メディアグランプリ

やさしさノスタルジー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:かほり(ライティング・ゼミ日曜コース)

優しい人になりたい。
といっても「優しさ」にはいろんな種類があると思う。
私が欲しいのは、真夜中の月みたいな優しさ。
凛としていて、夜道をそっと照らす。そんな存在になりたい。

小学2年生の頃、同じクラスに仲の良い女の子がいた。その子とは小学校の入学式に、席が隣で仲良くなった。毎日教室でお喋りし、放課後もお互いの家でよく遊んだ。
性格は、さばさばしていて、言いたいこともはっきり言う子だった。例えば、ドッチボールでも、逃げずにボールをつかんで攻めに行く感じ。この子の周りには、男女関係なくみんな集まってきた。
私はというと、人見知りの引っ込み思案だった。だから、誰とでも仲良くできるこの子のことをひそかに尊敬していた。おかしいと思うことをおかしいと口にできる姿が、強いと思った。なぜこんな私といつも一緒にいてくれるのかわからなかったが、私はこの子と一緒にいられるのがうれしかった。みんなの人気者を独り占めにしている気分だった。

冬にマラソン大会があった。
二学期の終わりから毎朝グラウンドで練習が始まり、年が明けて三学期になってしばらくすると本番を迎える。校区内の自転車道を2キロほど走り、順位がつけられる。1年の中で運動会の次くらいに盛り上がる行事だった。
私は、やはりその子と毎日隣り合わせで走っていた。そして、マラソン大会本番でも一緒に走ろう、と約束をした。

本番当日、私はかなり緊張していてトイレに何度も通った。冬ってこんなに寒かったっけ、って思うくらい、身体ががくがく震えた。
帽子も何度もかぶり直し、運動靴のマジックテープも何度も貼りなおした。
スタート位置につくとき、その子が隣で、
「一緒にゴールするねんで」
と言ってくれた。

「位置について、よーい、ドン!」

先生がピストルを鳴らすと同時に、生徒らが一斉にわっと走り出した。
私は緊張の境地だったんだと思う。
足がもつれたかなんだかで、私はスタートと同時にこけてしまった。
みんな私の隣をびゅんと追い抜かしていった。

やってしまった……。先生も親もみんな見ているだろうな……。

「いたたた……」
私は起き上がろうと上を見上げた。
すると差し出された手が見えた。

その子だった。

「かほり、大丈夫?」
この言葉はしっかり覚えている。

今から考えると、マラソンという競技で、女子二人がつるんで走る、というのは馬鹿げている。一人が転んで、もう一人がそれを待つというのもおかしい。

でも、私はそのとき心の底からうれしかった。うれしいという感情で心がいっぱいだった。
その子の目は、その時まっすぐ私に向けられていた。

あれから16年がたった。そして、たまにこの出来事を思い出す。
私だったらあのとき待っていられただろうか。
手を差し出して、「大丈夫?」と言えただろうか。
いやいや、もし「大丈夫?」と言えたとしても、その子のことをまっすぐに見ていられるだろうか……。みんなが先に行ってしまったマラソンコースの先を、見てはいないだろうか……。

優しい人になりたい。
月みたいに、真っ暗闇の中、堂々と輝いている人。

実は、私も周りの人から「優しい」と言ってもらうことが、たまに、ある。

でもそれは、本当の「優しさ」ではない。夜じゃなくて、真昼の月みたいに、明るい空の中、あるのかないのかはっきりしない。いつの間にか現れていつの間にか消えてしまうものである。

私は、心がもろいのだ。
傷つくのが怖く、嫌われるのが怖い。
だから、周りに「優しく」してしまう。

友達に、食べ終わったコンビニのおにぎりのフィルムを渡される。
自分のゴミ袋の中に入れて一緒に捨ててあげる。
ほんとは自分で捨てればいいのに、と思ってる。でも、嫌わるのが怖いから、「いいよ」と言ってゴミを預かる。

大学のサークルの後輩が会議中にお喋りを始めた。
私は、その光景を目の前にして、何も言えなかった。注意する勇気がなかった。

友達が、別の友達の悪口を言ってきた。私は笑って、「たしかにそういうとこあるね」とごまかしてしまう。すると今度は、別の友達がその友達の悪口を言ってきた。私はまた笑って、「たしかにそうやなあ」とごまかしてしまう。

私は、嫌われたらどうしようとか、反論されて自分が傷ついたらどうしようとか思って、言うべきことが言えない。「いい人」ぶってしまう。好かれたい、と思う。
この我慢を「優しさ」と言ってくれる人もいる。
でも、こんなの本当の優しさではない。
本当に優しかったら、ゴミを預けてくる友達に「自分で捨てろよ」と言ってあげられる。
会議中の後輩に「静かに!」と言ってあげられる。
悪口を言ってくる友達に、「いや、あの子はそんなことないで」と堂々と言える。

本当の優しさは、マラソン大会で手を差し伸べてくれたあの子みたいに、まっすぐに他人を見ることだと思う。
真夜中の月みたいに、暗闇を鋭く照らすことだと思う。
夜道を歩く人を、ちゃんと導くことだと思う。

私は、そんな強い優しさが欲しい。

「かほりって、優しいけど、なんか怖い」
先日、友人にこう言われた。
私はハッとした。
そうだ、そうなのだ。私は、「怖い」のだ。

「いい人」の仮面をかぶって、本当のことを言わない。
自分が他人を傷つける勇気も、他人から傷つけられる勇気も持たない。
だから、他人から見たら、私は不可解なのだ。
真昼の月のように、ふわふわしてて、急にいなくなったり、急に現れたり。
ただそこにあるだけで、何も照らさない。

でも、他人とまっすぐ向き合うことは、難しい。自分の感情を他人にぶつけるのには、かなりのエネルギーがいる。自分の投げた感情を、相手が受け取ってくれないときもある。
だから、他人をまっすぐ見るって、すごく痛いことだと思う。ちょっとかすめて見る方が、楽である。
私も大人になって、社会人になった。毎日いろんな人に出会わなきゃいけない。にもかかわらず、会う人会う人のことをまっすぐに見ていたら、ものすごく疲れる。

でも、それでも、私は人を真正面から見つめていたいと思うのだ。
満月のように、堂々と照らすことはできなくても、三日月みたいに少しだけでもいいから、暗闇を照らしていたい。
心の隅っこで、まっすぐ見ていたい。
16年前のあの子に、今度は私が手を貸したい。

***

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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