プロフェッショナル・ゼミ

魔法の囁きは今も《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:田中望美(プロフェッショナル・ゼミ)

ゾクゾクゾクッ……
背中が身震いした。変な汗が額を伝う。冷や汗だ。下腹のあたりの腸が、ものすごい勢いでぐるぐるとなる。

狭まった視界の先には、ぼんやりと知らない男の人がこちらを向いている。
気を失いそうで、ぼやけてよく見えないが、その男の人は、やさしく微笑んで、言葉をささやいた。

あ。

その言葉を聞き取った瞬間に、私は一目散にその場を駆け出した。

***

「あれ?」

戻ってくると、もうそこにはあの男の人はいなかった。何事もなかったかのように風景だけが残っていた。私だけ取り残されてしまったような気がして、周りの人が私に嘘をついているように思えて、少し呆然としたが、小さく息をつき、何事もなかったかのように私もまたこの日常の中に溶け込むように歩き出した。

歩いているのは駅のホーム。
だが、いつもの道ではない。

私は韓国に一人旅に来ていた。九州に住む者にとって、韓国とは、日帰りで買い物だけでもできる本当に便利な国だ。化粧品もお菓子も断然安くていいものがあるため、唯一大量買いというものができる。普段あらゆることにケチ臭い私がお財布の紐を大いに緩めてしまうのは、韓国特有の大雑把さと潔さのせいであることは間違いないだろう。

そして私はこの場所で、ほのかに香辛料の匂いのする駅のホームを歩きながら、たった今起きた出来事を頭の中で思いめぐらせていた。

今日は旅の二日目。
そう、そう。昨日は、久々の一人旅だということに興奮のあまり、調子にのってたくさん食べてしまった。ホットク2つに、トッポギにキンパによくわからないが赤くておいしいお肉に、今韓国で流行りのクリームとフルーツがたっぷり入ったスイーツに……
ジャカルチ市場の屋台にある食べ物はほとんど食べた。晩ご飯も大きな鍋に入ったキムチチャーハンを一人で平らげてしまった。

ほんとうにもう、おいしすぎて楽しすぎて、訳が分からなくなるくらいだった。ものすごく幸せな時間だった。それもこれも全部、あの男の人のおかげだということに気づきハッとする。今となっては、あの男のせいだが。

端的に言うとこうだ。

昨日、私が電車に迷っている私に、韓国のアイドルのような男の人が道案内をしてくれた。日本語もある程度分かるようで、一人旅をしていることを伝えると、「僕が韓国を案内するよ」と言われ、秒で返事をした私は(イケメンに目がない)、晴れて一緒に韓国をめぐることになった。おすすめの食べ物や場所はどれも最高に素敵で、一人旅一日目から夢のような偶然に、私は調子にのって突然刺激物を大量に摂取してしまったため、お腹が崩壊。昨日までの夢の時間は何だったのかというくらい絶望的にお腹を下してしまったのだ。ずっと胃の中がむかむかする。胃腸が韓国だと叫んでやりたいくらいだ。私はあの男の人に騙されてしまったのだろうか? 昨日偶然出会い、素敵な時間を過ごしたあの爽やかスマイルイケメンな彼は、私に無邪気ないたずらを残していったというだけなのか? 

なぜそんなことを思うのか。そう思わずにはいられないからだ。

今日も彼と一緒にこの地を巡る予定だった。だからこの駅のホームで待ち合わせをしていたのだ。

しかし、悲劇はすぐさま起きる。すでに到着していた彼に気づき、相手も私に気づき、声をかけようとした瞬間に私のお腹がうめき声をあげた。彼は、そうなるのが分かっていたかのように、あの、昨日と同じ、目をくしゃっとして微笑みかけ、あの甘い声で囁いたのだ。

「出してからおいで」と。

一瞬お腹の激痛を忘れてしまうくらい、こんなにも素晴らしいお手洗いへのGOサインがあるのかと、感激したが、次の瞬間には、死にそうで、気が遠くなりながら、もう、お腹をおさえて必死にお手洗いへ向かう私がいた。お手洗いに向かっている途中で、一度私の記憶はプツッと断絶している。気を失って、駅のお手洗いの真ん前で倒れてしまったのか? 全く定かではないが、たった今私が経験したことは、夢だとは思えないくらいリアルだった。

 目を覚ますと、私の心は暗かった。

え??

