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引っ越し7年目、停電のお蔭でお隣さんが「伊藤さん」と分かった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事 : 鼓星(ライティング・ゼミ日曜コース)

年度末とあって、3月に入ってから残業続きだ。
2週間ほど前のこと、その日も遅い時間にヘロヘロになって帰宅し、カバンを投げ出して、スーツのまま化粧も落とさずに、ソファにだらしなく座ってニュース番組をボケ~と見ていた。明日の降水確率はゼロ。このところサボっていたけど、さすがに洗濯しなきゃまずいなぁ。今晩中にタイマーセットしておこうか……。

そんなことを考えていると、突然、ぷつりと部屋が真っ暗になった。テレビも電気もエアコンも全てが消えてしまった。冷蔵庫のモーター音も聞こえてこない。
「あーあ。停電だ。早く、復旧してくれないかなぁ」と思いながら、東京電力の停電情報をチェックしようとスマホをいじっていると、窓の外から「間もなく、電車到着致します。白線の内側にお下がりになって……」と駅のアナウンスが聞こえてくる。

私の住むマンションは駅徒歩1分。5階の部屋は駅のホームを見下ろすような場所にあるので、構内アナウンスはかなりハッキリと聞こえる。停電ならば、もうちょっと緊迫感のあるアナウンスになるはずなのに、いかにも平穏で日常的すぎる。もしや……?

慌てて、カーテンを開けて外を見ると、駅にはこうこうと電気がついていた。
それだけではない。窓から見渡せるビルの上の看板、ネオンサイン、街灯、どこも普通に電気がついているではないか。線路を挟んで向こう側にあるマンションの窓にも灯りが点っている。停電はうちのマンションだけだ!

困ったことになったな。電気が復旧しないと、給湯器が使えないので、お風呂にも入れない。
スマホのバッテリーは半分くらいしか残っていない。電子レンジを使えないから、今朝、残しておいたスープも温められない。何より、真っ暗ってやっぱり怖いよ。

15分待っても状況変化なし。

災害用に用意しておいた小型のLED懐中電灯を片手に、恐る恐る、手すりにつかまりながら非常階段を降りて、1階のエントランスホールまで降りてみると、非常灯の下に既に5人くらいの人が集まっていた。

駅徒歩1分で、通勤に便利が売りの賃貸マンション。住んでいるのは、単身者や子どものいないカップルばかり。寝に帰ってくるだけの場所なので、生活感もなく、ご近所同士のつながりは皆無。集合ポストは部屋番号のみで無記名、誰も玄関に表札は誰も出していないから、お互いの名前も知らない。エレベータに乗り合わせると、辛うじて軽く会釈する程度の関係だ。

「困りましたね。とりあえず、管理会社に電話してみましょうか」
「このマンション以外は電気ついているので、多分、東京電力は関係ないけれど、念のため、東電にも確認してみますね」
ぎこちないながら、手分けしての作業が始まった。
深夜とあって管理会社の代表番号は留守番電話になっていて、どうしても緊急の場合には、警備室に電話するようにとテープの応答があった。しかし、警備室に電話して担当者の携帯の番号を教えてほしいと頼んでも「個人情報は教えられない」の一点張り。
「では、私の携帯番号を申し上げますので、担当者の人に私に電話するように伝えて下さい」と頼んで電話を切った。

ちょっとだけ打ち解けてきたご近所さんたちと「こんな時に、個人情報とか言っている場合じゃないですよねぇ」などと話しをしていた時に、「はっ!」と思い出した。隣室の人が、半年ほど前に倒れてリハビリ中なのだ。ほとんど会話はないが、ずっと車いすだったのが、年が明けてから歩行器を使って少しずつ歩く練習をしているのを何度か見掛けている。どう考えても、階段を上り下りできる状態ではない。停電でエレベータが停まっている今、様子が気になってもエントランスまで降りてくることはできないのだ。

慌てて、非常階段を5階まで駆け上がる。
インターフォンを押したものの、手ごたえがない。
そうだ、停電だからインターフォンも繋がらないのだ。
既に午前1時を回っている。ちょっと躊躇したが、ドアを激しくドンドンドンと叩く。向こう側で微かに人の動く気配が聞こえたような気がした。
隣人の苗字すら知らないことを恥じながら、ドア越しに大声で呼び掛けた。
「スミマセン、お隣の501号室のものです。今、管理会社の担当者と連絡を取ろうとしているところです。東京電力では停電発生していないので、多分、マンション設備の問題だと思いますが、正確なことはわかりません。何か、困っていませんか?必要なものがあればコンビニで買ってきますよ?」
ドアは開かなかったが、向こう側から返事が聞こえた。「わざわざ有難うございます。今のところ大丈夫です」。どことなく、ホッとしているようだった。

結局、午前2時近くになって管理会社の担当者から電話があり、担当者が電気技師を連れてマンションに到着したのは2時半過ぎ。結局、そこでわかったのは、電気室内の機械トラブルが原因らしいことと、夜が明けてから工事業者を手配するので、朝の出勤時間帯の復旧は絶望的なこと。早くても昼過ぎの復旧になるだろうということ。5階の自分の部屋に戻り、懐中電灯の灯りを頼りに判明したことをメモにまとめ、近くのコンビニまで行ってコピーをとり、各家のポストに入れて回った。その後、やかんでお湯を沸かして洗面器に移し、なんとか化粧を落として顔を洗うだけはして眠りについた。

翌朝、家を出る時は案の定、電気は点かなかったので、ちゃんと復旧したのかどうかが気になって、その日は早めに帰宅した。駅を降りて、見上げてみると、チラホラと電気がついた窓が見える。電気がついているって、こんなに嬉しいことなのか。なんだかホッとした。

でも、一番、嬉しかったのは、部屋に帰りつくとポストに手紙が入っていたことだ。
「801号室の浅羽です。今朝、メモを入れて下さって有難うございました。住民のどなたの名前も知らずに不安でしたが、心強かったです」
そんな趣旨のお手紙が3通ほどあった。

心にポッと灯りがともったような気がした。
みんな無関心のようでいて、本当は、ご近所さんが欲しかったのかもしれない。

そして、勇気を出してお隣の502号室のインターフォンを鳴らした。
ドアの向こう側に人の気配があるのはわかる。だいぶ時間がかかったが、今度は、ガチャリと開錠する音がして、細めに玄関の扉が開いた。歩行器でなんとか玄関先まで出てきてくれたのだ。
「スミマセン。今さらお恥ずかしいのですが、お名前を教えてもらっていいですか? 普段はいいけれど、やっぱり、困った時はお互いに名前くらいは知っていた方がいいですよね」
「伊藤です。昨日はわざわざ有難うございました」
停電したお蔭で、引っ越してから7年目にしてようやくお隣さんの名前がわかった。

寝に帰ってくるだけのマンションだったけれど、ご近所さんができると、ちょっとだけ愛着がわいてきた。

***

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2017-04-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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