プロフェッショナル・ゼミ

浮気性の彼女の「愛してる」という言葉が重い《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高橋和之(プロフェッショナル・ゼミ)

「I love you(愛してる)」
「今更遅いよ」

浮気性の彼女が初めて言った、
「愛してる」
この言葉の重さを僕は知らなかった。

彼女と出会ったのは、4月のこと。
英語のフリートークをするイベントだ。
3月下旬にアメリカから日本に来たばかりのレベッカは、母国でちゃんと日本語を勉強してきたらしく日本人と何の違和感のない日本語を話した。
花を見るのが好きなレベッカは、
「私は日本の春が好き、桜とつつじが好きだから」
そう言って、ニコニコと笑っていた。
その笑顔も綺麗なブロンドの長い髪も輝いて見え、とても可愛らしかった。

その日にメアドを交換し、何度もメールのやり取りをした。
話していてとても楽しかったことと、可愛らしい笑顔にやられたこともあり、千鳥ヶ淵へお花見に誘った。
レベッカがOKしてくれたメールを見た時は、心から嬉しかった。

お花見当日、千鳥ヶ淵はちょうど満開だった。
レベッカは初めての千鳥ヶ淵に感動していた。

道沿いに咲く桜並木、湖の周りに咲く桜。
そして、湖の水面に映って見える桜。
湖が波立つと、水面に咲く桜がゆらゆらと揺れている。

「すごい綺麗!」
レベッカはそう言いながら、ひたすら興奮しっぱなしだった。
興奮しすぎて、一緒に来た僕のことは置いてきぼりだ。
どんどん先に進んで行く。

「レベッカ、ちょっと待って!」
そうは言うが、千鳥ヶ淵は人がたくさんいる。
どんどん差が広がり、気が付けばレベッカを見失っていた。

「まいったなぁ、合流するために電話するか」
電話をするために、スマホを見ながら歩きだした。
「スマホを見ながら歩いたら危ないですよ」
後ろから注意されたので、
「すみません」
そう言って後ろを振り向くと、そこにレベッカがいた。

「わっ、レベッカ! いつの間に後ろに?」
「気がついたら、悟が一緒にいなかったから、戻ってきたよ。せっかくだから驚かそうと思って」
「戻ってきてくれたからいいけど置いていかないでよ。桜に見とれる気持ちは分かるけど」
少し怒りながら、でも戻ってきてくれて嬉しかったので、口元は笑いながらクレームをつける。
「ごめんね」
そう言って、反省の色のない笑顔を向けてくる。
この笑顔の前ではさらには怒れない。
なかったことにしよう。

「それじゃあ行こうか。湖を周ったら神社に行って、屋台で何か食べよう」
「楽しみ、屋台は初めてだから。ゆたか着てみたいなぁ」
「ゆたか? 浴衣ね。ゆたかだと日本人男性の名前になるよ」
「No!! 日本語勉強したけど、やっぱり難しいです」
「それだけ話せれば十分だと思うな」
「ありがとう」
今度は、一緒に並んで歩き始める。
「またはぐれたら困るからね」
そう言いながら、ちゃっかり手をつないでみる。
レベッカは下を向いていて表情は分からない。
でも、嫌がるそぶりはないからいいかな。
手をつないだまま、桜と屋台を楽しみながら、二人で遅くまで過ごした。
レベッカは一日中ニコニコしていた。

その後も、ご飯に行ったり、根津神社にレベッカが好きなつつじを見に行ったり、一緒の時間を増やしていった。
そして、5月にはお互いに何かを言うわけではないが、自然な流れでキスをして、体も重ねて、付き合い始めることになった。

付き合い始めて3ヶ月後、事件が起こった。
一度レベッカとも一緒に遊んだことのある友人から写メが届いたのだ。
「偶然街中で見かけたんだが、お前の彼女、浮気してるんじゃないか?」
レベッカが背の高い日本人男性と腕を組んで歩いている姿が撮影されていた。
写真を見る限り、双子でもない限りレベッカだ。
「ありがとう、気にとどめておくよorz」
とだけ返信をする。

写メがあるが、これから問い詰めても仕方がない。
まあ、信じるしかないだろう。
とはいえ、腕まで組んでるし、二股かけられてるのかな。
そう思うと切なくなってしまう。

