メディアグランプリ

お願いです、これ以上振り回さないでください


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:能勢 ゆき(ライティングゼミ 日曜コース)

恋に落ちてしまったのかもしれません。どうしたってあの人のことを考えてしまうのです。そのせいで一日平穏に過ごせません。一緒に過ごしたのは、たったの数時間だけであったというのに。その僅かな時間だけで、あの人は私の心を鷲掴みにしたのです。

忘れられない。また会いたい。

日に日に想いは、募っていくばかりです。こんなことになるのなら、いっそのこと知りたくなかった。もし時間を戻せるのであれば、あの時何気なくテレビをつけようとしていた過去の私のもとへ飛んで行って「今テレビをつけたら、後に大変な目に合うぞ」と警告するでしょう。そう、私が今こんなにも思い悩んでいるのは、あの日ある番組を見てしまったからです。しかも普段は、ほとんど見ない放送局のもの。本当に偶然でした。でもこのときにはもう、運命の歯車は動き出していたのでしょう。

忘れもしない、あれは年が明けてからもうすぐ一カ月が経つという頃。やることも終わり、あとは寝るだけだったのですが、なぜかその日は目が冴えていたので普段はあまり見ることのないテレビをつけたのです。すると画面にある女性が映りました。年は私と同じくらい。小顔で華奢な体つき。可愛いとも美人ともいえる容姿。何より惹かれたのは、強い意志の籠った大きな瞳。じっと見入ってしまいました。見入ってしまった最初の理由は、おそらく彼女が私の好きな系統の女性だったからでしょう。だけど最後までチャンネルを変えなかった、いや変えることができなかったのは、彼女が働くその場所にどうしようもなく魅了されてしまったからです。

その番組を見終える頃には、もう福岡行のチケットを抑えていました。極度の面倒くさがり屋でできることなら楽をして生きていきたいと思っている私が、です。自分でも驚きました。これが俗に言う「恋の力」というものでしょうか。この人に会ってみたい、話してみたい、ここに行ってみたい。そんな感情が私を突き動かしたのです。

福岡に降り立った私は、柄にもなく緊張していました。やっとあの人に会うことができるのです。そしてあの不思議な空間へと足を踏み入れることができるのです。目的地へと向かう足は自然と速くなり、それに伴って心臓の音も大きくなります。あの人に会ったら最初になんて言おうか。「ずっと会いたかったんです!」かな。それとも「憧れです!」の方が良いだろうか。いや、いっそのこと「好きです!」と告白してしまった方が印象に残って、覚えてもらえるかもしれない……。そんなことを考えていたら、いよいよその建物が目の前に見えてきました。建物に近づくにつれ、速足だった足は速度を落とし、代わりに心臓の動きが速くなりました。建物の前で一度深呼吸をし、はやる気持ちを押さえつけてゆっくりと階段を上ります。扉の前でもう一度深呼吸。そっとドアノブをひねる。ふわっと香る優しい木の匂い。柔らかな照明。極めつきは一番奥の一角にその存在を主張する炬燵。初めて来たはずであるのにどことなく懐かしさを覚える空間。ついにここまでやって来たのです。テレビで見た空間が今目の前に広がっているのです。その感動は、計り知れません。時間が止まってしまったかのように感じたほどです。

「いらっしゃいませ」

声がかかって一瞬ドキッとしました。見るとどうしても会いたくて仕方がなかった女性が迫ってきているではありませんか! 会った時に言う一言目をあれだけ一生懸命考えていたのに、結局口から出た言葉は「こんにちは」でした。ばかばか、自分。夢にまで見るほど会いたかった人がすぐそばにいるというのにどうしてありきたりな挨拶しかできないんだ! 

「今ちょうど読書会をしてるんです! 参加しませんか?」

彼女に誘われるがままに参加を承諾し、気がつけば私もあの炬燵の中に足を突っ込んでいました。
「今働く若者に読んでほしい本」。これがテーマだったと思います。初めて訪れた場所で初めて出会わせた人たちと一つのテーマに沿って話し合う。年齢も職業も違っています。共通しているのは、本が好きなことと熱い情熱を持っていること。どの人の話も最高に面白かった。自分が知らなかった世界がどんどんと拡がっていく。その中で彼女とも打ち解けることが出来たように思います。彼女はフランクでとても親しみやすい人でした。そして好奇心旺盛で聞き上手。おまけに人の目をしっかりと見て話せる人でした。彼女のこともこのお店に足を運んで来る人もこのお店もますます好きになりました。この時間が永遠に続けば良いのに……。一時間はあっという間に過ぎていきました。
あのアットホームな空間で生き生きと働く彼女とその周りに集まってくる素敵なお客様。私もこの素敵な場所に身を置きたい。この素敵な場所に行きたいという気持ちは、いつしかここで働きたいに変わっていました。

それから私は、京都にもある同じお店に行きました。同じ系列のお店であるはずなのにそこは福岡とは全く異なる空間。だけど働く人が生き生きとしているのは、同じです。一日、二日で行われる「部活」には、何度か参加しました。この店とここで働く人たちの虜になってしまいました。

そして今、私はこうしてその大好きな店が企画するライティングゼミにまで参加しています。ここまで来ればもう後戻りはできません。「人生をも変えてしまうかもしれない恐ろしい場所」であると誰かが言っていましたが、もうそう認めざるおえません。

この店を知るきっかけになった彼女、そう川代紗生さん。
あなたは最近〈川代ノート〉にこう綴っていました。
「本当に、悪いことは言わないから、天狼院書店には、近づかない方がいい」と。
ごめんなさい。もう遅いです。片足をつけてしまったら、引き返せなくなってしまいました。
きっと私のようなことに陥っている人は全国にたくさんいるでしょう。

人は、禁止されるとそれを破りたくなってしまう生き物です。それは恋も同じ。「あの人は危険だからやめておけ」と言われれば、余計にスリルある恋に燃えたりするでしょう?

あぁ、だから川代さんは、あんな言い方をしたのですね。そんな言い方をされれば嫌でも天狼院に行きたくなるではありませんか。川代さん、その作戦大成功です。

私は天狼院という小悪魔に振り回されっぱなしです。
お願いですから、もうこれ以上振り回さないでください。

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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