プロフェッショナル・ゼミ

下を向いて歩こう《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「あなた、大丈夫?」
女性の声にふと顔を上げると、心配そうな目があった。
「あっ! あの大……大、大丈夫です!!」
動揺した私は、完全に挙動不審者だ。
「具合が悪いのかと思ったわ。気をつけてね」
私の肩をポンとたたくと、買い物途中らしいご婦人は、その場を去っていった。
あぶない、あぶない。
しゃがみこんで動けなくなっているように見えたのだろう。
無理もない。
私は電信柱の根元に生えている雑草の写真を撮るのに夢中になっていたのだ。
なぜ雑草なんかに夢中になるのか?
それは、転んだからだ。

人生につまずいて、転んだとき、目の前にあったのが、道端に咲く雑草、道草だった。

もともと花は好きだった。
田舎育ちで、植物の実は大抵口に入れて食べられるかどうかを判断していたし、学校帰りに人の家に咲く「シバザクラ」の蜜を吸ったり、田んぼのあぜ道に生えているレモンの味がする草をかじったりするのは日常だった。それが「スイバ」という名前の植物だとは大人になってから知った。
文字通り、道草を「食って」育ってきた。
親からただ一冊だけ買ってもらった図鑑が植物図鑑だったのが関係あるかどうかはわからないが、部屋に花や植物を飾るのが好きで、花屋で働いたこともある。
だから植物には親しみが深い。
でも、道端の小さな植物にはあまり目を向けてこなかった。
それまでは、遠くを見て歩いていたからだと思う。
しかし、仕事や生活のいろいろなことがうまくいかなくなって、うつむいて歩くようになると、視線の先、足元にあったのは、小さくかわいらしい花をつける道草たちだった。

駅から会社の行き帰り、自宅の近所。
意識してみると、結構な種類の道草が見つかる。
ゆっくり歩かないと、気がつかなかったものだった。
そうして見つけた道草を、写真に撮り、家に帰って、図鑑で名前を調べる。
私は道草の名前を一つひとつ知っていくことで、自分が癒されていくのを感じていた。

道草は「雑草」と呼ばれる。けれど、決して「雑」なつくりの草ではない。
最近は「野草」なんて呼び方もあるみたいだ。
それでも雑草は、主食になるわけでもないし、観賞用の花は別にあるし、はびこると本来育ってほしい植物が育たないしで、ほとんどの人にとっては、ジャマなもの、いらないもの、さもないもの、つまり、「雑」な扱いをされている草だ。
そのため、油断ならないのだ。
いつもの通勤路にある茂みの中に、道草と呼ぶにはもったいないほどきれいな花を咲かせる「ニワゼキショウ」が生えている。
でも今は西日で逆光になるから、明日の朝、写真を撮ろう。
なんて思って次の日に行ってみると、茂みごと草刈りされていたこともある。
近所の家の前、道のわずかな溝をはうように育っていた「ツタバウンラン」が、数日後、きれい好きの住人によって根こそぎむしりとられていたこともある。
草刈りが終わった後の草の香りに包まれながら、絶望したことは数え切れない。

写真を撮るのが先か、刈られるのが先か。やるかやられるか。
もちろん、花屋の花に季節があるように、道草にも季節がある。今日開いた花が、明日は枯れていることだって、ある。
この季節、この日、この時間、この場所で。
道草とは、いつも一期一会の出合いなのだ。

「お前、なぜそこに……」
道草を観察するようになってわかったのは、イメージするよりもさらに過酷な場所で生きている道草が多いことだ。
コンクリートの割れ目。
これはよく見かける定番の生息地だ。彼らはどんな小さな割れ目も見逃さない。
電信柱の根元の、あるかないかのすき間。
結構大きな株を作っているやつらが多いので、人の目にはわからないが、相当生きやすい何かがあるのだと思われる。
民家の塀にある排水溝の穴。
多分庭の土とつながっているのだろう。もはや塀に埋め込まれた植木鉢のように、すくすく育っている道草が多い。
石でできた階段のすみっこに、風で集められた土の上。
なぜこんな不安定なところで群れをなし、可憐な花を咲かせるのか。まったくわからない。
水が流れていない、薄暗い側溝の中。
おーい、そこ、一体何が快適なんだい? わずかな湿り気を好んで繁殖しているようだ。
マンホールのフタの溝や、フタを開けるためのかぎ穴。
マンホールの模様と相まって、もはやアート作品のようだ。