しかも、ここは日本だ。毎日のように利用している見慣れた地下鉄のホーム。
ペコンっとケータイが鳴る。スマホの画面を見ると、ユイ子から「今日の8時、パルコ前の大画面に集合ね~! マミとサヤも来るよ!」という連絡が来た。時刻は、18時50分。ああそうか、これは1週間前の出来事と全く同じであることを理解した。ちょうど一週間前、私はユイ子から連絡を受け、飲みに行ったのだ。集合時間より少し早めに到着したため、カフェに立ち寄った。そう、今まさにカフェに立ち寄る途中なのだった。いやいや、そんなことはどうでもよくて、さっきまで韓国にいたはずなのだが、服装も髪形もすべて、一週間前のものになっている。なぜなぜを繰り返すが、当然答えは出てこない。私はとりあえずい週間前と同じカフェに腰を落ち着けた。

1週間前の記憶がだんだんよみがえってくる。私はもやもやしていた。明るい気持ちではなかった。確か、迷っていたのだと思う。飲み会とダンスのレッスン、どちらに行こうかということを、だ。つい先日も同じことで迷い、飲み会へ行った。滅多に会うことのない友人たちとの飲み会だった。ずっと前からの約束だったし、参加を決めていたが、ダンスのレッスンとかぶっていた。私は、飲み会を選んだ。

私の夢は、プロのダンサーだ。フリーターとして働きながら、ほぼ毎日レッスンに通い、様々なオーディションを受けうけることでその夢を目指している。

それだから、迷うのだ。たったこの一日の練習をサボっただけで、その分を取り戻すには、5日かかると言われているくらい、一回一回の練習は貴重なものだ。プロのダンサーを目指す者はひしめくようにいる中で、実際に活躍できるのは米粒くらい。そんな厳しい世界で生きようとしているというのに、飲み会を優先させるなんて、本当はあってはならないことなのかもしれない。刻々と約束の飲み会の時間が迫ってくる。だんだんとやっぱり、レッスンの方へ行くべきではないのかという気持ちが大きくなってくる。これをサボったら、どんどん自分に甘くなり、それが積み重なれば、プロのダンサーになる夢なんて、もうどうにでもよくなってしまいそうな気がしたからだ。心は、本能的にそんな危険察知能力を働かせていた。だから、ものすごく心がもやもやしたのだ。しかし私は自分の意に反して体が動いてしまった。集合場所へ行く足が止められなかった。約束の時間が迫れば迫るほど、自分の心の本音が出てくるというのに、一方で、もう決めていたことには逆らえない。今からドタキャンする勇気もないし、久しぶりの飲み会だし、もうここまで来てしまった。今からレッスンに行くにも時間的に間に合わないかもしれない……そんな迷いと葛藤に苦しみながらも、私の飲み会に向かう足は止められなかった。

それで、飲み会に行って、後悔した。

飲み会をとってしまったことに引け目を感じ、心ここにあらずという感じになってしまい、楽しいはずの飲み会が、まったく楽しいと思えなかった。くだらない話を話して、笑いあい、日頃の鬱憤を払いのけるはずの飲み会が無駄な時間に思えてしょうがなかった。おまけにお金もそこそこ飛んでゆく。今過ごしている時間には意味がないような気がして、それだったら、レッスンに行き、励んだ方が幾分も良かったないかと思ったのだ。その時、自分を自分で恨んだ。後悔したから、次は必ずレッスンをとろうと思ったのだ。

