ふるさとグランプリ

ふるさとは「へそ」にある《ふるさとグランプリ》


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記事:ノリ(ライティング・ゼミ)

 

「私たちは会津の山々に守られています。だから大丈夫です!」

小学校の社会の授業。地域の勉強の中で、昭一先生は言った。

何が大丈夫なのかよくわからないが、先生の言葉がうれしかったのを覚えている。

 

私は福島県の会津盆地で生まれ、育った。

 

盆地は、お盆のへりのように、ぐるりと山に囲まれた土地。

会津盆地は、北東に磐梯山(ばんだいさん)、南東に大戸岳(おおとだけ)、南西に博士山(はかせやま)、北西に飯豊山(いいでさん)と、1000〜2000mの山々に囲まれた、楕円形の盆地だ。

山々はなだらかで、稜線はやわらかい。

 

「盆地は山がある分、昼の長さが短くてゼッタイ損してる!」

海の近くに生まれた友だちの言葉に、思わず笑ったことがある。

確かに盆地では、太陽は山から出て、山へと沈んでいく。

海から太陽が昇ったり沈んだりするのは知ってはいたが、泊まりがけで海水浴に行った小学校4年生まで見たことはなかった。

 

山は、カレンダーでもある。

360度、山に囲まれている盆地では、常に視界のはしっこに山が存在する。

いつも生活とともにある山は、季節の移り変わりを見せてくれる。

雪の白が少なくなっていく冬の終わり、木々の芽が萌え、粉を吹いたように見える春、少しずつ木々の緑が色濃くなっていく夏、黄色、赤、茶色、とりどりに焼けていく秋、枯れた木々の根元に雪が積もる冬……。

山の一年は、見飽きることがない。

 

そんな会津盆地を出たのは、中学1年生のときだった。

父親の仕事の転勤で、福島県内、宮城県内を転々としたが、一度も山から遠く離れて過ごしたことはなかった。そして大学に入って再び、山形の盆地に住むことになった。

山形盆地は、生まれた会津盆地ととても似ていた。

盆地の東のへりにある山の麓に建つ大学からは、西の山に沈む夕日が見える。さくらんぼのような赤い太陽が山へ沈むのを見るのは、とても心落ち着く時間だった。

 

誰にでも心の中に、ふるさとの原風景があると言う。

しかし、それに気づくには、ふるさとから遠く離れた環境に身を置く必要がある。

私の場合は、大学卒業後に出た東京だった。

東京は歩けど歩けど、見えてくるのは次の街。

視界の端に山が見えないことが、こんなに不安になるものかと、私は初めて東京で知った。

 

東京でたびたび発症していたのは『アルプスの少女ハイジ』症候群だ。

「山が見たい!」

山が見えないと季節の移り変わりがわからない。

私はいつも、地に足がついていないような、そわそわした気分を感じていた。

特に秋の紅葉の季節になると、いてもたってもいられなくなり、

「山が呼んでいる!!」

そう言って友人を誘い、わざわざ高尾山まで紅葉狩りへ出かけた。

猿はいるし、会津の山とはちょっと雰囲気は違うけれど、紅葉を見ながら山道を歩くのは心が落ち着いた。しかし、山ならなんでもいいわけではなかった。

 

「なにこの山……。高っ!」

それは、長野に住む友だちを訪ねたときのこと。

長野県といえば、東北地方とは比べ物にならない、日本の中でも山の本場。

初めて目にしたのは、これまで見た山々とはまったく違うものだった。

視界いっぱいにそそり立つ山々。

しかも高いだけではない、どの山もV字型の彫刻刀で削り出したかのような、険しい急斜面。自分のふるさと、会津の山とはまったく違う様子に、私は言葉を失うしかなかった。

長野では、温泉や菜の花畑に連れて行ってもらったけれど、ダイナミックな大自然が生み出す観光スポットは、どこもダイナミックだった。

「何もかもが違いすぎる」

ふるさととは全然違う山の姿は、落ち着くどころか、圧倒され、ただただ驚愕するだけだった。

 

その後、東京を出て移り住んだのは、東北地方の太平洋側、宮城県。

宮城県は、片方は海に開け、片方は山だ。そわそわするのは変わらないが、家の前から山の姿を見ることはできる。

しかし、盆地ではない。

それでも毎日は忙しく過ぎていった。

私は次第に山に近づかなくなり、盆地のこともすっかり忘れて生活していた。

 

「その子に描かせると、どうしても凪になるわけ。穏やかな海。で、聞いてみたら、海は海でも青森湾の近くの生まれだっていうのよ」

 

ただ仕事に没頭する日々の中で、また、ふるさとを思い起こさせてくれたのは、取材先で聞いた漫画家の先生の話だった。

「海を描いて」「山を描いて」という指示を出すと、アシスタントの生まれや育った場所によって、描かれるものが微妙に違ってくるという。

海なら、日本海側なら荒波、太平洋側なら水平線、湾なら波が穏やかな海……。

話を聞きながら、自分がいつも「山を見たい」理由がわかった気がした。

 

人の体の中には、生まれ、育った土地の地形や、天気、季節、光、そうしたものがインプットされているのかもしれない。

それは「へそ」のようなものだ。

母とつながれていた、私の中心。

どんなに体が大きくなっても、環境が変わっても、変わらない私の真ん中。

自分にとって、生まれた地域、育った地域というのは、そういう場所なのかもしれない。

ふるさととは、今、どこにいたとしても、自分の中心を形作っている「へそ」なのかもしれない。

 

生まれた場所に今も暮らしているのなら、それは一つの幸せだと思う。

けれど今、ふるさとから遠く離れて暮らしているのなら、しばらく帰っていないのなら、自分の「へそ」を見てみよう。

それが、鍛えられた腹直筋のくぼ地でも、長年育み続けた山のカルデラでも、ちょっとゴマにまみれた穴でも、関係ない。

大丈夫だ、「へそ」はなくならない。

ふるさとはずっと、そこにある。

 

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