メディアグランプリ

どこでもドアは、使わない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ)

 

「5時ですか?」と、思わず聞き返した。

「5時ですね」と、電話口の女性はトーンを変えずに繰り返した。

夕方ではない。5時とは、朝の5時を指している。

 

僕は屋久島に来ていた。

誰に言っても信じてもらえないが、一応仕事で来ている。

名目は、“国立公園の視察”である。

 

観光でないとすれば、ゆっくりと温泉に浸かっているだけとはいかない。

何せここは、屋久島なのだ。

樹齢7千年以上と呼ばれる縄文杉がある。

ジブリの舞台となったとされる森がある。

そこに行かない訳にはいかないのである。

 

「きつい方から先に行くのをおススメします」

と電話口の女性は、先ほどと変わらないトーンで続けた。

なるほど。「では縄文杉の方からお願いします」と僕は答えた。

 

その“きつい方”の縄文杉コースのピックアップ時間が、なんと5時だったのだ。

何度も言うようだが、朝の5時だ。

電話を切ったあとやや心配になり、初めてアクティビティの内容を調べた。

 

片道11km。所要時間5時間。

神秘的な縄文杉を拝むために必要な道のりである。

往復だと10時間、ざっとハーフマラソンの距離になる。

 

まあまあハードじゃないか。

日頃、朝も夜もない生活をしている身としては、いかに仕事と言ってもそこは屋久島、

もっとらく〜に自然を楽しめるものだと思っていた。

 

“遅く起きてゆっくり朝ごはん”というささやかな夢は儚く散った。

朝ごはんはおにぎり弁当に変わり、昼ごはんもおにぎり弁当に変わった。

 

 

「ウェンザナイ♪」

トロッコ道が延々と続く。

およそ8kmの道のりを2時間半かけて歩く。

スタンドバイミーの映画さながら、

敷かれたレールの上を僕らは縦一列で歩いていた。

 

僕らのグループは、40代から50代のおばちゃんを4名抱えていた。

ある程度のツアーグループたちが一斉に登山道を歩き始めたが、

みるみるうちに他のグループは先へ先へと消えていった。

 

「富士山に登頂したことがある」というミーハーな自慢が災いし、

僕はグループのしんがりを任されることになった。

最後尾には、しっかり歩ける体力のある人がいた方がいいらしい。

 

個人的には先頭を歩くガイドのすぐ後ろで、

有益な情報を色々聞きながら歩きたかった。

しかしまあ、状況が状況だから仕方ない。

 

ひたすら「ウェンザナイ♪」を口ずさみながら歩き続けた。

30分程でスタンドバイミーの賞味期限は過ぎてしまい、

時折みんなで立ち止まってガイドさんの話を聞く以外は、

本当にひたすら黙々と歩き続けた。

きつくはないが、ともかく長かった。

 

しばらく進んだ山間には、小学校や中学校の跡地があった。

戦時中の防空壕も残されていた。

 

驚いた。こんなところに人が住んでいたのか。

当時の写真も残されていた。

みんな生命力に満ち溢れた表情をしている。

 

自分の何十倍もの高さの樹木を切り倒し、

何十倍もの重さのそれを運び、生計を立てる。

確かにそこに人々は暮らし、雄大な自然と手を取り合ってきたのだ。

 

かと思えば、人差し指サイズのスギの芽も見つける。まだ1歳だという。

縄文杉は7千歳以上。どこで命が終わるかはわからないが、まだまだ先は長い。

人間の寿命は長くて100歳。

壮大な時の流れを感じざるを得なかった。

 

 

そうこうしている内に、一行はウィルソン株まで辿り着く。

切り株の内部から見上げるとハートのカタチに空が抜ける、有名なスポットだ。

わかりやすい名所なので喜び勇んで中に入ると、どうにもハートには見えない。

ガイドさんを振り返ると、地蔵のような微笑みを浮かべている。

なるほど、探せということか。僕は株の中をウロチョロし、

いちはやくハートに見えるスポットを見つけ、スマホのシャッターを切った。

 

はるか昔の人々のことを考えた。

月には餅をつくウサギがいると考えた日本の人々。

いやいやあれはカニなのだよと言い張った海外の人々。

夜空を見上げ、瞬く星の点と点とを自由に結び、様々な星座を創った人々。

素晴らしいことだと思った。

いつの時代も、イマジネーションはすべての源だ。

 

さて、ここまででおよそ8km、2時間半。

体力に不安を感じたおばちゃんのひとりが山登りを諦めた。

いちばんバテていた人ではなかったので何とかいけそうな気もしたが、

今思えばそれも賢明な判断だったかもしれない。

 

そこから先はさらに3km、道なき道をひたすら登りまくる、

それはもうかなり本格的な登山道だった。

 

