メディアグランプリ

ランドリールームで甘いコーヒーを


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:キクモトユキコ(ライティング・ゼミ日曜コース)

「ケー トマ カフェ?」
“コーヒー飲む?”が朝の挨拶代わりだった。

洗濯物を詰め込んだカゴを持って最上階に上がる。私が住んでいたマンションは部屋に洗濯機を置く場所がなく、最上階にランドリールームがあるという構造だった。ランドリールームに行くと大抵マリアが先に洗濯機を回していて、冒頭の挨拶をしてくれる。

「スィン、オブリガーダ」
ありがとう、と私が返すと、マリアはランドリールームの中にある小部屋へ入り、こっそり持ち込んでいるコーヒーメーカーでコーヒーを淹れてくれる。その間に私は空いている洗濯機を回す。ランドリールームには洗濯機3台、乾燥機1台。時間が遅いと他の家政婦さんたちに洗濯機を占領されてしまうのと、マリアとコーヒーが飲みたいがために洗濯の日は朝一で最上階に行くのだった。

私がマリアと最初に会ったのはマンションの最上階にあるプール。ここだけは屋根がなく、屋上のような造りで街が一望できる。当時の私は簡単な挨拶の言葉くらいしか分からず、辛うじて覚えていた「あなたの名前は?」で目の前の女性の名前が「マリア」だということを知った。マリアは50歳くらいのおばちゃんで、タンクトップから伸びた腕は日に焼けて逞しい。「私の名前はユキです」とかなりの棒読みで伝えると、にっこり笑って「よろしく」というようなことを言って色々と話しかけてくれた気がするけれど、当時の私にはほとんど理解することができず曖昧に笑って誤魔化したことを覚えている。

それから私は週2回、日系人の先生のもとでポルトガル語を習い、少しずつマリアと会話ができるようになっていった。ランドリールームで、マンションの廊下で、あるいは駐車場で。マリアの方も、最初はまくし立てるように喋っていたのが、私が理解できていなさそうだと感じるとゆっくり喋ってくれるようになっていた。ブラジル人の友人がほとんどいなかった私にとって、マリアは日常的にポルトガル語の会話ができる貴重な友人だった。

ブラジルでは中流以上の家庭では家政婦を雇うのが一般的で、私が住んでいたマンションのほとんどの世帯が家政婦を雇っていた。対してマリアはマンションの掃除婦で、雇用主の家の掃除や洗濯だけをする家政婦とは違って、マンションの公共スペースを掃除するのが主な仕事。なのでランドリールームにはマリア専用の小部屋があった。加えてどこかの世帯と家政婦の契約もしているようで、彼女は朝に洗濯機を回すのだった。

そのうち朝にランドリールームでマリアに会うと、コーヒーをご馳走してくれるようになった。砂糖は要るかと訊かれてブラックが好きだと言ったらコーヒーメーカーからそのまま注いで出してくれたけれど、そのコーヒーは既に甘かった。マリアは更に砂糖を足していて笑ってしまった。ブラジルではブラックコーヒーを飲む習慣があまりないようだ。

ランドリールームで実践的ポルトガル語会話のレッスン。窓から差し込む光と、洗剤の優しい香り。スーパーのチラシを見せながら「この漂白剤が良いわよ」だとか、私が日本から持ってきたオシャレ着用の洗剤を興味深げに眺めては匂いを嗅いでうっとりしていたり。ランドリールームの貼紙に「羽毛布団・毛布・カーペット洗濯禁止」と書いてあったのをやっと私が読めるようになって「エンテンジー(理解した)」と言ったら、「ポージ(大丈夫よ)」と指差した目の前の洗濯機では豪快に毛布が洗われていて二人で大爆笑したり。

ブラジルの洗濯機は洗濯槽の真ん中に羽がついていて、その羽が回ることによって汚れが落ちるようになっている。もちろんそのせいで服が傷むのも早い。日本の洗濯機にはこの羽はないんだよとマリアに言うと、「じゃあ一体どうやって汚れを落とすの?」と目を丸くしていた。正直に言うと、私もよく分かっていない。
ブラジルの洗濯機については私も事前学習済みで、日本からは洗濯ネットを大量に持ち込んでいた。「これを使うと服が傷みにくいよ」と言うと「日本は新しいものがいっぱいあるのね」と羨ましそうにしていたので、一時帰国したらマリアに洗濯ネットをお土産でプレゼントしようと決めた。

2週間の一時帰国を終えてブラジルに戻ると、マンションにマリアはいなかった。
このマンションの掃除婦がどういう雇用形態なのか分からないけれど、マリアの代わりに若い女性が掃除婦として働いていた。ランドリールームに通ううちに仲良くなったホーザという家政婦さんが「マリアはもうここに来ないのよ」と教えてくれた。新品の洗濯ネットを手に途方に暮れていた私にホーザは「彼女はマリアの娘なの」と一人の女性を紹介してくれた。ランドリールームで何度か会ったことのある家政婦さんだった。彼女は「あなたに挨拶できなくて残念がってた」と言い、私は洗濯ネットを彼女に託した。ブラジルで初めて経験した別れだった。

「ケー トマ カフェ?」
マリアがマンションの掃除婦でなくなってから1年ほど経ったある日、朝一で私がランドリールームへ行くとマリアがいて、以前のように甘いコーヒーをご馳走してくれた。またこのマンション担当になったと教えてくれた。マリアと会えなかった間に私のポルトガル語もかなり上達していたのでマリアは驚き、「この子はここに来た時なーんにも喋れなかったのよー」とホーザたちに得意げに話していた。私がプレゼントした洗濯ネットも自慢していた。それからまたマリアとランドリールームで甘いコーヒーを飲む日々が続いた。

私の帰国が決まり、マリアにそれを伝えると、「寂しくなるけど、あなたが日本の家族に会えるならとても良いことね」と言ってくれた。マリアと挨拶のないまま別れてしまった時にすごく悔やんだのに、いざ自分が別れの挨拶をしようとすると私のポルトガル語の語彙力ではとても足りないことに気付かされた。ブラジルを発つ朝、私は車の中から駐車場の掃除をするマリアに別れの挨拶をした。それは別れの挨拶ではなく、いつもしていた「じゃあ、またね」くらいの挨拶。マリアも「チャオチャオ(バイバイ)」といつものように返してくれた。

私は日本に戻り、新しく家を借り、ごくごく普通のOLをしている。もうポルトガル語を使うこともないし、今ではブラジルで過ごした3年間があまりにも今の暮らしとかけ離れているので、夢の中の出来事のように感じてしまう。

最近柔軟剤を変えた。
購入前にテスターで嗅いだ時は全く気付かなかったけど、部屋干しをしてみたら急に懐かしさに襲われた。マリアと過ごしたランドリールームに満ちていた洗剤の香りとあまりにも似ていたから。ブラジルで出会った人たちの多くとは今でもSNSで繋がっているけれど、彼女とは繋がっていない。マリアは今でもあのマンションで掃除婦をしているのだろうか。私があげた洗濯ネットを今でも使ってくれているだろうか。あのランドリールームでのマリアとの会話を思い出して、甘いコーヒーを久しぶりに飲んでみようと思った。

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2017-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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