ふるさとグランプリ

口笛を吹くと風が吹く《ふるさとグランプリ》


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記事:知念弘恵(ライティング・ゼミ日曜コース)

 

私を乗せた飛行機は、那覇空港からふわりと離陸し、海の上を滑るように空へ向かって上昇していき、雲の上の世界に入っていく。

上空から雲を眺めていると、初めてのひとり暮らしへの不安と期待感で胸がいっぱいになる。

 

今から二十年ほど前、私は八重山諸島の石垣島にいた。転勤になったのだ。

 

四十五分の空の旅。

 

しばらくすると飛行機が高度を下げはじめ石垣島の青い海が眼下に広がった。その美しさに息をのむ。

これからこの島に住むんだ……。そう思いながら、近づいてきたリーフ(サンゴ礁)を眺めていると、急にお尻から強い衝撃が伝わってきた。

 

「ドスン! ガガガガガッ!」

 

一瞬、不時着かと思うほどの強い衝撃とともに飛行機は石垣空港に着陸した。

 

「ただいま、石垣空港に着陸いたしました」

 

無事着陸したことに感謝しながら席を立って降り口へのびている列に並ぶ。飛行機からのびているタラップを降りて地上に降り立つと、強い風が吹いていた。

風の強さに少し心細さを感じる。

 

その頃の石垣空港の滑走路は短かかった。滑走路にきちんと飛行機をおさめるため、滑っていく距離を短くするためにあえて着陸時に衝撃を与えるような着陸をしているということは、あとから聞いた。パイロットの運転が荒いからではなかった。

 

石垣島での娯楽といえば、古いボウリング場とカラオケボックス、そして自然と文化だった。そして移動手段はもっぱら車であった。

高校を卒業してすぐに就職した私はまだ運転免許を持っていなかったため、自動車教習所に通うことにしたのだが、そのときから私はひとつのトラウマを抱えることになった。

 

教習では運転技能を身に付けるために、一般道路や高速道路に出て実習するというカリキュラムがあるが、石垣島には高速道路がない。そのため、高速道路での実習の代わりにシュミレーターでの教習が導入されていた。

 

それまでの私はもちろん車の運転などしたことはなかったが、ハンドルさばきには根拠のない自信があった。シュミレーターを体験するまでは……。

 

私の順番が来て、わくわくしながらエンジンをかけた。アクセルを踏み、どんどんスピードを上げていく。と、そこで動物が出てきた。

 

「わぁっ!!」

 

驚いてとっさにハンドルを切るとガードレールに衝突した。心臓はバクバクしている。

仕切り直して運転していると、今度は人が出てきて、間に合わず人に衝突……。

この体験は私のトラウマとなり、沖縄本島に帰ってきてからも高速道路を運転するたびに何か出てくるんじゃないかとビクビクするようになった。

それから十年ほどトラウマを抱えていたのだが、友人のあるひとことでトラウマは解消されることとなる。

 

「人や動物が高速道路を横断するなんてありえない」

 

冷静に考えてみれば確かにそうだ。その事実に気づいたとき、それまで抱えていたトラウマが笑いと共に消えていった。

 

石垣島では、三線(サンシン)にふれる機会もあった。石垣島で暮らし始めて一年を過ぎた頃、同僚が声をかけてきた。

 

「一緒にサンシンに通わない?」

 

沖縄では、サンシンが実家にあるという人は多い。特に仏壇のある家では、行事で人が集う機会が多いこともあってか床の間にサンシンを飾っているところも多く見られる。

だがしかし、みなサンシンを弾きながら唄を唄えるかというとそうでもなく、弾けない人のほうが圧倒的に多い。弾けても唄えないという人もいる。唄えない人はどうするかといえば……そう、カチャーシーを踊るのだ。

 

同じ沖縄でも、沖縄本島と八重山諸島では方言も違い文化にも違いがある。実家にあるサンシンを持ってきて、八重山古典民謡を習うことは転勤族のステータスシンボルのようなものだった。

