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「あの恋があったから、私は生きていられる」と言える女は幸せだ


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記事:木ノ崎ヒロ(ライティング・ゼミ)

 

「亡くなった主人にはもうひとつ別の家庭があったの」

あさこさんが驚きの言葉を口にしたのは、食事が終わり、デザートのシュークリームに差し掛かった頃だった。

「え?!」

私は衝撃のあまり、かじりかけのシュークリームに顔面をダイブ。口の周りがカスタードクリームだらけになってしまった。

「女性が好きな人でね。何回か浮気をしたのは知っていたけど、まさか外にもうひとつの家庭があったとはねえ。しかもちゃんと子供までいて。そのことは主人が亡くなった後に知ったのだけれど、なんと私以外の家族はみんな知っていたのよ!」

私がつい先ほど手を合わせたご主人の遺影は、家族想いの優しそうな笑顔をたたえていた。それが、あさこさんの告白により、一瞬にして「女泣かせの色男」というイメージに塗り替えられてしまったのだった。不謹慎で大変申し訳ないのだけれど。

 

私よりも30歳以上年上のあさこさんは、古き良き時代の和風美人。立派なご子息を育てあげ、一昨年前にご主人を亡くされてからは、ひとり静かに暮らしている。

あさこさんとは3年前に仕事を通じて知り合ったのだが、私の祖母の年齢に近いのに、不思議とフィーリングが合い、時々こうして食事に招かれるようになったのだ。この日も、あさこさん邸での平和な食事会になるはずだったのだが……話は思いもよらぬ方向に発展した。

お酒が入っていたからだろうか、あさこさんはいつにも増して饒舌だった。衝撃の告白はまだまだ続く。

「実は、私には10年間恋人がいたの」

「えぇっ?! そ、それは最近の話ですか?」

「20年以上前の話。もちろん、すでに主人も子供もいる時のことだけれど。相手はまだ学生だったわ」

「……」

「彼と初めて出会ったのは、私が婚礼司会業を始めた頃のこと。主人の浮気が発覚して、しばらくふさぎ込んでいた時、これじゃだめだと思って働きに出ることにしたの。その直後だったわ。彼は苦学生でね、いまはないだろうけど、昔はアルバイトしたい学生が、人が集まる場所にある黒板に、『家庭教師します』というような書き込みをしていたのね。私は、彼がちょうど黒板に書き込んでいるところを見かけたの。端正な字を、真剣に書いている彼の後ろ姿を見てふと気になったのよ。『こういう字を書く人はどんな顔をしているのかしら?』って」

私も想像してみた。頭の良さがにじみ出たような聡明な顔立ち、スポーツマンタイプというよりは、インドア派で読書を好むタイプ。肌の白さに似合わない熱い思いを秘めた好青年の姿を。

「私、自分から男性に声をかけたことなんてめったにないんだけれど、その時ばかりは自然に体が動いてしまった。中腰で字を書いていた彼が、立ち上がりながら振り返って『はい、何でしょうか?』と言ったの。その時の顔がいまでも忘れられなくてね。そしてその瞬間にわかった。あぁ、出会ってしまったんだって……」

それはまるで、映画のワンシーンのようだった。運命の人との、この上なくドラマチックで切ない出会い。

あぁ、神様はなんて残酷な運命を与えるのだろう。夫も子供もいる身分でありながら、あさこさんは出会ってしまったのだ。愛すべき人に。

「別の日に、違う場所で彼とばったり再会したの。少し言葉を交わした後に、彼が『お茶でも飲みに行きませんか』と誘ってくれて。若いのになかなかキザよねっ!」と話すあさこさんは、すっかり恋する乙女の顔になっていた。しかし、すぐに神妙な顔つきになってこんなことも言った。

「彼と付き合うことになった時、私は自分にふたつのルールを課すことにしたの。ひとつは絶対に家族に知られないこと。そしてふたつ目は……お別れのタイミングがきたら、何も言わずに、きっぱりその場で別れること」

それは、己の心に従い、ただ純粋に人を愛する覚悟を決めたあさこさんが自分自身に課した鉄則だった。

その後10年もの長きにわたって続いたふたりの関係は、ある日突然終わりを迎えることになる。

「彼が『僕、結婚することにしました』と言ってきたの。あぁ、ついにきたな、と思ったわ。悲しかったけれど、彼にはちゃんと結婚して幸せになってほしかったから良かった。彼と一緒になることは叶わなかったけれど、あの恋がなければ『私の人生は何だったんだろう』って、きっと後悔していたと思う。主人に浮気されて、挙句の果てに他の女性と家庭を築いていたことすら知らなかった私は、とても生きていられなかったわね」

あさこさんは思い出を慈しむように、穏やかな表情を浮かべた。

そして、私の目をまっすぐに見つめてこう言った。

「あなたも人に何と言われようと、自分が後悔しない生き方をしなさい。自分を幸せにできるのは自分だけよ」

 

帰りの電車に揺られながら、私は恍惚とした気分に浸っていた。

帰り際、あさこさんは「なぜあなたにあんな昔話をしてしまったのかしら」と笑っていたが、その表情に後悔の念は見られなかった。

本当は生涯誰にも話さないつもりだったのかもしれない。でも、私に話したことで確信したのだろう。「あの恋があってよかった」と。

道ならぬ恋をして、誰かを傷つけるのはよくないことだと思う。

けれど、もし、出会いのタイミングがほんの少しずれてしまったことで、心から愛せる人と結ばれなかったとしたら……。心の中で、密かに相手を想う気持ちを誰が罰することができようか。

「あの恋があったから、私は生きていられる」と言える女は幸せだ。女はいつでも「誰かに幸せにしてもらう」のではなく、「自分で幸せをつかみにいく」くらいの気持ちをもっていた方がいい。

そういえば、あさこさんが彼と出会ったのは、ちょうどいまの私と同じ年の頃だと言っていた。迷えるアラサー女子の気持ちが手に取るようにわかるから、人生の大先輩として、自らの重大な秘密を明かしてまで、私に幸せをつかむコツを教えてくれたのかもしれない。

だから私も覚悟を決めることにした。「自分を信じて、このまま突き進んでいこう」と。その先に幸せがあることを信じて。

あ、いま私が人に言えないような恋をしているという意味ではありませんので、誤解なきよう(笑)。
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2017-03-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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