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毒身ムスコが思い出す、あの日のオニ母の涙


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記事:塩 こーじ(ライティング・ゼミ)

 
 
「ほんとうに申しわけございませんでした……」
 
交番でおふくろがいきなり声をつまらせた。
 
「まあまあお母さん、泣かなくても」若い巡査があわててなだめにかかる。
 
僕は身を硬くしてじっとしている。消火活動にあたる消防士たちのスピーカーでのやりとりが、遠くから絶え間なく聞こえていた。
 
――その日の夕刻、僕は友だちと二人で火遊びをしていた。
 
大人たちに見つからないよう、空き地の廃材置き場の陰に隠れ、家から持ち出した徳用マッチで次々と紙クズに火をつけた。
 
僕らはアホな小坊だったので、いつの間にか火が廃材の山に燃え移っていたことにも気づかなかった。
 
我にかえったときには、子どもたちの手に負えないほど炎は勢いを増していた。生き物のように次々と廃材を飲みこんで大きく成長し、僕らの背丈をとっくに越えていた。
 
急いで家に逃げ帰り、じっとおとなしくしていた。だけど誰かが見ていて通報したらしい。
 
もうすぐ夕ごはんという頃に、近所の子どもたちがお巡りさんを連れてやってきた。
 
けげんそうに応対に出たおふくろにお巡りさんは尋ねる。「こーじ君という子の家は、ここですか」
 
事情を聞いて、おふくろは顔面蒼白。
 
僕は引っぱられるように交番まで連れていかれた。あとから近所の子らが好奇心まるだしの顔でぞろぞろついてきた。
 
いつも口やかましくておっかない、あのおふくろが泣いた……
 
僕は自分がしでかしたことの重大さよりも、そっちのほうがショックだった。
 
一瞬後、すぐにおふくろはいつもの気丈なひとに戻っていた。
 
今後のことについて若い巡査と話す口調はそら恐ろしいほど冷静だった。
 
あのとき以来、おふくろの涙は見たことがない。
 
「まあ、空き地の廃材が燃えただけですんでよかったよ。他人の家に燃えうつってたら家族全員で首くくるとこだった」
 
喫茶店の窓ぎわの席にすわり、僕はカウンターの向こうの女の子に声をかける。
 
「やんちゃしてたんですねえ」洗いものを続ける手を休めずに、彼女はこたえる。
 
二十歳を少しすぎたぐらいだろうか。小柄な体に緑のエプロンがよく似合う。
 
何度か店に来るうちに言葉をかわすようになった。
 
あまり突っ込んでプライベートまで聞いたことはない。学生なのかフリーターなのかもよく知らない。
 
性格はとてもいい。僕のくだらない小説や映画や音楽に関する雑談を、さも興味ありげに身を乗り出して聞いてくれる。
 
しかも聞き役に徹し、自己主張というものをほとんどしない、いまどきめずらしい素直な子だ。
 
「もうすぐ母の日だから、そんなことを思い出したんですか」
 
彼女はそういって窓の外へ目をやる。
 
通りの向かいに小さな花屋。店先にはカーネーションが並んでいる。
 
「あ、いや、たまたま思い出しただけ」
 
「きっとつらかったでしょうね、お母さん」
 
「いやあ、次の日にはもう元気になってたな。あのひと戦争中、死体がゴロゴロしてるのを見てるから、いまのやさしいだけの母親とちがってたくましいよ」
 
僕はおふくろの気の強さを強調しようと、もうひとつ子ども時代のエピソードを話す。
 
「子どものころは親父とおふくろに両脇をはさまれて、川の字になって寝てたんだ。よく父親の布団にもぐりこんで今日一日の出来事を聞かせてもらってた。だけど母親のほうの布団に入ろうとしたら、何するの、この子は! ってきつく叱られてさ」
 
女の子、大ウケ。
 
「とにかく、あまり甘えさせてくれる人じゃなかったな。今でいえばオニ母ってやつだ。子どもがひねくれて育つわけだよな」
 
彼女をひとしきり笑わせてから、僕は少しマジな口調になる。
 
「でもさ、子どもってどっかで信じてるんだ。表向きはけして優しくしてくれないけれど、母親は心の底では、ぜったいに自分のことを愛してるんだって」
 
これで彼女の僕を見る目が少し変わるかな? と期待しつつ。
 
「そういう根拠のない確信があるから、子どもは母親に誉めてもらおうと、つい学校の勉強とかも努力してしまう。そしてどんなに一生懸命やっても、母親はけして評価してくれないんだ。戻ってきたテストや成績表にちらっと目をやって「もう少しがんばりなさい」って、いつもそれでおしまい」
 
「そうなの? さみしいねえ」
 
「まあ僕らのころはみんなそうだったよ。とにかく子供を甘えさせないのが正しいしつけだといわれてた。いまとはちがうんだ」
 
カウンターの奥で電話が鳴った。女の子は僕との話を中断して子機を取り上げ、カウンターの奥へ消えていく。
 
たしかに最近の母親は驚くほど変わった。
 
わが子への愛情をストレートに表現する。普通にハグしたりキスしたり。僕の子ども時代は考えられなかった。
 
だいたい子どもがいても母親に見えない人が増えた。若いころとあまり見た目が変化しない。
 
昔の女の人って子どもを生むとがらりと体型が変わってしまい、ひと目で子持ちと区別がついた。だけどいまの人たちはほとんど変化がない。運動やダイエットでキープしてるんだろうか。
 