どいつも、こいつも、もっといい場所、あったでしょうに。
そう思うが、なぜかみんなイキイキして見えるから不思議だ。

さらに、民家の庭にあるプランターや、道端の花壇。
手入れされ、きれいに育った花たちは、それはそれは美しい。
しかし、風に吹かれてみたかったのか、もっと広い世界を見たかったのかは、わからない。
ある花が花壇を抜け出し、家の敷地の外や、結構離れた場所のアスファルトのすき間になぜかポツンと根を下ろしているのを見つけると、まるで冒険者に出会ったような気がして、応援したくなる。

彼らの生き方は、想像をはるかに超えている。
そしてどの生き方もユニークで、かわいらしく、愛おしい。
私は見ているだけでは済まなくなってきた。
「そっか、家で育てればいいんだ!」
かわいらしい気持ちが抑えられなくなったある日、「オオイヌノフグリ」を家で育ててみようと思い立った。
「オオイヌノフグリ」は、春に小さな青い花をたくさんつける、かわいそうな名前の代表選手ともいえる定番の道草だ。
「フグリ」って……。先人の嫌がらせとしか思えないが、そんなことは気にもせず、あらゆるところに生えている。
私はイキの良さそうな一株を土手から根っこごと抜き取ってきて、ふかふかの培養土で満たした植木鉢に植え付けた。
「どんどん増えたら『オオイヌノフグリ』の鉢植えが堪能できる!」
私はウキウキしながら水をやったが、三日と持たずに枯れてしまった。
土も水も光も、もといた場所よりもはるかに好条件だったろうに、根付くことはなかった。
がっかりした。そして疑問が浮かんだ。
「ちょっと待って。もしかして、好き好んであの場所にいるの?」
私は、道草の生態を勉強する羽目になった。
そして知識を得るほどに、これまでを振り返ることになった。

私はどこかで道草の面々を、かわいい姿をした「負け組」、と考えてはいなかったか。
すみっこに追いやられて、かわいそう、と思っていなかったか。
しいたげられても生きている、健気な存在、と思ってはいなかったか。
そして多忙な仕事についていけなくなった自分と、重ねて考えてはいなかったか。

わざと、そこを選んで生きている。

こう考えてみると、どうだろう。
かわいい道草たちが、急に、したたかで、侮れない存在に見えてくる

植物にとって、第一の目的は種の保存だ。
進化はそのために行われてきたと言っていいだろう。
そして環境への適応も、種のために行われる。
その意味では、ある場所に根付き、花を咲かせている時点で、決して「負け」ではない。
そこがどんなにすみっこで、はしっこで、小さな場所だったとしても。

彼らはむしろ、「勝ち組」だった。
ずっとずっと勝っていたのだ。
生き続ける戦略に。

河原の広い土手、野っ原、空き地。
大勢の道草にとって生きやすい場所は、それだけ競争が激しい。
そこは繁殖力の強い植物こそが生き残る場所になる。
生き残るためには、大勢が生きやすい場所とは、ちょっと違う場所を選ぶことも必要なのかもしれない。

水分の少ない場所を好む道草もいる。
陽の当たりにくい場所を得意にする道草もいる。
季節をずらすことで生き残っている道草もいる。
芽が出る条件が揃うまで、土の中で数年過ごすことのできる道草もいるという。
すべては生き続けていくために、彼ら自身が獲得した、しなやかな強さだ。

私は、かわいいだけではない、道草の素顔を知った。

誰よりも高く、遠く、大きく。
これまでわかりやすい他人との競争の結果でしか、勝ち負けを考えられなかった。
私はそこで負けた。体を壊し、会社を辞めた。
すっかり落ちこぼれた私は、道端に寝そべって、自分の目の高さを道草に合わせているつもりだった。
しかし、違う。
道草は、ただそこで、生きていただけだった。

道草は私に「勝ち方」を教えてくれた。
それは一見、弱そうに見えて、強くなければできない「勝ち方」だ。
柔らかい強さがなければできない「勝ち方」だ。
どんな場所でも生き続ける。そんな「勝ち方」だ。
私は人生に負けた。と思っていた。
けれど、そうではない。
場所を変えた。自分が生きる環境を別な場所に求めた。
それだけだったのかもしれない。
会社を辞めた私は、今、フリーランスとして、新しい場所での仕事を見つけた。
私は引き寄せられるべくして道草に魅力を感じ、生き方を教えられたのだった。

上へ、上へ、もっと上へ……。
上を向くのは、もちろん素晴らしい。
でもちょっと疲れたら、下を見るのもいい。
そこには、多彩で多様な「勝ち方」を見せてくれる道草の世界がある。
ただし、通りすがりの親切な人と、クルマには要注意だ。

***

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