 

八重山古典民謡は、作業労働歌が多いのが特徴だ。農作業はつらく苦しい。農作業中に皆で唄うことで、明るい気持ちで効率よく作業を進めて行ったのだろう。

 

「いい唄を唄うには、その唄の出来た背景を経験しないと」

 

そう言って、サンシンの師範は、同じ八重山諸島の西表島に私達を連れて行き、昔のやり方で黒米の収穫を体験させてくれた。

 

西表島は八重山諸島最大の島だが人口密度が低く島にある信号機は二つのみ。そのひとつが港を出たところの交差点にあった。

 

「島で二つあるうちのひとつがこの信号であとひとつは小学校。小学校のは教育用にあるさー。誰も通らんのに赤だと止まらんといけない」

 

車の通りはほとんどない。民家の前を通るときに「よぅ!」といって住人に声をかけながら、通り過ぎていく。

 

畑の近くの集会所を借り、作業スタイルに着替える。

 

夏の暑い日。民謡を唄いながら、稲を鎌で刈り、束ね、背負って運ぶ。刈り取った稲を脱穀機に通すというすべて人力のみでの作業。私の身長ほどもある稲はずっしりと重く、それを背負うと籾の先が首にチクチクと刺さる。

籾の選別は、機械を使わずに竹で編まれた道具をつかって、自然の風を利用して選別するのだが、風が弱いとうまく選別ができない。

 

「口笛を吹くと風が吹くさー。やってごらん」

 

風がなく、籾の選別がうまく行かない様子を見て師範が言った。

 

「えー?」そう言いながら、口笛を吹く。

 

「ヒー。ヒー。ヒー」

 

口笛が下手な私は音がうまく出ない。ヒュー、ではなくヒー。

 

サァー……。

 

しばらくするとやわらかい風が吹いてきた。

 

本当だ。下手な口笛でも風が起きる。まるで、そこにいる見えない存在が後押ししてくれているかのように、そよ風が吹いてくる。

なぜ口笛を吹くと風が吹くのか? 科学的根拠はないのだが、風が吹くのだからそこには何かしらのエネルギーがあるのだろう。

 

私たちは楽しくなってみんな子どものように口笛を吹いた。そうすると、その土地にいる存在が私たちのあとを追って口笛を吹いているかように、風が吹いてくる。

 

えもいわれぬ一体感。その感覚は、石垣島での勤務を終えて帰ってきてからも忘れられないものだった。

 

二十年後の今年、末の娘が小学校に入学した。慣れるまでの間は私がお迎えして一緒に歩いて下校した。四月の沖縄は早くも夏の気配だ。晴れた日の日差しは強く汗ばむ季節。

 

娘と娘の友だちがランドセルをしょって歩いている。私は後ろから付いて歩く。

 

「暑い!」

 

娘の友だちがひとこと言った。

ふと、石垣島でのことを思い出し、その子に教えてあげた。

 

「口笛を吹くと風が吹くよ」

 

「えー? 本当に?」

 

そういって娘の友だちは口笛を吹き始めた。

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

サァー……。

 

「ほらね!」

 

私は得意げに返事した。

 

「わぁー! 本当だー! ヒュー……ヒュー……」

 

サァー……。

 

私よりも上手だからか、だいぶ涼しい風が吹いてくる。

 

ふと、西表島での農作業を思い出す。農作業をしながら唄を唄ったこと。そういえば作業中はサンシンを弾かなかったなぁ、と思う。

考えてみれば、唄が先にあり、そのあとに楽器での伴奏が生まれるのだ。

 

口笛を吹けば風が吹く。口笛は唄、風は伴奏だ。

 

心の中で西表島であの日に吹いたそよ風を感じる。

 

八重山諸島石垣島に暮らした三年間。その自然の美しさは、いまも色あせることなく私の脳裏に焼きついているが、さらに強く、そのときの空気感そのものが心には刻まれている。

 

***

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