自分に魅力が足りなくて、そろそろ別れの時期が近付いてきたのか。
そもそもレベッカは浮気性なのか。
レベッカの気持ちは分からない。

次のデートでは、レベッカはいつものようにニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
終始ご機嫌である。
この状況で別れを告げられるとは思えない。
帰り際には、
「次はいつ会える? どこに行く?」
と寂しそうな顔で言ってくれた。

うーん、好かれていると思うのだけど、なんか腑に落ちないなぁ。
すべての男性を全力で愛している個性的な女性なのだろうか。
モヤモヤした気持ちは残るが、特に問い詰めもせずこのまま付き合い続けることにした。
何よりも、レベッカのことを愛していたからだ。

特に大きな喧嘩もなく、仲の良いまま半年が経過した。
また、事件が起きた。
今度はレベッカを知る別の友人から電話が来たのだ。
「おい、悟。レベッカと別れたのか? レベッカが五反田のラブホから欧米人っぽい男性と出てくるのを見かけたぞ」
「まじか、気のせいじゃないか? レベッカに限ってまさか」
「いや、多分そうだと思う」
「すまないが信じられん。そもそもお前、五反田で何やってんだ?」
「ナニをやってたんだよ」
「ふざけてるだろ、いいかげんにしろ!」
「怒るな。でも、レベッカだと思うよ。一緒にいた彼女も似てる似てるって言ってたぞ」
「すまない、お前が言うことでもレベッカのことは違うと判断させてもらうよ。明日デートだし。じゃあな」
「おい、待て」

またか。
電話越しでは違うと判断すると言ったものの、心の底では動揺している。
浮気性なのか?
それとも破局なのか?

モヤモヤした気持ちのまま翌日になった。

「悟! お待たせー!」
先に待ち合わせ場所にいた僕を見かけて、嬉しそうに両手で手を振って、小走りで近づいてきた。
レベッカは相変わらず嬉しそうに腕を絡めてくる。
「美味しいもの食べに行こう、美味しいもの」
「そうだね」
街中をのんびりと二人で歩く。
他愛のない会話をしているが、レベッカは嬉しそうだ。
絡めてくる腕の力は結構強い、甘えてきてくれてるのだろうか。
昨日の五反田疑惑は嘘か。
何をしていたか聞いてみよう。

「昨日はどこに行ってたの?」
「五反田っていう街で遊んでた」
「誰と?」
「アメリカの友達と」
「何してたの?」
「目黒川沿いをお散歩」
そう言って、いつものようにニコニコしている。

うーん、モヤモヤするから聞いてみるか。
違ったら全力でゴメンナサイしよう。
このモヤモヤが晴れないと、レベッカとこれから付き合い続けられない。

「昨日さぁ、友人がレベッカを五反田で見た、って言ってたんだよね」
「うん、私いたよ」
「その友人が、ラブホからレベッカが出てきたって言ってたんだけど」
「うん、それ多分私」

あっさりと認めた。
あっさり過ぎてビックリした。
浮気しているのが確定してしまった。
ショックすぎる。
全力で否定してほしかった。
むしろ、疑うなんてひどい、くらい言ってほしかった。

「じゃあこれもレベッカ?」
数か月前に友人が送ってくれた写メを見せる。
「うーん、多分それ私だよ」
これもあっさりと認めた。

信じていたのに、愛していたのに。
これまでのレベッカとの時間はすべてが偽りだったのだろうか。
今まで積み重なってきた、思い出が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
何年もかけて建設した高層ビルが、一瞬で崩壊するかのように。
崩壊した後に残ったものは、これまでの信頼以上の怒りだ。

「僕と付き合っていながら、他の男とも付き合っていたわけ」
「ちょっと待って、普通じゃないこれくらい」
「普通じゃないよ、おかしいよ! なんで同時に何人もの男と付き合うの?」
絡んでいたレベッカの腕を全力で振りほどく。

残念ながら、浮気性の人とは付き合えない。
たとえ愛していたとしても。
このまま、レベッカと何も話さずに別れることにした。
「もう、さよならだ」
後ろを向いて早歩きにその場を去る。

