メディアグランプリ

振り返らなくても奴はいる


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記事:宮代勇樹(ライティングゼミ日曜コース)

ひしゃくで水を掬って、左手、右手、口をすすぐ。残った水でひしゃくの柄の部分も洗い流して。
参道の真ん中を歩いてはいけない。
お賽銭を投げ入れたら、鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。

僕は神社が好きだ。
綺麗な神社を見かけると思わずお参りしてしまう。
そうするとなんだか心強く、背筋も心なしかぴしっとのびた心地になって、鼻から入ってくる空気が少しだけ美味しくなる。
僕が神社を好きなのは、この一連のお参りの動作と時間が好きだからだ。

「神社が気持ち良いのは、みんながここを大事にしているからなんだよ」
中学生くらいのころ、父は僕にそう言った。祖母の家の近所を散歩しているときに寄った神社でのことだったと思う。

そのころの僕は信仰だとか、そういったものをなんとなく胡散臭く感じていた。

祈ったら助けてくれる。祈ったら良いことがある。
それでもって、悪いことがあったらそれは神様をないがしろにしたせいだ。
だれに言われたわけではないけれど、そんな風な圧を勝手に感じる被害者ぶったガキだったから。
「神様ってのがお偉いさんなら無償で助けてくれたって良いじゃないか」と思っていたのだ。

だから、父にその言葉を言われた僕はひどく驚いた記憶がある。
「神社は神様と一対一で向き合うための場所じゃないのか」
「神社に神様がいるから、それを感じてみんなが勝手に気持ちよくなっているんじゃないのか」と。

言われてはじめてまじまじと神社を見渡してみると、なるほど意外にも、とても気持ちのいい場所だと思った。
手水舎も参道も、脇の砂利も、ぴかぴかにしてあるのか、なっているのかわからないけれど、とにかく綺麗だ。
敷地の中は誰かがいるのかいないのかわからないくらい静かで、すれちがう人はみんなしずしずと歩いている。興味半分でふみしめた砂利から、脚を伝ってしずかな子気味よい音が聞こえた。

そこではみんながルールを守っていた。誰に言われているわけでもなければ、でかでかとどこかに書かれているわけでもないルールをだ。
その日僕がいた神社では、ここに関わる人みんなが協力して「しなくてはいけないこと」ではなく、「したほうがいいこと」を守って「神社」をつくっていた。

別段賢いわけでもない、よく言っても普通の男子中学生だった僕に、これは衝撃的な出来事だった。
小さい頃には「おやくそく」があった。中学生になって「校則」が僕たちを縛った。それは大人になってから、もっと大きな「法律」になってみんなを縛ると思っていたからだ。

「これからもルールの中で、息苦しく生きるんだろうなあ」と思っていた僕は、伸びやかな顔をする人々に戸惑った。
でも、そんな伸びやかな顔を見るのもあの不思議な空間も、それでもって自分が伸びやかな顔と気持ちになるのも、すごく気分が良かった。

神社からの帰り道、父は気分よさげな顔で、「はあー、スッキリした。行けてよかったよ」と言った。
聞くに、神社は気持ちの整理をつけにいくところなのだと。
気分のいい場所に、気分のいいことをしにいく。そのための受け皿として神社はあって、神様は助けてくれるんじゃなくただ見ているんだと。
そこでリフレッシュして、また明日から頑張るぞ、という元気をもらう場所が神社なのだ。

その日、僕の中に勝手にいた神様は死んだ。
かわりにもっと弱っちくて、もっと優しくて、もっと大きい神様のようなものが僕の中に住み込んだ。
そんなことがあってから僕はとても神社が好きになったのだけれど、そいつは驚くくらい大きくて、地球をすっぽり包むくらいの図体をこの星に横たえていることに気がついた。と思う。というのも、僕はまだ海外に行ったことがないので海外にそいつがいるのかわからないからだ。
少なくとも、僕の身の回りでは、住んでいる街でも、出かけた先でも、旅行先にもそいつはいた。

買い物をしたときに、ありがとう、と言ったら店員さんがすごくいい笑顔で僕に商品を渡してくれたような気がしたとき。
隣の自転車を倒してしまったときに誰かが声をかけてくれて、自転車を起こすのを助けてくれるとき。逆に助けたときも。
居酒屋で誰かのバースデーサプライズが始まった時に思わず一緒に拍手してしまうとき。
嫌なやつだと思っていたやつが、思ったよりもいい人だったとき。
それから、ずぼらな僕に限った話かもしれないが、水道光熱費の明細が送られてきたその日にきちんと払ってしまったときの清々しさだってそうだ。

わざわざお賽銭を払いに行くことがなくたっていい。
神様みたいなそいつはみんなのそばにいて、「ああ、よかったな」と思ったときに僕たちの気持ちを少しだけ心強く、背筋を心なしかぴしっとのばして、鼻から入ってくる空気を少しだけ美味しくしてくれる。

気づけば、窮屈なルールだと思っていた色々なことは、したほうが嬉しいことに変わり始めていた。

悲しいとき、困ったとき、辛いとき。神様は別に助けちゃくれないけど、なにかひとつ「よかったな」と思えることをしてみたら。
そいつはいつでも、今日をほんのちょっとだけ気持ちよく過ごせる魔法をかけてくれると思うのだ。

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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