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私の文章修行道~ジョギングから歩き遍路へ


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記事:verde(ライティング・ゼミ日曜コース)

 今からちょうど一年前、私はある挑戦を始めた。
 森鴎外の小説『雁』の書写を始めたのである。
 小説を一字ずつ紙に書き写していく試みは初めてではない。数年前、大学院に通っていた頃にも挑んで挫折したことさえある。敗因は、「作家になりたいなら漱石の小説を書き写すのが良い」という、何かで見かけた言葉を鵜呑みにして、その記念すべき第一歩として『こころ』選んだことににった。今思うに、教科書にも一部載っていたから、という理由だけではダメだった。よく考えるべきだったのだ。その「抜粋」を高校生の私はちゃんと最後まで読み切っていたのだろうか、と。
 しかし、挑んだ果てに私のした事はといえば、イソップの寓話『キツネとブドウ』の主人公と同じように、負け惜しみをひねり出すことだった。
人の文を写して、一体何の役に立つのか、と。
そうこうしている間にも、書ける人はどんどん小説を書いて応募しているだろうに。その中には賞を取ってデビューする人だっている。この「デビュー」という花の部分ばかりに意識は占められ、それに到底手が届きそうにない焦燥から私の視野はますます狭くなっていった。
一念発起したのは2年前の年の暮だった。自分の作品が書けない、とため息をつくだけでいたずらに日が過ぎていく、その悪循環にピリオドを打つことを決意した。そのためなら、どんな泥臭い事だってしよう。そう覚悟を決めた。
そして、選んだ具体的な方策が、小説の「書写」だった。ただし、今度は対象を短編小説の中から探す事にした。最初に選んだのは、中島敦の『山月記』だった。
以来、年が改まってからも、私は同じく中島敦による『名人伝』、さらには川端康成や芥川龍之介、森鴎外へと対象を広げていった。そのほとんどが多くても、ルーズリーフで5枚分に収まる、中短編だった。

文庫本や、あるいはアンドロイドのディスプレイに映る青空文庫のテキストとにらみ合い、一語一句を書き写しながら、私は体が震えた。まるでカラカラに乾いた口に、冷たく爽やかな水を含んだかのようだった。
こんなにも豊かな世界が、この文章の、文字の連なりの中にはあったのか。文庫本や教科書で字面を追っていた時には見えなかったものだった。
目からウロコが落ちる、とは子の事だろうか。いや、脳を分厚く包んでいた殻が音を立てて割れ、剥がれ落ちた。そのような表現の方がきっとふさわしいと思う。
私はこの新たな「修行」に夢中になった。

そして、それを始めてから4ヶ月が経った頃、私は無謀にも次の目標として、『雁』を選んだ。しかも、そのためにわざわざ天狼院書店オリジナルの原稿用紙「MK‐II」まで用意した。当時、筆写した作品の数は15を超えたところで、それなりに自信もついていた。何より『雁』の文庫本は、漱石の『こころ』の半分にも満たない厚さだった。
 確かに私は無謀だった。この明治生まれの文豪を舐めていた。私にとって、鴎外の文章は漱石に比べるとすんなり入ってきて、先にも進みやすかったが、それでも巨大な石に歯を立てるようなものだった。文を書き写せば写すほど、じんわりと深部まで染み込んでくるものを感じ、時にはそれに圧倒された。
 一日で原稿用紙10枚を埋めた日もあった。しかし、億劫になって再開まで数日を要する事もあった。途中、気分転換もかねて他の作品の書写にも取り組んだ事に起因する中断もあった。その「寄り道」先の中には、川端康成の『千羽鶴』もあった。
 こうして「雁」と「鶴」と、それぞれに鳥の名前を冠した長編小説を写した紙の山は、それから半年以上、2016年の終わりまで共に私の机の上に並んでいた。そして年が変わる前後に、それぞれに終着点まで辿りついた。

 私にとって、このような小説の「書写」は、当初は公園やグラウンドでのジョギングだった。しかし、鳥たちとの付き合いを経た現在では、「遍路」や「修験道」にも近いものを感じ始めている。
 3、4年前に、ふと思い立って和歌山県に向かった。那智の滝を見るためだった。「熊野」という場所については、平安時代から法皇やら貴族やら多くの人が巡礼に訪れていたという事を大まかに知っているだけだった。彼らは何故わざわざ、そんな事をしたのか。その答えを求めて、私も那智の山の中を歩いてみた。途中、白装束のお遍路さんを何人も見かけた。
 そして那智の滝と対面した時、私の中にあったのは、ただこの前に暫く立っていたいという重いだけだった。那智の滝はそれ自体が「神」でもある。「神」に会うために、人は時に何キロもの道を、乗り物などによらず自分の足で歩く。しかし、目的地に辿り着く事もそうだが、その道中も意義深いものではないだろうか。いや、もしかしたらそちらの方が場合によってはより大きな意味を持つのかもしれない。
 数十年あるいは百年以上前に書かれた文章をルーズリーフや原稿用紙の上に写す作業は、先人たちが開き、歩いた道を自分の足で一歩一歩辿っていくのにも似ている。歩きながら、前に通った人の事を考え、そして自分自身や自分に近い周囲のことにも思いを馳せる。そうなると、何となくではあるが、これまで当たり前のものとして受け入れてきた様々な事柄が気になってくる。
 私は「書写」の行を自分に課すようになってから、仕事として書いている美術関係の記事であれ、趣味で書き散らすちょっとした小話や日記めいたものであれ、使う言葉を吟味するようになった。単語を使う前にその意味を調べ、自分の表現したいイメージと合うかどうかを確認する。その作業の中で、新たに見えてくるものも時に存在する。
 この修行に終わりはない。私はこれからも、たとえ一日一行分でも書き写す事を自分に課そうと思う。そして、その中から、いつかは私自身の道を、「小説」という世界を作り上げてみせる。

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2017-04-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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