「悟!」
呼ばれたので振り向いたが、早く立ち去りたかった。

「I love you(愛してる)」

何を言っている、浮気しておいて。
「今更遅いよ」
そのままレベッカを見ることもなく急いでその場を立ち去った。

そういえば、初めて

「愛してる」

と言われた気がする。

レベッカとケンカ別れをして、数日後。
大学時代の友人、小日向と久々に会った。
「久しぶりだな悟、元気だったか?」
「微妙だね、そっちは?」
「こっちは久しぶりの日本を堪能しているよ」
小日向は、仕事の関係でアメリカに長期滞在していたらしい。
滞在中にアメリカ人女性と結婚したそうだ。

「よくアメリカ人と結婚できたな。こっちは、アメリカ人に浮気されて傷ついたよ。もうこりごり」
「浮気? 二股とかされたってこと?」
「そうだよ」
「もしかして、アメリカ人の価値観を知らなかったのか?」
「ん? 価値観? 何か違うのか? すまないが教えてくれ」
「かまわないが、後悔するなよ」
「いいから頼む」
「分かった。まず、一般的な日本人は恋人と呼べる人は一人だよな。何回かデートして、告白して、相手がOKして付き合いが始まる。肉体関係から始まることもあるだろうが、それでも普通は恋人一人だよね」
「普通はそうだね」
「でも、アメリカ人はそうじゃない場合がある」
「例えば?」
「日本でいう、恋人が何人もいるのが普通のこともある」
「どうして?」
「何人も同時に付き合うのが普通の価値観。相手をしっかり見極めるため」
「……、それで?」
「まあまあ、落ち込んだ顔をするな」
小日向は僕をなだめながら話を続ける。
どうやら、落ち込んでいることが表情に出ていたらしい。

「アメリカ人にとっては複数人とデートしているというのは普通。そして、われわれ日本人にとって困ったことが一つある」
「何?」
「並行して何人ともセックスする場合もある」
「なんで!?」
「体の相性も大切だから。ずっと付き合っていくのだから体の相性を見るのも当たり前、という価値観なんだよ」
「……」
「日本人の普通の価値観から見たら絶句するのも無理はないけど、結婚してセックスレスなんて嫌じゃないか」
「確かにそうだけど……」
「ついでに言っておくが、I love youとか気軽に言ってないよな?」
「え、なんで?」
「アメリカ人にとっては、I love youは真剣な交際、結婚を非常に意識したことを意味するよ。プロポーズに近いかもね」
「マジか! 日本人みたいに空気のように好き、とか愛してる、とは言わないってこと?」
「そのとおり、告白する文化が珍しいんじゃないかな?」
「そうか、知らなかった」
呆然とした。
愛してるなんて、よほどのことがない限り言わないのか。

「すまない。少しトイレに行ってくる」
「ごゆっくり」

トイレには行かず外に出た。
少し一人で考え事をしたかったからだ。
いろいろな意味でショックだった。
彼女にとっての他の男と寝ることは普通で、浮気でもなんでもなかったのか。

やっと、彼女の恋愛における価値観が分かった。
そういう価値観もあるのだと、自分の視野の狭さを後悔した。
だが知るのが遅すぎた。
彼女の「I love you」を、ある意味プロポーズともいえる言葉を、僕は拒絶したのだ。

自分の恋人には自分だけを見ていてほしい。
他の日本人と同じく、自分の中ではそれが普通だった。
でも、一番大事なことは何だろうか。

レベッカのことを愛していることじゃないか。
自分から見たら浮気のような状態でも、彼女から見たら真剣に相手を選んでいたのだ。
だからこそ、何人もの男とデートやセックスをしていたのだ。

「I love you」
と言ってくれたのなら、それはレベッカが僕を選んでくれたということではないか。

「小日向すまない。急用ができた。今度何かおごるから今日は帰らせてくれ」
「いーよ、いーよ。女のところに行くのか? がんばれよ!」
「すまない、アメリカの話ありがとな。今度奥さん紹介してくれよ、いろいろ聞きたい」
「もちろん。いいからとっとと行ってこい」

店内を慌てて小走りで駆け抜ける。
レベッカに会いに行こう。

傷つけたから、間に合わない可能性が高いだろう。
でも、もしかしたら間に合うかもしれない。
話せば何とかなるのかもしれない。

そう言って、全力でレベッカの家までの道のりを駆け抜ける。
また、彼女の輝く笑顔を見れるのだろうか。

レベッカと春に会ってもう9ヶ月。
季節は冬。
外はとても寒い。

温かくはないけれど、太陽の日差しが外を駆け抜ける僕を優しく照らしていた。

***

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