プロフェッショナル・ゼミ

毎年この季節に現れる「彼ら」と、その行方について《プロフェッショナル・ゼミ》


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毎年この季節に現れる「彼ら」と、その行方について
記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

毎年、不思議に思うことがある。

それは、先日乗った電車の中でのことだった。

二人掛けの優先席に、大きなリュックと自分、二人分の席をとっている男の子がいた。
彼の前に立ってみると、彼は手にしていた文庫本をゆっくり閉じ、隣にあるリュックに寄りかかって眠る体勢に入った。どうしても席は譲らない構えだ。
私は別に座りたかったわけでもないし、彼に説教するつもりだったわけでもない。
確かめたかったのだ。

春が来たことを。

彼は、ひと駅ごとに目を覚ましては文庫本を開き、周りの様子をこっそりうかがっては文庫本を閉じて眠ることを繰り返し、終点まで二人分の席を確保し続けることに成功した。
毎年この季節になると電車に現れる、冬眠から起きたクマではなく、一人分より大きなスペースを確保したがる男の子だ。
90度くらいなら、まだ許せる。
両脚を120度ほど開いて、二人掛けの椅子の真ん中に座る男の子や、人が座れる側に靴底を突きつけて足を組み、スペースを確保する男の子も同じ仲間だ。

私の住む地方都市では、通勤ラッシュはあるものの、大都市ほど混み合うことはない。だから、そこまで厳密に電車のマナーが徹底されているわけではないが、電車のスマートな乗り方を、みんななんとなく守っているものだ。
しかし、これからしばらくは、大きなスペースを必要とする子だけでなく、「そこじゃない」場所に立ってしまったり、「こっちじゃない」方を向いてしまったりする子が増えてくる。
それはちょっと迷惑な存在でもあり、ほほえましい光景でもある。
少なからず、昔の自分も、そうした一面を持っていたからだ。

不思議なのは、彼らはゴールデンウイークを過ぎるころには、まるでいなくなってしまうのだ。
1カ月ほどのうちに、知らず識らず電車の乗り方をマスターしてしまうのか、誰かに注意されて態度を正しているのかは、わからない。

不思議なことは、他にもある。

「きゃー!!」
駅で叫び声がしたので振り返ってみてみると、チャコールグレイのスーツを着た女の子が、同じ地元の友達にバッタリ会ったようで、手を取り合ってピョンピョンしている。
「久しぶり〜!」
「何! 何? 研修〜?」

新入社員の女の子たち。
彼女らは、いつも集団で生きている。
駅や、電車のホームなどで見かけると、数人で大きく広がって話をしている。
シャツの襟をジャケットの上に出す子、パンプスにストラップが付いている子、トレンチコートを着ている子、ストールを持っている子。
若干の違いはあるものの、みんな同じようなスタイルだ。
研修のために遠方からやってきているのだろうか。慣れないキャリーバッグを引いた彼女らの後ろを歩くと、予想外の動きに、何度か転びそうになってしまう。

「何食べる? 何食べる?」
四月を待たずに研修が始まっている会社もあるようで、お昼時、モスバーガーに行くと、お財布片手のスーツの女の子たちを先頭に、レジに行列ができている。
「ねぇねぇ、どれにする?」
「えー、どうしよう!? 迷う〜!」
「ちょっと待って! もっとメニュー見る〜!」
彼女らは遊びに来ているかのように盛り上がり、貴重な昼休みを削られている後ろに並ぶ人たちの冷たい視線に気がつくことはない。

しかし、そんな彼女らも、いずれ、いなくなってしまう。

それはただ、リクルートスーツを脱いだだけで、見えなくなってしまうだけだろうか。
新入社員の研修が終わって、配属がバラバラになったからだろうか。
わからない。

「あー! 数学のブーでしょ!」
「そうそう、昨日なんかさ……」
「わかる〜! ウザイよねぇ」
電車の車両中に聞こえるような大声で、学校の先生の話をしている女子高生のグループ。
見てみると、話は聞いてはいるが、輪になじめていない子がいる。
声の大きい女の子たちと比べ、控えめで、周りの乗客の目も、見えているような女の子。

