プロフェッショナル・ゼミ

私は勘違い作家になりたい《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:田中望美(プロフェッショナル・ゼミ)

 嫉妬することが恥ずかしいと思う人ほど、嫉妬深いと思う。
なぜなら、私がそうだからだ。

私が自分自身で、「あ、これは嫉妬だな」と初めて感じられたのは、中学生の時だ。私には小学校の時から好きな男の子がいた。その男の子をRくんとしよう。Rくんはスポーツ万能で、髪がサラサラで、かわいい女の子たちににモテモテの存在だった。小学生の「好き」というのは、ただただ純粋な「好き!」で、それ以上もそれ以下もなかった。だから、席が隣通しになったら嬉しくてドキドキしたり、バレンタインのイベントごとでチョコレートを渡して舞い上がったり、手紙交換や話すことができるだけで、大いに満足していた。付き合って、他の女の子より特別な存在になりたいという考えは根本的になかった。

だけど、中学生になると、少し変わった。周りの子たちが告白して「付き合う」ということをしはじめたからだ。なるほど、好きな人には告白するといいみたい。両想いなら、好きな人と「付き合う」ことができるんだ。私はその「付き合う」という意味をよく理解しないまま、周囲の告白ブームに乗っかってRくんに告白をした。今考えると、よく告白なんてできたな、と思う。面と向かって「好きです、付き合ってください」なんて、今言えるだろうか? 自分は相手からどう思われているのかわからないというのに。それでもあの時の私はただただ好きですと伝えたかった。あわよくば、付き合うということがしたかった。私は、中学時代の親友であるKちゃんに相談して、掃除時間にRくんを呼び出し、告白することにしたのだ。同じ掃除場所だった技術室。技術室には外へ抜けられる扉があり、私はちょっと話したいことがあるから来てくれん? といい、そこから技術室を出て、人気のない場所へと犬走りをタタタッと走った。

人生初の告白はとてつもなく緊張した。

告白をした後、私はいてもたってもいられなくて、親友のKちゃんのもとへ走った。わーーー! どうしようどうしよう! 言ってしまった! 告白できたよ~!

Rくんは、その場で返事をくれなかった。

返事が来るまでの間を私はどのように過ごしたのか覚えていない。返事をもらった時のことを強烈に覚えているからだ。返事は手紙だった。学校の帰りがけに、「はい」とそっけなく手渡された。男の子なくせに手紙かよ、と少し思ったが、初めての告白の返事が思いがけず返ってきて、そんなことなんてどうでもよくなっていた。

不器用だけど、丁寧に折られた手紙。私はなんだか急に怖くなって、すこーしずつ手紙を開いていった。「田中へ」という文字が見えた。はっ、私宛だ。当たり前だが、一気に現実感がよみがえる。一人、うわー! これは開けないよ~! 興奮してうなった。でも、知りたい。知りたい。私は目を細めながら続きの文章をひらいた。

「告白してくれてありがとう」

へ!? 私はもうすでに泣きそうになった。鳥肌が立つ。これは、どういう意味の「告白してくれてありがとう」なんだ? どっちの意味?!

多分、次の文章でその答えが分かるのだろう、私はそう思い、覚悟を決めて、男の子らしいにょごっとした字を読むことに挑んだ。

「嬉しかった」

ええええええええ!? だからどっちなんだ!!!!

たった二言の短い感想が、とてもじゃないほど私の心を揺さぶる。私は耐えられなくなって、手紙を思い切って全部開いた。手は震えていた。心もバクバクした。

次の一言もやっぱり短いものだった。

「もし田中がよければ、付き合ってください」

息ができない。えっ!? これは、これは何? 

