メディアグランプリ

あの子の瞳


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:寺尾友理 (ライティング・ゼミ 日曜コース)

ある春の日の午後、バイオリンの先生が自宅で開催するミニコンサートに招かれた。私は演奏を聴きに、自宅に訪ねて行った。解放された一軒家の自宅には、もう多くの人が集まっていて、ピアノが置かれたリビングの部屋は人々の活気で溢れていた。真ん中に大きく置かれたテーブルに、飲み物と片手で食べられるお菓子が並んでいる。テーブルを囲むようにして並べられた椅子には、幅広い年齢層の人がいて、おじいちゃんから小さな子どもまでぎゅうぎゅうと腰かけていた。私はどこに座ろうかと視線をさ迷わせた。ちょうど一番前の角の席が1つ空いているのを見つけて浅く腰かけた。鞄を足元に置いて顔を上げると、テーブルを挟んだ向こう側に男性と一緒に座っている女性とふと目が合った。瞳の黒さが際立った印象的な顔立ちだった。
「皆さん、今日はお集りいただいて本当にありがとうございます。内輪の小さな演奏会ですが、どうぞ楽しんでいって下さいね。みんなで一緒に、この部屋に春を呼び込みましょう!」
先生の挨拶と共にバイオリンとピアノの演奏が始まった。私は身体を前に向けた。
春にちなんだ曲が流れて、その場は優しい空気に包まれていった。子ども達が歌を口ずさんでいた。
「みなさん、ではこれが最後の曲です。この曲は昨日ご結婚されたばかりの私の友人に贈ります」
そうして紹介されたのは、黒い瞳が印象的なあの女性だった。一緒に座った男性と照れ臭そうに笑いながら、頭を下げていた。演奏が終わると、皆は思い思いにお菓子をつまんだり、おしゃべりをして時間を過ごした。
「ご結婚おめでとうございます。お二人は同級生ですか?」
私は先ほど紹介された二人に声を掛けた。二人は顔を見合わせると、女性が微かに躊躇ってから、「私は22歳。彼は年上で35歳なんです」と笑顔で答えてくれた。
「そうなんですね。私も同じくらい年の離れた人と付き合っているんです」
気がついたら、そう答えていた。彼女の言葉にならない躊躇いを私も知っていると思ったからだった。それは年の離れた人と付き合っているということだけではない、何かだった。
「そうなんですか!」
彼女はもう少し聞きたそうにしていたが、話題を変えた。
「音楽はされるんですか?」
「私はバイオリンを習っているんです」
「素敵ですね! 私は小さい頃に母がピアノを教えてくれて。すごく好きだったんです」
「わぁ、そうなんですね! 今でも弾かれるんですか?」
「時々弾いています。楽しくって」
すぐ側に演奏会で使われたピアノが置いてあった。彼女は私と彼に背中を押されるようにしてピアノの前に座った。するすると指が鍵盤の上を走りはじめる。そこから紡ぎだされる音は柔らかで、とても優しかった。ゆったりとしたメロディ。この曲をどこで聴いただろう。彼女が指を鍵盤に走らせるごとに、音がどんどんとのびやかになっていった。ふっと音が途切れて、椅子から振り返ってこちらを見た彼女は照れ臭そうに笑って言った。
「渚のアデリーヌっていう曲なんですけど、ここまでしか弾けなくて」
私はそれを聞いて彼女にぴったりの曲だと思った。
「これからもずっと音楽を続けられるといいですね」
私は拍手をしながら声を掛けた。彼女はこちらをまっすぐ見て言った。
「はい。続けたいです。でも私、明日から彼と一緒に東京で暮らすんです」
瞳の奥が微かに揺れた。彼女の母親らしき人がやってきて二人に声を掛けた。
「そろそろ帰るよ! 二人明日早いんだっけ?」
「あ! そうなんです。仕事で戻らないと行けなくて」
彼が立ち上がって答えた。「準備します」「はーい! お願いね」
それを聞いて彼女はすとんとピアノの椅子から降りると、部屋の隅に置いてあった鞄と上着を取りに行った。彼女が彼にかばんを手渡した。すると彼は彼女に上着羽織らせようとして、彼女は片方ずつ腕を通しながらくるりと回ると、すっぽりと上着の中に納まった。そうして彼を見上げる彼女の瞳は暖かだった。それを見つめ返す彼の瞳からも優しさが伝わってきた。私はそんな二人をどこか懐かしい気持ちで見つめていた。身支度を整えた二人が私の方に向き直った。
「東京、頑張って。応援しています」
そっと彼に寄り添い立つ彼女を見つめて、私は言った。
「はい、頑張ります」
二人は玄関の方に歩き出した。私はその後に続きながら、靴を履く様子を見守っていた。
「また会えたらいいですね」
彼女はじっとこちらを見つめて答えた。
「なかなか戻ってこれなくて」
「そっか。……そうなんだ」
瞳と瞳が重なったまま、一瞬の時が流れた。家の前の道路で車が停まった。彼女はそれをちらりと横目で見ると、
「もう行かなきゃ」と小さく呟いた。そうして、もう一度私を見た。瞳の奥が揺れていた。うん。私は大きく頷いた。彼女はゆっくりと瞬きをした。うん。私はかすかに笑ってもう一度大きく頷いた。彼女は小さく頷き返した。そしてくるりと背中を向けると、彼の後を追って車の後部座席に乗り込んでいった。私は靴に足を滑らせて、そのまま大きく2歩、3歩と足を前に踏み出していた。車がライトをつけてゆっくりと動きだした。辺りはもう真っ暗で、後部座席に座った二人の姿は見えなかった。車のライトが道の角を曲がって消えていった。私はしばらく暗闇の中に目を凝らしていた。
彼女の名前も連絡先も知らない。きっと聞こうと思ったら簡単に連絡先は交換できただろう。SNSを使って簡単に繋がることもできたかもしれない。でも、私達はそうしなかった。
私は今でも彼女の瞳が忘れられない。

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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