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何も足さない。何も引かない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:うらん(ライティング・ゼミ平日コース)

 

 

『天ぷらM』は、店が狭い。

六席のカウンターと、小上がりが一室あるだけだ。

天ぷらは揚げたてがいちばん美味しいからと、お客さんの目の前で揚げることに店主はこだわっている。だから、そのくらいの席数が精一杯ということらしい。

のれんを掲げて40年になるので、店の造りはずいぶんと古い。店内はとても清潔に保たれているのだけれど、柱も、桟も、床も黒光りしているし、入り口の引き戸は軋んで、ガラガラととても大きな音をたてる。

その上、店は駅から遠い。店までの道中に繁華街があるわけでもない。駅の周辺ですら、しんとしている。

 

それでも『天ぷらM』に客足は絶えない。

かなり遠方からわざわざ足を運ぶ人もいる。予約が取れても一か月は待たされてしまう。

世の中に天ぷらのお店はあまたあるのに、どうしてそこまでしてこの店にお客さんは来るのか。

その理由はただ一つ。

この店の天ぷらが美味しいからだ。

 

その美味しさは、何といっても素材の味を実にうまく引き出しているところにある。

揚げ方には細部の細部にまで注意を払って、妥協を許さない。素材の違いによって、秒単位のタイミングで揚げ分けているのだ。

たとえば、そうして揚げられたエビは、芯だけがレアで甘みが極限まで引き出されているし、穴子は、揚げたてを割ると香ばしい湯気が一気に立ち上って、口に入れた途端、ほわっとした食感が出るように仕上がっている。

とりわけ、この店では素材の水分量を大事にしている。

天ぷらは、揚げることで素材の味を引き出していくものだが、衣はそのコントロール役だ。衣が付いているところは水分が抜けにくくなり、付いていないところはすぐに抜けていく。

キスを例にとると、キスの片面には皮がある分、身の面よりも水分が抜けにくい。どちらかの面にベストな揚げ時間では、もう一方の面にとっては揚げすぎであったり、揚げ足りなかったりする。すると、身がパサパサに仕上がったり、逆に皮面に水分の残りすぎた仕上がりになったりする。

そこで、身の面には衣をつける直前に粉をまぶして、揚げたときのバランスがちょうどよくなるようにしているという。

よく、天ぷらを評するとき、「衣はカラッとしていて、身は~~で」と言うのを聞くことがあるが、この店の天ぷらは「衣はこれこれ、身はこうこうである」などと、分けて考えることはできない。身も衣も全部ひっくるめて、ひとつの作品なのである。

衣は、それぞれの素材のいちばん美味しいところを引き出すための、いわば力添えだ。

 

そうやって、『天ぷらM』は、素材のいちばん美味しいところを引き出して、天ぷらを提供してくれる。

イメージでいうならば、この店の仕事はスタイリストのそれみたいなものかもしれない。

素材を女の子に例えるとしたら、スタイリストが、それぞれの女の子の個性が光るよう、そのコにいちばん似合う服を着せ、いちばん似合う髪型にするように、『天ぷらM』では、素材をいちばんの器量よしに仕上げてくれるのだ。

 

スタイリストは、いくら流行っているものであっても、その人に似合わない服は着せないだろう。

同じように、『天ぷらM』の店主は、話題を呼ぶために奇をてらった天ぷらを揚げるようなことはしない。

このごろは、衣にチーズを入れたりアーモンドやコーンフレークを付けて揚げたりと、変わり種の衣が流行っている。そうしたものを、一時的に注目されているからといって取り入れたりはしない。

また、写真映えするからと、天丼の天ぷらを兜飾りのように盛り付けたり、タワーのように高くする店が話題を呼んでいる。もちろん、この店ではそんなことはしない。食べづらいだけだから。

 

40年間その姿勢がぶれないところに、この店の良さがある。随所随所にこの店「らしさ」が感じられるのだ。『天ぷらM』はこういう店である、というイメージが出来上がっている。

だから、お客さんはいつでも(とはいっても予約は取りづらいのだけれど)、安心してこの店に行けるのだ。

 

ただ流行っているからとか、話題を呼びそうだからという理由だけでそれを取り入れたりすると、誤った方向に進んでしまうことがある。

 

 

同じようなことを、私たちは日常生活でやっていないだろうか。

例えば、友人たちとの関係において。意中の人に対するとき。あるいは、就職面接のとき。

仲間に嫌われないよう、胡散臭い人と思われないよう、無理して相手に波長を合わせたりしていないだろうか。

意中の人の前では、自分を気に入ってもらえるよう、相手の好みに自分を合わせていないだろうか。ものの見方も、嗜好も、主義主張も、本来の自分を抑えて相手に同調していないだろうか。

もし、就職面接のときに、自分を盛りに盛って、偽りの自分をアピールしなければ採用されないのだとしたら、その企業は自分に合っていないのかもしれない。

本当は人付き合いいが苦手なのに、「外国人にも積極的に話しかけていけます」、「誰とでもすぐに打ち解けるタイプです」などと言って採用されたとしても、のちのち苦しいことになって、結局は辞めることになるかもしれない。

 

 

自分らしさというものは、知らないうちに生じているものだから、敢えて意識することはない。

だが、実はもっとも大切にしなければいけないものではないだろうか。

自分の持ち味や、特徴、考え方、好みといったもの。そういうもの全部が合わさったものが、自分らしさになる。

それが相手にはっきり伝わるから、自分という人間を理解してもらえるのではないか。

そうしたもので、自分がこういう人間であるとイメージしてもらえるのだ。

それを、いちいちその場に応じて相手に合わせていたら、いったいどれが真の姿なのか、周りの人は掴みどころがない。

『天ぷらM』は、『天ぷらM』らしさがはっきり伝わってくるから、お客さんは信頼して足を運ぶ。

これが、店の方針がころころと変わっていたら、店の特徴がなくなってしまう。そうなれば、お客さんはこの店に魅力を感じなくなるだろう。

 

同じように、自分を取り入れてもらおうと、でっち上げの自分を仕立てても、それでは上手くいかない。

いや、よしんば上手くいったとしても、自分の心の中に不調和が残るに違いない。

自分らしさは自分のなかにある。

周りに合わせたり、時流のものを取り入れて見栄えよく仕立てるものではない。

素材のもつ美味しさを引き出すように、自分の中にある、特有の味を引き出さなければいけない。

 

自分らしさは、自分のなかにある。

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2017-04-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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