ふるさとグランプリ

大阪人の私が思う理想の「いい男」とは《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Meg(ライティング・ゼミ)

あれは、いくつの時だったのだろうか。
言っていいことと、悪いことの区別もついていない、ほんの幼い頃だった。

その場面の記憶は何もない。
その人 の顔も覚えていない。
目を閉じて、遠い記憶を呼びおこす。
まぶたの裏で結びかけた像は、すんでのところで輪郭がぼやけてしまう。
青いエプロンだったような気がする。
それともあれは、履いていたデニムの色だろうか。

母に手を引かれていたのだろうか。
あるいは、握っていたのは祖母の手だったのだろうか。

とにかく私は、小さくて無邪気だった。

「おっちゃんとこのタコ、小っちゃいなぁ!」

私は心に浮かんだそのままを言葉にして、空中に放った。

その後の場面も何も覚えていない。
一緒にいた母か祖母は、おそらく気まずい思いで小さな子どもの暴言を謝ったのだろう。
「怒られる!」と反射的に身をすくめたからかもしれない。
その「たこ焼き屋のおっちゃん」が言ったことだけ、覚えている。

「あんな。タコは大きぃても小そうてもあかんのやで」
「柔らかい生地の中にしっかり歯ごたえ。そのバランスや。そのうち分かるわ」

月日は流れ、高校卒業の年。

当時つき合っていた彼とは、ぎくしゃくした日々が続いていた。
受験勉強に対するスタンスの違いだったと思う。
「今は勉強に集中したい、って言っただけやのになんで怒るん……」
彼と気まずい言い争いをした予備校からの帰り道、よく愚痴をこぼした。
愚痴を聞いてくれていたのは、気心の知れた相手だった。
「あいつじゃなくて、俺とつき合えよ」
青春ドラマみたいな展開は、しかし、一度もなかった。
聞いているのか、聞いていないのか分からないぐらいの頼りない相手に、私はただ一方的に泣き言を言い続けた。

その後、目指していた志望校に一人だけが合格したことで、彼との溝は決定的に埋めがたいものになり、別れの言葉もないままに連絡は途絶えた。

「自分だけ合格して、別れて。嫌なヤツやよなぁ、私」
自意識過剰な罪悪感を紛らわせたくて、私はまた愚痴った。
やっぱり奴は、何も言わずに私の話を聞いていた。
その時も「じゃあ、俺らつき合う?」とは言わなかった。
「なぁ、何とか言うてや。どう思うん? 私、嫌なヤツ?」
乱暴につついてみてもまるで手応えはなく、私の八つ当たりをされるがままに受け入れてくれた……

四月を迎えた。
散りきった桜の花びらの上を新入生たちがぞろぞろと歩く。
この瞬間、構内は一番の盛り上がりを見せる。
授業に顔を見せない上級生たちが、新歓活動のためにいっせいに集結する。

「新入生無料」のチラシに惹かれて、花見とは名ばかりの新歓コンパに出かけたのは、まだ履修登録も始まっていない頃だった。

同じテーブルで、四国から出てきたという小柄な彼に出会った。
いたずらっ子のようなキラキラした目をしていた。
さりげない気遣いのできる、人当たりのいい爽やかな青年だった。
まだ飲み慣れなかったアルコールの力もあって、私たちはどうでもいいことでよく笑った。
同じテーブルの、同じく四国から来たという女の子と彼と私と。
新入生らしい将来への期待と、根拠のない自信が、爆竹のように弾ける賑やかな夜だった。

「つき合ってるん?」
「え。あ、うん……ごめん、言いにくくて」

数ヶ月が経ったある日、私は彼女に問いかけた。
三人の間にかすかに流れるぎこちなさは、黒い雲のようにじわじわと私たちを覆っていた。
返ってきたのは予想していた答えだった。
覚悟していたはずなのに、急に息が苦しくなる。
喉の奥がチリリと痛む。
「ごめん」という謝罪の言葉が、毒針を塗った矢のように刺さった。

「いつからなん?」
「ちょっと前。ちゃんと言わなあかんな、って話してたとこやってん」
「そっかぁ。やっぱりな」
「ごめんな」
「ううん、別に謝ることちゃうし。また遊ぼ」
「うん、ありがとう。また遊ぼな」

事前に鏡に向かって練習したように笑えたかどうかは分からない。
想定していた以上に、毒の矢は急所を突いた。
小動物のような彼の目の輝きが好きだったんだな、と自分の気持ちを他人事のように距離をおいて見ていた。

二人とも、地元の四国を離れて大学の近くに下宿をしていたので、その日も私だけが電車で帰路についた。
彼らとは少しだけ疎遠になっていくんだろうな、とぼんやり思った。

季節は夏に向かっていて、残り火みたいな黄昏時の太陽が、いつまでも車窓から差し込んできた。

こんな時に頼るのは、やっぱりいつもの相手だ。
「あーあ。完敗やぁ」
「なぁなぁ。もうアカンわー」
力任せに揺さぶる。懐かしい香りが鼻をくすぐる。

と、これまで頼りないだけだと思っていた奴が語りかけてきた。
いつになく、力強い自信に満ちた調子で。

「アカンとか言うな。大学生活は、まだ始まったばっかりや。しっかりせぇ 」

柔らかな物腰に隠れた、奴の芯の強さを、その時私は、目の当たりにした。
失恋するたびにいつも頼っていた奴。
その名は……
「たこ焼き」

遠い昔、その人は言った。
「あんな。タコは大きぃても小そうてもあかんのやで」
「柔らかい生地の中に歯ごたえ。そのバランスや。そのうち分かるわ」

私もいい男を探そう。
普段は優しくて物腰柔らかで。それでいて芯の強さを持った人。
譲れない場面で自分を見失わないけれど、決して我が強いわけではなく、人当たりのいい人。大阪人の私が理想に思う、バランスの取れたたこ焼き男子を……

皿に残った最後のたこ焼きを、私は丸ごと口に放り込んだ。
懐かしいソースの香りが、鼻を抜けていった。

***

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