メディアグランプリ

ウチの秘書さん。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:野々山公久(ライティング・ゼミ日曜コース)

ウチの秘書さんは、毎日様々な情報を集めてくれる。自分だけでは見過ごしてしまうような些細なことにまで気づいてくれるので、とても助かる。

「○○さんがこんな素晴らしいことを仰っていました」
「とても興味深いセミナーをやっていますよ」
「今日はこんな面白いニュースがあります」

テキパキと仕事をこなす彼女。特に人と人とをつなぐコミュニケーションは彼女の得意とするところで、人付き合いが苦手な僕を新しい世界に引っ張り出してくれる。例えば、今受けているセミナーや講習会との出会いも彼女のおかげだ。彼女は、面倒くさがりの僕が腰をあげるのに十分な理由を見つけてくる。

また、友人や所属しているグループが何をしているのかなども細かく教えてくれるので、たまに会った時でも会話に困らないで済む。それどころか、友人に会いたくなるように仕向けてきさえする。彼女は人に興味を持たせるのが上手い。ささやかながらもこんな僕が人と繋がっていられるのは、彼女の存在が大きい。もし彼女がいなかったら、いまごろ僕は人里離れた山奥で霞を食っていたかもしれない。

そんな優秀な秘書さんだけど、価値観の違いからか、たまに鬱陶しく感じてしまうことがある。彼女がアメリカ生まれと言うことも関係するかもしれないが、表現がストレートでやり方が若干強引なのだ。特にうんざりだと感じたのは、誕生日について。

「今日は××さんのお誕生日です。メッセージを送りましょう!」

満面の笑みで言う彼女。ため息をつく僕。

「その人のことそんなに知らないし、別に祝う仲でもない気がするんだよなぁ。それに××さんにメッセしたら、△△さんにも送らなきゃおかしいし……」

秘書さんは僕の交友関係を幅広く把握している。が、深い関係性までは知らない。なのでこんなやりとりがほぼ毎日続く。さらに彼女は、僕が「わかった」と言うまで、スマホ、ノートPC、デスクトップPC、タブレットと、思いつく端末全部へしつこくメッセージしろと言ってくる。フラれた女性の誕生日にメッセージを送れと言って来た時は苦笑いするしかなかった。まぁ、なにも教えていない僕が悪いのだけど。

「今日は××さんのお誕生日です。メッセージを送りましょう!」

屈託のない彼女にちょっとイラっとしながらも、僕は当たり障りのないおめでとうのメッセージを送った。送ったもののなんだかモヤモヤする。多分メッセージを送らなくてもモヤモヤは残る。××さんの誕生日が今日なのだと知ってしまった時点でモヤモヤ決定である。

すでに僕には「おめでとう」の気持ちは一ミリもなくなっていた。××さんには「おめでとう」どころか「面倒かけやがって」とさえ感じている。××さんは誕生日を迎えただけで何の非もないというのに、まったく迷惑な話しだ。だけどどんどん湧いてくるムカつきが止められない。うーん、人として如何なものか。ちょっと反省。このままでは本当にイヤな奴になってしまうので、冷静になったところで秘書さんにお願いすることにした。

「僕には誰の誕生日も教えないでください」

一人一人線引きするのもあれなので、誕生日のメッセージは平等に送らないと決めた。秘書さんは「本当によろしいですか?」と言っただけで、なんの反論もしなかった。それ以来、面倒の一つから解放された僕は平穏な日々を過ごしていた。秘書さんがこんなことをするまでは。

「今日はあなたの誕生日ですね。おめでとうございます。お友達のみんなにもお知らせしておきました♪」

「ええっ!」

僕からは誕生日のメッセージを送らないのに、一方的にお知らせするなんて図々しくない?! なんてこった。がっくりと項垂れる僕を、秘書さんはキョトンとした顔で見ている。悪気がないのはわかっている。語尾に「♪」がついているような顔をしているし。でもさぁ……。

色々言いたいことはあるけど全て後の祭り。僕の誕生日情報は瞬く間に拡散され、定型文のようなおめでとうメッセージがぞくぞく届く。今は殆ど付き合いのない人から「お誕生日おめでとうございます! 素敵な一年を過ごしてくださいね(ハート)」なんて貰っても「ありがとうございます(ハート)」くらいしか返す言葉がない。ハートなんかつけたくないけど、向こうが付けてくるからしかたがない。もちろん心から祝ってくれる人もいると思うのだけど、如何せん僕は相手の誕生日には何もしていないので、全てに対して心苦しい。どんよりした気分で機械的な返信作業をしているうちに、なんだかずんと虚しくなってくる。

「なんで誕生日にこんな思いしなくちゃいけないんだ!」

当たり散らすように秘書さんを睨む。しれっと笑顔でいるところが、僕のイライラに油をそそぐ。粛々と仕事をしてくれる優秀な秘書さんだと思っていたけど、どうやら勘違いだったようだ。

頼んでもいないことを「善意」だと思ってやる。自分のすることは全て優良なサービスで、誰もが喜ぶと思っているところもタチが悪い。良かれと思ってやっているので、行動が改まるどころかどんどん増長していく。そう、それは、秘書ではなく、おせっかいな親戚のおばさんのようだ! そして、そのおばさんは毎年僕の誕生日がくるとドヤ顔でこう言うのだ。

「今日はあなたの誕生日ね! あなたが寂しくないように、みんなにもお知らせしておいたわよ。お礼なんて言わなくていいの。おばさんに任せといて♪」

もうイヤだ! 僕はおせっかいおばさんの手帳を取り上げると、僕の誕生日がメモしてあるところを綺麗さっぱり消去した。

「僕の誕生日は忘れて!」

おばさんは「本当によろしいですか?」と馬鹿丁寧に言った後、僕の誕生日をあっさりと忘れてくれた。そして、なにごともなかったかのように普段の秘書業務へ戻った。それが去年の話。

そして今年。僕の誕生日は本当に静かだった。秘書さんがなにもしなければ、僕の誕生日は誰の気にもとまらない。自分が求めていた結果なのだけど、そう思うとちょっと寂しくなった。自力で僕の誕生日を覚えていた人は一人もいなかったのだから。僕も人のことは言えないけどね。ふん、静かで清々するぜ、ちくしょう。

「○○さんがこんな素晴らしいことを仰っていました」
「とても興味深いセミナーをやっていますよ」
「今日はこんな面白いニュースがあります」

そんなセンチメンタルにひたる僕には全く無関心だと言わんばかりに、目の前のPCでは、殆どのオプション機能を停止したウチのFacebookがテキパキと仕事をこなしていた。

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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