理解するのに時間がかかった。でも、だんだん事の重大さが溢れてきた。私、いや、私たち、両想いなんだ! 付き合うことになったんだ!! 私はその手紙をとても大切にした。よろしくお願いしますという返事を手紙で返し、付き合うことになった。

が。

私たちはまだ幼かった。「付き合う」ということが全く分からなかった。まず、何をすればいいのかわからないし、変に意識をしてしまい、同じ空間にいるだけで恥ずかしかった。顔を合わせて話すことがバンジージャンプ並みに勇気のいることになった。今まで以上に意識してしまって、今までできていた会話もままならず、流れでずっと手紙交換をすることになった。顔を合わせなければ平気だったから、電話もたまにした。Rくんと話すと、楽しい。そしてドキドキする。そして、私はRくんにとって特別な女の子なんだ、という意識が芽生えた。私にとってもRくんは特別な男の子。

だからだろうか。

急に他の女の子がRくんと楽しそうに話したり、二人きりで何か話していると、嫌な気持ちになった。でも、その気持ちは表に出してはいけないのだと、なぜだかわからないけど、本能的に強く思った。Rくんのことを好きな女の子は他にもいて、もしその女の子にとられてしまったらどうしようと思った。R君のことを好きな女の子が二人仲がよく話しているのをみて、とても羨ましいと思った。私は恥ずかしくて話すことだけでも精いっぱいなのに。

でも、意外なことに、私がもやもやしたのは、親友のKちゃんに対してだった。Kちゃんとはずっと一緒に行動していて、私がRくんのことが好きなのも、告白して付き合ったのも知っていたし、いつもアドバイスをくれたり、応援してくれていた。それなのに私はKちゃんに対して恨むという感情に似た気持ちをもってしまっていた。

なぜなら、Kちゃんは私が付き合い始めてから、急激にRくんと仲良くなったからだ。私よりもずっと密接にかかわるようになっていた。お互いに恥ずかしがっている私たちのための行動もあったかもしれない。KちゃんはRくんととても仲の良い、これまたモテモテのHくんのことが好きだったから、ここぞとばかりに距離を縮めるきっかけにしたかったのかもしれない。でも、私はただただ、嫌な気持ちがした。KちゃんがRくんとコソコソ話をしていると、なんでコソコソ話さないといけないんだ? とイライラしたし、Rくんがこう言ってたよ、とKちゃんを介して私に何かを伝えられるとなんだか悔しかった。だんだんとそういうことばかりが目に付くようになり、私はKちゃんはRくんのことが好きなのだと思った。

Rくんはどう思っているのかわからないけれど、KちゃんはRくんのことが好き、あるいは気になっていて、でも、私の好きな人だからその気持ちを言えずにいる。私の前では好きじゃない、ただ単に仲の良い男友達だというふりをしている。そう思った。

私が最近Rくんと仲がいいよね! と聞くと、大袈裟にいや! 全然よ! あいつは私のこと女だと思ってないから! だから結構話すだけで、全然よ! と返されたことがある。わたしはむしろ、それがうらやましくて、Kちゃんに嫉妬した。Kちゃんくらい仲良く何でも話せるようになりたい。いつも自然に隣にいられるような存在になりたかった。でも、あいにくそんな勇気はなく、ただただKちゃんに嫉妬するしかなかった。多分それは態度にも現れていたんじゃないかと思う。

私は少しずつKちゃんと距離を置くようになった。

Rくんとも別れた。そりゃそうだ。何もしていなかったからだ。自然消滅になりかけていた時に、電話でフラれた。私は一人トイレにこもって、家族にばれないよう泣いていた。出てほしくなかったけれど、悲しくて涙があふれた。ひとしきり静かに泣いた後、私が電話をかけたのはKちゃんだった。でも、意外なほどKちゃんの対応はそっけなく感じた。その上、KちゃんはRくんは私のことをこう思ってたんだよと伝えられ、何でそんなことKちゃんから言われないといけないの、Kちゃんはなぜそんなこと知っているの? と、この時も嫉妬した。しかも、KちゃんはちょくちょくRくんの家に遊びに行ったことがあるというのだ。私はそれが許せなくて、何も言わずにもっとKちゃんと距離を置くようになってしまった。