「キレイなお姉さんは好きですか」ってCMがむかしあった。じゃ、「キレイなお母さん」はどうだろう。
 
そりゃキレイなお母さんは誰だって好きだろう。
 
僕は典型的なおばさん体型の、とても美人とはいえない自分のおふくろを思い浮かべる。
 
そして悲しい気持ちになる。
 
きっとおふくろだっていつまでも若く美しくいたかったにちがいない。家事や子育てに忙しく、自分のことに気をつかう余裕もなかったのだ。
 
おふくろは子どものために、自分の中の「女」の部分をギセイにしてくれたのだろう。
 
そう思うと感謝の気持ちがこみあげる。
 
同時に母親から女としての魅力を奪ってしまったことに、息子としてかすかに罪の意識を感じる。
 
僕のおふくろだけじゃない、むかしの母親たちはみな、女性としての魅力をいさぎよく捨てて、わが子のために尽くしてくれた。反面、いまのママたちってどうなんだろう。
 
子どもと、女としての自分の魅力と、どちらを選ぶのか。もしかしたら、どっちも欲しいんじゃないだろうか。
 
いくつになっても若々しいことが最大の価値観で、美しさを保つことに熱心で、ときには子どもや夫がいても別の男と恋愛する。
 
いまとむかしと、どちらが母として理想的なのだろう。僕はコーヒーの残りを飲み干しながら、ぼんやり考える。
 
キレイなお母さんは、好きですか……。
 
キレイなほうがいいにきまっている。でもそれでは、なりふりかまわず子育てしていた僕の母親たちが、あまりにかわいそう過ぎる……。
 
電話を終えて戻ってきた女の子に、僕は二杯目のコーヒーを頼んだ。
 
きつかったおふくろだけど、いまはずいぶん優しくなった。
 
年のせいもあるだろう。七十過ぎまで生きてきて、いまがいちばんしあわせだとか、たまに言うことがある。
 
この平穏な日々がいつまでも続いてくれればと思うのだが。
 
彼女がサイフォンをセットしてお湯を注ぎ始める。
 
「……俺さあ」僕は湯気の向こうの彼女に向かい「いまはだいぶ落ち着いたけど、ちょっと前まで生活荒れててさ、おふくろにもずいぶん迷惑かけたんだ」
 
半分ひとりごとのように「あのころの穴埋めしなきゃといろいろやってるけど、消えないんだよねえ、おふくろへの負い目が」
 
カウンターをまわって彼女が出てくる。
 
僕の前に静かにカップを置きながら「こーじさんて、けっこう重症のマザコンだったんですね」
 
「ストレートな表現するね」
 
グサリときたが、僕はあえて否定しない。「ま、たしかにそう言われても仕方ないか」
 
「マザコンていうより、裏切れないんじゃないんですか、お母さんの期待を」
 
なかなか鋭いひとことだ。僕はうなずき「そうかもね。おふくろが俺に期待してるとも思えないけど。いまだにまともな就職もせずに半分パラサイト状態で、結婚もとうぶんできそうにないし」
 
僕はコーヒーを半分ほど一気に飲みほし「まあ、誰だってさ――」
 
のどをやけどしそうになりながら「誰だっているよねえ。自分のいままでの人生のなかで大切な存在といえる人が。一人や二人は」
 
彼女は小さくうなずく。
 
「僕ぐらいの年だとさ、たいていそれは奥さんとか子どもだったりするわけだけど。たまたま僕はそういう家族に恵まれなかった。彼女もいなけりゃ友だちだっていない。転職も多かったから仕事が変わるたびにそれまでの人間関係もぜんぶリセットされてさ。そんなふうに生きてきたから結果的に、母親が自分にとって唯一の、重要な存在になってしまった。結果的にね。それだけのことさ」
 
僕は彼女を見て「わかりますう? たんなるマザコンじゃないんですから」
 
「なんとなくわかりました」彼女は笑いながら「で、いまはどんな穴埋めを?」
 
「おふくろが編み物講師の資格もっててね。あちこちの公民館で編み物教室開いて生徒さんたちに教えてる。荷物も多いから、僕がライター仕事のないときは車で公民館まで送り迎えしてる」
 
「タダで?」
 
「ああ」僕はうなずく。「報酬とかはとくにないけど、自分としては重要な仕事だと思ってる」
 
「へええ」彼女は少し感心したように「親子というより仕事のパートナーに近い感じ?」
 
「そうかもね。ひとつの目的のもとにチームを組んでる、相方のようなものかな」
 
「お笑いコンビみたいね。こーじさんて絶妙の天然キャラだもんね」
 
彼女がそういって笑ったとき、店のドアが開いた。
 
詰襟りの制服を着た中学生らしい少年が入ってくる。両手に真っ赤なカーネーションの花束を抱えていた。
 
まっすぐカウンターへ歩み寄って、ややぶっきらぼうに彼女に花束を差し出す。
 
やや声変わりしかけた声で「親父からメールで、今夜ファミレスで食べようってさ」
 
「まあ素敵な花束!」
 
彼女は中学生の詰め襟の肩をきつく抱き寄せた。「ありがとうねカズヤくん!」
 
僕はあっけにとられて二人の顔を交互に見つめる。そして心の中でそっとつぶやいた。
 
キレイなお母さんなんて、大っきらいだ!
 
 
***

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2017-05-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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