雨にも負けず、風にも負けず、寒さや湿気にもめげず、

おばちゃんの弱音や不安に耳を傾け、落としたストックがあれば拾い上げ、

沢があれば手を貸し、尻餅をつけば抱え起こした。

 

そして、恋が生まれた。

……なんてことはあるはずもなく、

おばちゃんたちとの信頼関係や妙な絆だけが深まっていった。

 

 

その中でもひとり、“先生”と呼ばれるおばちゃんがきつそうだった。

急勾配の坂を少し登るだけで、完全に息を切らしてしまう。

「ぜいぜい、はあはあ」

テンポが悪くなるから、どうしてもそこでみんなのリズムも鈍る。

 

「ギブアップしますか?」

ガイドさんがついにそう声をかけた。

僕は正直、彼女は断念するのではないかと思った。

周りのおばちゃんたちも明らかに「無理はしないで」という顔をしていた。

 

「みんなごめんね」と“先生”は言った。

「いやいや、ここまで頑張ったじゃないですか。偉いですよ」

僕は真っ先にそう言おうとしていた。

だがしかし、“先生”の口から出た言葉は意外なものだった。

 

「迷惑かけてごめんね。でもね、わたし登り切りたいのよ」

ハッとみんなが顔を上げた。“先生”は続ける。

「もう次はないと思うから。生きてるうちに見ときたいのよね」

 

わっはっはと彼女は笑った。どうやら笑うところらしい。

きちんと1秒間をつくり、僕らも笑った。

 

ガイドさんも覚悟を決めたようで、宿への戻りが遅くなるものの

旅程をギリギリまで伸ばし、ゆとりあるプランに切り替えた。

そうして僕らは旅を続けた。

 

 

縄文杉の手前に、夫婦(めおと)杉という屋久杉があった。

二本の大きな杉が並んで立ち、その枝を相手の方へ伸ばしている。

まるで手を取り合う夫婦のように見える杉だった。

 

「春になるとあの枝に花がつくんです。

そうするとね、夫から妻へ花を贈っているように見えるんですよ」

ガイドさんがそんな素敵な話をしてくれた。

 

そう、イマジネーションだ。

今そこに見えないものに何を見つけることができるか。

それこそが、世界を豊かなものにしてくれるのだ。

 

 

目的地まであと少し、その場に倒れ込みそうな勢いの“先生”を見かねて、

「リュックを持ちましょうか」と僕は提案した。

彼女はそれを丁寧に断った。

 

次々に、縄文杉を見終わって道を引き返してくる集団とすれ違った。

その誰もが我々の姿を見て、そして汗だくの“先生”を見て、

あともう少しだよと声をかけてくれた。

 

きっとマラソンなんかもこんな気分なんだろうな、と僕は思っていた。

もうダメかもしれない。そう思った瞬間から本当の勝負は始まる。

だから人はマラソンを人生に喩えるのだと思う。

 

 

かくして、ようやく、縄文杉がその姿を現した。

何千年も前から生き続けてきた生命体が、そこにあった。

ずっと「ぜいぜいはあはあ」息を切らしていた“先生”は、

そのままの勢いで少し泣いているように見えた。

というか本当に泣いていた。うれしそうに泣いていた。

 

よく頑張った。本当によく頑張った。

いいもん見たよ。縄文杉も素晴らしいけど、あんたの涙も最高ですよ。

たかが屋久島のアクティビティで、こっちまでもらい泣きしそうになっていた。

 

唐突に思う。

もし、どこでもドアがあったなら、僕はそれを使うだろうか、と。

あの、猫型ロボットの声を真似して「じょ〜もんすぎ〜」とかなんとか言って、

一瞬であの巨大な杉と対面しても、同じような感動があるのだろうか、と。

 

僕の答えは否、である。

自分の足で歩き、他人の力に助けられ、

まだ見ぬものに想像力を働かせ、ようやく出逢うからこそ、これだけ人は感動するのだ。

 

プロセスという名のストーリーがあるから、僕らは敢えて苦労を選ぶ。

空腹が最高のスパイスになることを、僕らは知っている。

だから僕らは、“旅する”ことをやめないのだ。

 

 

残酷な話だが、ゴールは折り返し地点に過ぎない。

ここからまた、あと半分が待っている。

 

ガイドさんがこう言った。

「ここまで来れた皆さんなら、大丈夫です。

さあ、帰りましょうか。美味しいビールが待ってますよ」

 

そうして僕らは帰路についた。疲れてはいる。

だけど多分、登り始める前より、ちょっとだけ僕らは強くなっている。

 

「ウェンザナイ♪」

ともう一度、口ずさんでみた。

 

夕暮れがやってくるけど、こわくはない。
***

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2017-03-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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