そのままKちゃんとは高校で進路が離れ、長い時間がたった。

中学時代の頃のいざこざも、いい思い出だろうと思えるくらいに時がたった。

でも、最後までKちゃんがRくんのことを本当はどう思っていたのかわからない。私からすると、絶対好きだっただろうなと思うけど、最後までKちゃんは、それについて何も言わなかった。Kちゃんの本心は分からないまま大きくなった。

ここまでの話は、もしかしたら全て私の勘違いなのかもしれない。Rくんのことが好きだった故に作り上げてしまった私の物語なのかもしれない。

だって、相手がどう思っているのか、本当のところは誰にもわからない。自分は自分のことしかわからない。だから、自分で相手がどう思っているのか考えて補うしか方法がないのだ。

私は勝手にKちゃんとの見えないわだかまりを感じていた。

私は大学生になった。

Kちゃんは高校卒業後、フリーターとして働いていた。

今の時代、情報はほとんど全てがSNSだ。

Kちゃんは病みツイートが多かった。病みツイートというのは、○○だ。
私は自分の目標や夢について頑張るぞ! というものが多かった。真逆の発信内容だ。dが、いつからか、Kちゃんは私に対して病みツイートを書いているのではないかと思えてならなくなった。

「ストレス」「見るだけで吐き気」「無理だ」

私の書いたブログに対してではないかと思ってしまった。投稿してすぐにこれらのツイートがなされることが多かったからだ。上昇志向的なブログを投稿していたがゆえに、何を調子乗ってんだ的なことを思われているのではないかと考えた。気にしすぎだろうと何度も自分に言い聞かせたが、変な不安はぬぐえなかった。

だから、毎年していたお泊り会も、誕生日プレゼントもしなくなった。いや、できなくなったと言いたい。Kちゃんは私のことを嫌いになったかもしれないと思ったのだ。
でも、それを面と向かって証明するのが怖かった。だから、距離を置くしかなかったのだ。でも、気になっていた。いつもどこかで気にしてしまう存在だった。

でも、最近ひょんなことから、約一年ぶりにKちゃんに会うことになった。少し緊張していたが、会った瞬間、中学生時代、仲良くしていたあの頃に戻ったように楽しく、そのことがものすごく嬉しかった。仲が良かったあのころのままのテンションで話すことができた。おバカな話ばかりだ。

私は思った。すべてが私の勘違いだったのかもしれない。でももしかすると、わだかまりというのはお互いが本当に感じていて、現実、あったかもしれない。それをお互いが消し去ろうと何もなかったかのように話しているのかもしれない。でも結局それも自分が作った物語に過ぎない。

私は、KちゃんがR君のことを好いているんじゃないかと思って嫌な気持ちになっていた自分と、病みツイートが私に向けられたものなのではないかと思って嫌な気持ちになっていた自分がぴったりと重なっているように感じた。

それは全て自分ででっち上げた物語なのだ。勘違いすることで物語ができた。そう考えると、勘違いは創造することと大きく関わっていると考えられるから、素敵だ(笑)

物語を書くとはそういうことなのかもしれない。外界のあらゆる情報を自分なりに受け取って、心で感じたことを恨みでも、幸せでも何でも様々な形で吐き出している。同じ経験をしても、吐き出す方向が違うのは、やっぱり自分の中で物語を創造するからだ。

それは自分が感じたことで、もしかしたら大きな勘違いであると思われる可能性もある。
かの有名作家夏目漱石の「吾輩は猫である。名前はまだない」なんて、考えてみればとんだ勘違いだ。でも、それが広く受けとめられ、読まれ続けているのは、その勘違いが多くの人の心に響くものだったからだ。それが物語を創造することの原点なのだと思った。

だから、もしそうであるとすれば、自信をもって堂々とした勘違い野郎に私はなりたい。

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