メディアグランプリ

母は弱し


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:遠山 涼(ライティング・ゼミ日曜コース)

僕のお母さんの話を聞いてください。
僕のお母さんはものすごくやさしかったです。
僕がワガママを言ったりイタズラをしたりしても、僕を叱ることができないくらいやさしい性格でした。
僕だけじゃなく、お父さんや姉、家族以外の人たちにも、お母さんがはいつでもやさしくしていました。
そんなお母さんのことが、僕は大好きでした。

しかし、小学生の高学年になった頃に、ある日ふと思ったのです。
本当は、お母さんはやさしいんじゃなくて、ただ気が弱いだけなんじゃないの……?
いつも色々な人たちにやさしくしている母は、誰かに嫌われたり、怒られたりすることを必至に避けようとしているだけなんだ、と思うようになりました。
そう思いはじめたときから、僕はだんだん、お母さんのことが嫌いになっていきました。
中学校を卒業して高校に入ったころには、僕はお母さんの人に甘すぎる性格を憎むようにすらなりました。
お母さんは自分が思ったことをはっきり言いません。本当は家族みんなでドライブに行きたくても、家でゴロゴロしているお父さんや姉に何も言いだすことができません。僕が夕飯に出てくるおかずに文句を言うと、お母さんは不満そうな顔をしながらわざわざ料理を作り直したりもしました。
いつも他人の言いなりになって、自分の意見を言わず、ただひたすら我慢しているような態度。そんなお母さんの態度が、僕はすごく不愉快でした。そんな我慢ばっかりの人生、何が楽しくて生きてんの? とすら思いました。なんで思ったことハッキリ言わねーんだよ。何か言いたいことあんだったらちゃんと言えバカ。それができねーんだったら不満そうな顔すんなアホ。そんな具合に、僕はいつもお母さんに対してイライラしていました。

しかし、僕がはじめて家出をした日を境に、お母さんにイライラすることは無くなりました。
高校二年生の冬のある土曜日に、僕はお母さんと姉と一緒に、お茶の間でテレビを見ていました。
その時僕は、突然、自分を取り巻くすべての環境や人々、さらにその外側を取り巻く社会や世界全体が嫌だ!と思いました。雷に打たれたような苛立ちでした。
突然なにも言わず立ち上がった僕を見て、お母さんと姉はびっくりしたはずです。
僕はコートを羽織って玄関に向かい、そのまま家を飛び出しました。

どこに行くかは決めていませんでしたが、僕は力のこもった足取りでドカドカ歩いていきました。
夜の暗さとほほに伝わる空気の冷たさが、苛立つ僕を「まあまあ落ち着きなよ」となだめようとしてくるような気がしました。それが何だか悔しくて、負けてたまるかと僕はさらに歩を早めました。
家から2キロほど歩き、JR仙台駅の近くまでやってきました。普段は地下鉄かバスで来るような距離を自分の足で歩いたことに、僕は妙な満足感を覚えました。駅周辺をぐるぐる歩いた後、気が済んだ僕は家に帰ることにしました。
来た道とは別のルートを通りましたが、行きとほとんど変わらない時間で帰って来られました。往復でだいたい1時間ちょっと。家出と言っても、たった1時間程度の家出でした。そんなの家出のうちに入らないのかもしれませんが、僕にとってはちょっとした夜の冒険でした。幼い頃からやさし過ぎるお母さんに育てられた僕は、お母さんにイライラすることはあっても、実際に反抗的な態度を表すことはありませんでした。
少しばかりの満足感に浸りながら、何事も無かったかのように僕は帰宅しました。
「ただいま-」
僕が玄関で靴を脱いでいると、お母さんが廊下へ出てきて、こちらへ歩いてきます。そしてよろめきながらその場に崩れ落ちました。
お母さんは泣いていました。
「よかった……」とか細い声が聞こえました。
そんなお母さんの姿を見て、もう二度と家出はできないな、と思いました。
そして同時に、お母さんはこれまで僕が思っていた以上に、さらに弱い人間なんだと気付きました。

それまでは、自分の思ったことを言わないお母さんの態度に苛立つばかりでした。今までずっと、お母さんは自分の意見を押し殺して、自分の思い通りにならないこともグッと我慢しているのだと思っていました。実際にそうしていたはずです。僕はそんなお母さんに苛立ちましたが、心のどこかでは、お母さんは我慢強いなと感心していました。
しかし、今ではそうではないと分かります。
お母さんが我慢強く見えているうちは、僕はまだまだ子どもだったのです。
僕はお母さんが少し好きになりました。もっとお母さんにやさしくしないとダメだ。そう思うようになりました。

そんなことを思い出している僕も、今年で28歳になります。
もうそろそろ、自分が親になってもおかしくない年齢になりました。
しかし、僕はちゃんと子育てができる自信がありません。
子どもが嫌い、ということでは全くありません。
むしろ子どもと遊ぶのは好きです。しかし、自分には子どもをしつけたり、叱ったりすることが到底できないように思うのです。

そんな僕の性格は、僕のお母さんとよく似ています。
結局僕も、同じような親になりそうだと感じました。今になってようやく、当時のお母さんの気持ちが分かった気がしました、
きっと僕もお母さんと同じように、子どもがワガママを言っても叱ることができず、子どもにいろいろ言いたいことはあってもはっきりと口に出すことが出来ず、ある日突然1時間ちょっとの家出をされたら気が動転するほど心配してしまうのだろうと予想できます。
そしてさらに僕が思うのは、僕がこんな性格になることを、お母さんは狙っていたのではないだろうか? ということです。
お母さんはきっと、自分がやさし過ぎるということを自覚していながら、それが悪いことだとは考えていなかったのではないだろうか? むしろそのやさしさを失くさないように守り続け、できれば息子である僕にもやさし過ぎる性格に育ってほしかったのではないだろうか、と僕はぼんやり思うのです。
自分で言うのもヘンですが、たしかに僕はやさしい性格だと思います。それは長所でもあり、時にはどうしようもない短所にもなります。他人と競争することが苦手なので、社会人になってから色々と苦労することも多いのです。
しかし、お母さんがそんな性格を僕に授けたということは、やさしい人間になってほしいとお母さんが願った証拠のように思えて、なんだか少し幸せな気持ちになります。
きっとお母さんは祈るように、やさし過ぎる態度で僕を育てていたに違いありません。

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2017-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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