だが、その数日後、私はその時と同じ状況にいる。そう、今、ここだ。あれほど後悔し、目先のことしか考えない飲み会に行くよりも、自分の未来につながるダンスをとろうと覚悟したというのに。なぜ人は自分の意に反した行動をとってしまうのだろう。後悔すると分かってはいるものの、「もうすでに、決めてしまったことだから」というのを理由に、行動を変えられない。

いや、思えば人は意に反する行動ばかりとってしまう生き物なのかもしれない。
旅に出かけたいのに働く。
行きたくないのに付き合いで飲みに行く。
好きな人と話したいけど話しかけることができない。

素直に行動すればいいものを、それができない。そこには各々のそれができない理由がたくさん思い浮かべられていて、後悔するとわかってはいても、その道を選んでしまう自分がいる。

そうか、そういうことか。私が今過去に戻っているのは、後悔しない道を選ぶためのなのか。

飲んでいた抹茶ラテを飲み干して、ユイ子に連絡した。
「ごめん、とても大事な予定が入ってしまったので、今日行けなくなりました。みんなで楽しんでね!!」

私はダンスの練習に駆け出した。
いつもよりずっと気分がいい。

だが、その日のレッスンは、集中力が足りなかったように思う。こちらの選択が、私にとって正しいはずであるのに、身が入らず、ミスも多かった。それに、レッスン後ユイ子たちがSNS上にあげていた飲み会時の写真を見ると、尊敬し会いたいと思っていた先輩が急きょ参加していた。それを見て、またため息が出る。なんで……

結局、「後悔」は残ったままだ。

どちらの道を選んでも後悔するなんて、なんて皮肉なものだ。人生こんなものなのか。

諦めかけている自分にも腹が立った。

いや、でも待てよ? もし、「どちらにせよ後悔している私」に問題があるとしたら???

そして、まさに、それに気づかせるということが過去へ戻ってきたことの意味だとしたら???

そりゃあ、自分の心に素直に行動したほうが良い。だけど、重要なのはその先だ。自分が選んだ後の道を、どれだけ後悔のない時間にできるか、だ。それは自分にしかできないことでもあるのかもしれない。

なんだ、そうか、結局、考え方次第なのか。

どんな道を選ぼうとも、自分がネガティブな考え方をするなら、それが現実だし、ポジティブにとらえるのなら、それが現実になる。必ずそうなる。

「ん? うぐぐぐぐぐぐぐっ….(胃腸がぁぁぁぁ)」

私は一目散にまたあの場所へ駆け出すことになった。

***

気が付くと、私は韓国の便器に腰を下ろしていた。スッキリとして、さっきまでのお腹の痛みも消え去っていた。お手洗いを出て、思い出す。あ、彼をだいぶ待たせているかもしれない。改札付近で待つ彼のもとへ急いだ。
だが、さっきまでいた場所に彼はいない。近くのカフェや本や、服屋を見回してみるが、どこにもいない。居ればすぐに気が付くようなキラキラとした爽やかなオーラを持っているのだが、そのオーラの気配すら全く見つけることができないのだ。

彼はまさに、私の天使だったのかな……
思えば、韓国の一人旅をしようと思ったのは、買い物して食べて、自由な時間を過ごしたいというのもあったが、潜在的な意識の中では、自分を見つめ直す時間が欲しかったのかもしれない。つまり、この旅は、私が自分の意に反して行動することをやめるきっかけとなる第一歩だと言える。

それにしても、お手洗いで過去に戻るなんてシュールすぎる。私は電車の中で一人、吹き出しそうになった。イケメンもいるのに、お手洗いで過去に戻るなんて、ほんとにひどい話だ。だが、私の心は晴れ晴れとしていた。ドロドロとした異物と一緒に「後悔」というものを吐き出すことができたからかもしれない。二日目の旅が今、はじまる。さて、今から何をしようか。ワクワクが止まらない。必ず素敵な旅になる。心の中でそうつぶやいた。

あの、「出してからおいで」という魔法の一言が、頭から離れることはない。

※この物語はフィクションです

***

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