跡が残されていた。
あれは、足跡ではない。
靴底だった。

足を包んでくれる部分と、靴底が、完全に離れてしまった。
慌てて靴底を拾ってみたが、もうさすがにくっつきそうはない。
仕方がないので、靴底を手に持ったまま近くの靴屋さんを探し、とりあえずの靴をそのお店で購入した。
後にも先にも、靴とのあんな別れ方はあの時しかない。
さすがに30過ぎて道端で靴が壊れるというトラブルは避けるようにしている。
だから、あんな別れをすることは、もう二度とない。
それでも、とも思う。
あそこまで陶酔し、心奪われるような運命の一足にもう一度出会いたいとも思っている。
その時は、メンテナンスをしっかりし、もうあんな別れを迎えないようにしたい。

そうは思っているものの、衝撃的な別れ方をしたのは、あの靴だけではない。
服もある。
まさか! という別れ方をしたのは、カーキ色のスキニータイプのチノパンだった。

それは数年前のことだ。
当時わたしはコミュティFMの放送局で仕事をしていて、週に一度自分の番組を持っていた。
ベテラン勢、人気パーソナリティは平日の帯番組、わたしの様な新人は比較的土日の短い時間を割り当てられていた。
アシスタントはついているものの、基本的にはトークの内容も、選曲も、機械の操作も全部自分で行なうワンマンスタイル。
番組が始まれば、放送機材の前から離れることができない。

そうなると困るのが、トイレに行くタイミングだ。
放送ブースは3階にあり、化粧室は2階にある。
階段をぐるりと回って降り、階段とは反対側の奥の方まで歩いて行かなければならない。
放送ブースから個室のドアを閉めるまでは、普通のスピードだと徒歩1分強というところだろうか。

番組の持ち始めは、この「トイレが遠い問題」に頭を悩ませられた。
普通に生活をしていれば数時間行かなくても問題はないが、
特に何も訓練を受けずに生放送の番組を持たせられると、当たり前だがとてつもない緊張感に襲われる。ドキドキすればするほどトイレは近くなるし、喉が乾くから水も飲んでしまう。
さらに正しい発声も身についていないから、喉がカッサカサになって水を飲んでしまう。
そんな状態で一時間も経つと、もうトイレの存在が頭から離れなくなってしまう。
――曲の合間にダッシュしようか。でもCDが止まったらどうしよう。
それに、走って息が途切れてもダメだし、もう少し我慢しよう。

残念ながらそんな風に思い始めるともう生放送中だろうがなんだろうが、頭の中はトイレのことでいっぱいになってしまう。
「伝わるように」「噛まないように」よりも、「いかにして乗り切るか」に自然と意識が走ってしまう。

そうなることを避けるためには、とにかく放送前のトイレに行くタイミングが重要だった。
早すぎれば番組後半で頭の中がトイレでいっぱいになってしまう。
遅すぎれば遅すぎたで、CDのセットを間違えたり、呼吸が整わなかったり、オープニングがうまくいかなくなってしまう。
生放送を上手く乗り越えるおまじないみたいに、トイレに行くタイミングも、放送前のルーティンにしっかり組み込まれていた。

その日も、タイミングは完璧だった。
放送に必要な資料やCDをすべて放送ブース内に準備し、生放送開始「10分前」を時計で確認したところで、化粧室へ向かった。
今日はこんな流れにしたいな、メッセージはどのくらい来るかな。
そんなことを考えながら、個室から出る準備をしている時だった。

あれ? 

ま、まじで? 

ど、どうしよう?!!! 

チノパンのチャックが、チャックが、上がらない。
スッとチャックを上げたら、そのまま持っていた部分が抜けてしまったではないか! 

昭和の人間の言う「社会の窓」が、完全に全開状態だ。
人差し指と親指で、そこにあるはずではないチャックのツマミをつまみながら、腕時計を見る。
「本番7分前」

こんなことをしている場合ではない。
チャックのツマミをゴミ箱に投げ入れ、手を洗い気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫、大丈夫」
呼吸が乱れないように、心拍が速くならないように、自分に言い聞かせた。
慌てないようにゆっくりといつも通りに階段を上り、そして事務所に戻るとササッと放送ブースに駆け込んだ。
「座っていれば、社内の人にもわからない。生放送だけど、ラジオだから見えないし。大丈夫大丈夫」
そう自分に言い聞かせ、放送の準備を整える。

「アエイウエオアオ、カケキクケコカコ」
噛まないようにしっかりと大きく口を開けた。
チャックも大きく開いていたけど、それは仕方がない。

「ラレリルレロラロ、ラレリルレロラロ」
特に苦手な「ら行」は念入りに練習をした。
チャック全開で「レロラロ」言っている姿が、完全におかしな人だったけれど、それも仕方がない。

結局、チャックはどうすることもできず、わたしはそのまま本番を迎えた。

「今日はスッキリと晴れ渡り、気持ちのいいお天気です!」
放送ブースの中の窓から青空を見上げる度、溜息をつきたい気分だった。
それでも「ごめんなさい、わたし今日チャック全開で気分が乗らなくて……」なんて言い訳はできない。
地元のお祭りやイベントなどお出かけ情報を出来るだけ爽やかに伝え、
ノリの良い明るい曲で、街の人達が外に出かけたくなるような空気を作った。
悩みが書かれたメッセージには「それは辛かったですねぇ」と真剣に答えた。
もちろん、終始チャックは全開だったけれども。

常連のリスナーさんはパーソナリティ―の変化には敏感で「風邪ですか?」というメッセージもすぐに入ってくる。
その日はだいぶハラハラしていたが、なんとか「チャック開いてますか?」というメッセージは一通も入らないまま、無事に生放送を終えた。

それでも、数年たった今でも、あのチャックのつまみが抜けた時に衝撃と、放送中のなんとも言えない緊張感と、嫌になる程の青空をハッキリと覚えている。
今となっては笑い話だが、あれほどの衝撃的なチノパンとの別れは、もう経験したくない。
いや、大人の女性として、もうするべきではないのだ。

それでも、別れはある日突然やってくる。
どんなに大切にしていても、離れたくなくても「もうおしまいですよ」という日が訪れる。
そして気付くのだ。
大切にしていた「つもり」だっただけで、決して大切にはできていなかったこと。
一方的に負担をかけ、相手のことや物のことを、きちんと考えて手をかけてはいなかったということ。
別れるべきタイミングは、もっと早くから訪れていたのに、執着しすぎて手放せなかったのだということに。

3月は別れの季節とも言われる。
自分自身は望んでいなくても、別れは突然やってくる。
だからこそ、そんな時に後悔しないように、「失う」のではなく「次へ進む」と思えるように、
日々人とも物とも丁寧に向き合っていきたい。

パキッ。

あ。

そんなことを考えていた矢先、ボールペンのクリップの部分を折ってしまった。
どうやら「思う」が「できる」になる大人になれるまでは、どうやらまだまだ修行が続くようだ。

***

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