中学から高校へ入学すると、まずは同じ中学の子と一緒に登校することが多い。
同じ駅から電車に乗るのに、待ち合わせをしたり、乗る電車を決めてみたり。
しかし、中学の時に仲の良かった子と、必ずしも同じ高校に行けるとは限らない。
同じ高校に行くことになったからといって、気が合うかどうかは別なのだ。
こうしたぎこちない集団も、この季節だけに見られる。
控えめな彼女はそのうち、自分に一番しっくりくる居場所を見つけるだろう。
電車が来るまでホームで一人、単語帳を開くようになるかもしれないし、気の合う友人と一緒に、電車の中で、人目を気にしながら小さな声でクスクス笑いあっているかもしれない。
わからないけれど、このグループではないことは確かだ。

「お二人は、そう遠くない未来、離ればなれになってしまうでしょう!」

思わず占い師を気取りたくなってしまうのは、同じ学校へと通っているだろう二人組だ。
二人は、専門学校がある方向へと、毎日一緒に登校している。
しかし、通りすがりの私ですら未来を予測したくなってしまうのは、二人の服装のテイストが、ものすごくかけ離れているからだ。

一人は体の線を強調した、ボディコンシャスなギャル風の女の子。早起きの苦労が見られる巻き髪に、ぴったり目のトップスにタイトスカート。7cm以上あるハイヒールに、大きめのトートバッグ。
もう一人は柔らかい雰囲気漂う、カジュアル好きな女の子。明るすぎない茶色の髪に、シンプルなトップス、ふんわりした膝下スカート。スニーカーにリュックが定番スタイル。
地元が一緒だからなのだろうか、それとも、学校の席が隣になったから、ひとまず仲良くしているのだろうか。
どうしてその組み合わせになったのだろうか。何度見ても彼女らの間には、学校以外の共通点を見出すことが難しい。
女の子だけではない。
この季節、男の子同士でも、服装のギャップが大きい二人組を見かけることはたやすい。

そんなぎこちない彼らも、夏を待たずに見かけなくなってしまう。
私が見慣れてしまうからではない。
それぞれ、好みが似ている人同士で固まるのかもしれない。
もしかすると、二人のギャップが埋まっていくのかもしれない。
わからない。彼らは一体、どこへ行ってしまうのだろうか。

毎年、不思議に思うことがある。

今日か明日かと気持ちをせかされ、待たされたあげく、パッと咲くと、サッと散ってどこかへ消えてしまう桜の花びらを見るとき、毎年見かけて、毎年どこかへ消えてしまう、彼らのことを思う。

桜の見頃は、あっという間に過ぎてしまう。
並木道を一面、ピンク色に染めたと思うと、数日後には、花びらの行方はわからなくなってしまう。
電車や駅や街中に現れる彼らに、新しい一年が始まることを気づかされるが、彼ら自身はいつの間にか、いつもの風景の中に、なじんでしまう。

では、彼らはどこから来てどこへ行くのだろう。

「えっ! 何これ! ピンクの出てきた!」
一人で驚いているのは、学生時代の私だ。
よほど暇だったのか、お金がなかったのか、そのどっちもだろう。
私は、友人にプレゼントしようと、桜の枝を削って、箸を作っていた。
すると、枝の節から、ピンク色の粉が出てきたのだ。
季節は春ではなかった。
後から知ったが、桜を用いる染色、「桜染め」は、桜の花ではなく、桜の枝からピンク色を取り出すのだという。
桜は、一年かけて、木全体で花を咲かせる用意をしているのだ。
今年散った桜の花びらは、再び桜の木の中に宿り、来年また花を咲かせる。

春は繰り返す。
ぎこちない彼らは消えても、また来年、新しい彼らはやってくる。

それでもこの春は、一度しかない春だ。
桜の咲く下、ソワソワしながら、ぎくしゃくしながら、それでも始まる新しい生活への期待で、ピンク色に高揚した気持ちを忘れることはない。

それは、春が来るたびに現れる、彼らが何度も教えてくれるからだ。
かつての私がそこにいたことを。

***

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