メディアグランプリ

背中のほくろ


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記事:鍋倉大輝(ライティング・ゼミ日曜コース)

「さあ皆さん、将来の夢を書いてみましょう」
多くの人が経験したことがあるであろう小学校での一コマ。
卒業文集の将来の夢のコーナーには、様々な夢が立ち並ぶ。

野球選手。
宇宙飛行士。
医者。
女優。
歌手。
アイドル。

あの頃は、何にでもなれると思っていた。
しかし現実はそう甘くはないということを、年を重ねるごとに感じていく。
いくら練習してもバッティングが上手くならない。
いくら勉強しても数学の成績が伸びない。
いくら頑張っても無理なものは無理なのだと痛感させられる。
そういった経験があるのではないだろうか。

好きこそ物の上手なれ、という言葉がある。
どんなことであろうと、好きなものであれば熱心に努力する。
その結果、自然と上達していくという意味の諺だ。
確かに明確な将来の夢があり、好きなことを好きなだけ努力していれば上達はするだろう。
ただ、この諺は上達するということを述べているだけで、どこまで上達できるかについては言及していない。
いくらそれが好きで、圧倒的な努力をしたとしても、一定以上の域に達するためには俗に言う才能が必要なのである。

もし私が、かのイチローと同じだけの練習を幼い頃からこなしていたら、プロ野球選手になれていただろうか。
それはないだろう。
巷ではイチローは努力の天才だと言われているし、それは間違いではないと思う。
間違いではないのだが、努力さえすれば彼のようになれるのかというとそういうわけではない、
彼は努力の天才というだけではなく、野球の才能を持っているのだ。
だからこそ彼の努力が実を結び、あの域にまで達することが出来たのだ。
もし仮にイチローが幼い頃から、野球ではなくラグビーをやっていたとしたら。
スポーツですらない将棋をやっていたとしたら。
野球のように世界トップクラスにまで辿り着くことはなかっただろう。
圧倒的な努力の天才であることは間違いないが、自身の才能がある野球という分野に努力を注いだからこそ、今の結果があるのだ。
どんな分野でも、努力すれば成功できる、そんな絵に描いたような天才は存在しない。

「俺にはあんな才能ないから無理だよ」
「あの人が天才なだけじゃないか」
イチローに限らず、第一線で活躍するプロを見ると、自分の才能の無さ、無力さを感じ、みな卑屈になりがちである。
確かにそうだ。
確かにそうなのだが、それはその分野に関してのみの話だ。
あくまでイチローは野球の才能があり、野球の努力をした結果、今の活躍があるだけであって、万物に対して天才と呼ばれる活躍が出来るわけではない。
棋士の羽生善治も、体操の内村航平もそう。
天才との呼び声高いアインシュタインもそうだ。
みな、自らの才能のある分野に気付き、そこへ努力を注いだ結果、今がある。

自分が今までに取り組んできたこと、得意なことを思い返してみてほしい。
人よりも出来たこと、自分ならではの才能と呼べるものが何かしらあるのではないだろうか。
スポーツかもしれないし、勉強かもしれない。
はたまた某国民的アニメの彼のように一瞬で眠ることが出来る、というような一見何の役にも立たないような特技かもしれない。
私の場合は、中学生の頃に始めたペン回しがそれにあたる。
全く役に立ちそうにないこの特技も、なんやかんやで人生の随所で私を救ってくれた、私にとっての愛すべき才能と呼べる。

人は皆、何かしらの才能を持っているものだ。
その才能がどのような分野に属しているのか、どの程度の大きさなのか、どのぐらいの数なのか。
それは人それぞれだから一概には言えないが、必ずどこかにはある。

そうまさに、ほくろのようなものだ。
人によってどこにあるかもわからないし、大きさも様々、数も様々。
手のようにわかりやすいところにある場合もあれば、顔のように鏡で自分を見つめ直さないと気付かないものもある。
足の裏のようにそもそも意識を向けることすらないような場所にあることもある。
背中のように絶対に自分では気付くことが出来ない場所にあることすらもある。
才能もほくろも、そんなものなのだ。

所詮ほくろみたいなものなのだから、どこにあるから偉いというわけでもないし、どんなものでも一つは一つ。
どこにあっても、どんな形をしていても、それは全て自分の体の一部で、愛でるべき存在である。

「こんなくだらない才能、あってもなくても一緒だよ」
そんなことはない。
どんなものであっても、あなた特有のものであり、あなたを構成する要素であり、なくてはならないものである。
どんなものであっても、いつか必ず役に立つ、あなたを救ってくれる時がくる。
だからこそ、その場所、大小で自分を卑下しないでほしい。
一つは一つ、かけがえのない一つなのだから。

「俺にはどんな些細な才能すらないよ」
それは、あなたが気付いていない、もしくはあなたから見えていないだけである。
どこにどんな形で存在するかは定かではないが、必ずどこかにある。
自分で見つけることができないのであれば、誰かに頼んで見てもらえばいい。
背中のほくろを。
見えている人には見えているのだから。

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2017-04-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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