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僕の一時的プリズンブレイクはこうして終わった


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記事:森山 寛昭(ライティングゼミ日曜コース)

 
 
「どこやっ? もりやま!」
そのとき僕は地上から約2分間消えた……。
 
当時僕は、岡山にある私立の男子中学校に、神戸の親元を離れ寮生活をしながら通っていた。
中学生の男子といえば、性に目覚める多感な世代である。
女子が在籍しない男子校に限っていえば、みんな頭の中は勉強1割、あとの9割を部活とエロが占めていたと言っても過言ではない。
僕も他の連中と同様、女性の裸ばかり考える中学生だった。
学校に女子がいないから、女性に関して得られる情報はテレビや雑誌、本の中からだけ。
ここまでなら普通の男子校の学生だ。
寮監という看守が生活を監視する、寮という名の刑務所に入っているとなると話は別だ。
起床から就寝まですべて管理される。
持ち物も厳しいチェックが入り、高等教育にはふさわしくないと、グラビア雑誌はおろか漫画の巻頭グラビアすら切り取られて寮監に没収されていた。ゴルゴ13に至ってはエロ本扱いである。
こんな環境下でも僕らは見たかった。女の裸が!
 
そこで僕らはいろいろと頭を巡らせた。
寮監の目を盗んで、寮の裏手の雑木林に隠しておいた雑誌をこっそり取りに出たり、小説の表紙をすり替えて官能小説を正面玄関から堂々と持ち込んだり。
残念ながらこんな中学生の小細工は、大人にはいずれ見破られてしまう運命だ。
だが、中学2年生の僕を突き動かした、飽くなき性への渇望は、もはや自慰行為を覚えたサルのように誰にも止められないのである。
 
忘れもしない、1984年2月の、ある寒い土曜日の夜のことである。
前日の金曜日に僕は一大決心をした。
どうしても女の裸が見たい! だから、明日の深夜、午前2時に寮を抜け出して「ビニ本」を買いに行く!
「ビニ本」とは、ビニール袋に個包装されたアダルト雑誌の略称である。
僕はこれを手に入れるために、中学生なりの知恵を絞って寮からの脱出を敢行したのである。
 
寮監の深夜の見回り時間もチェックした。
寮の設備を破壊して抜け出す経路も確保した。
月齢まで計算に入れて決行時間も定めた。
悪友2人を引き入れ、隣の部屋の同級生からカンテラも借りて、装備も万全だ(とそのときは思った)。
当時の田舎の書店には、たいてい「ビニ本」を24時間購入できる自動販売機が置いてあった。目指すはその、寮から約1キロ離れた、幹線道路沿いにある書店の自動販売機。
 
行きは何の問題もなかった。
道中缶コーヒーを買って、寒さにかじかんだ手を温める余裕さえあった。
楽勝!
 
が、書店の自動販売機に立った僕らがあ然としたのは、おのおのの所持金が、お目当ての「ビニ本」を買うには微妙に足りないことだった。
しまった! 雑誌の値段まで調べてなかった! コーヒーなんか買うんじゃなかった!
はたして3人が各々所持金で買えるモノを買うべきか? あるいは、所持金をかき集めて一番高いものを1冊購入するべきか?
即断で3人が別々に買うことに決めた。どれか1冊は当たりもあるだろうと単純に考えただけだ。
3人が同時にそれぞれの自販機のボタンを押した。
 
ビィィィ!
冷たい2月の夜気をつんざくブザー音! こんな警告音鳴るなんて聞いてないよ!
予想外の大音量を振りまく自動販売機に焦って、「ビニ本」を手に僕らは猛スピードで幹線道路を駆け出してしまった。
その先には、もっとも出会いたくなかった赤い点滅灯。パトカーだ!
 
パトカーから隠れるために、僕は他の2人を脇道に誘導した。
街灯のない暗い場所を目指した僕が見つけたのは倉庫の軒先。その前に細いコンクリートの橋が架かっていた。
手招きして他の2人を先導しようと、僕は橋に1歩を踏み出した。
そこに橋はなかった。正確には僕が踏み出した先にだけ縁石がなく足が橋を踏み越えてしまっていた。
僕の体は宙に浮き、約2メートル下のドブ川に……落ちた。
 
そのときお前は地上から約2分間消えた、と悪友のひとりは言った。
僕の誘導に従ったふたりの目の前で、僕は忽然と姿を消したそうである。だが、僕を探す前にパトカーをやり過ごすことを優先させた。
だからとりあえず補導されずには済んだのだが、パトカーが視界から消えたと同時に、
「どこやっ? もりやま!」
僕の頭上よりもっと高いところで、悪友たちが声を殺して叫んでいた。
僕はブリーフに冷たい水がしみてくるのを感じながら、
「助けて」
とひと言かすれた声で返事するのが精一杯、僕はドブ川に下半身のほとんどを浸けて、グリコの看板のように立っていた。
力持ちのひとりが引き上げてくれたおかげで、僕はドブ川から抜け出すことができたし、川底に沈殿したヘドロがクッションになってくれたおかげで大きな怪我もなかった。
カンテラもなんとか無事だ。
が、引き上げられた僕の格好ときたら……。
 
真冬の深夜、下半身にヘドロをまとい、悪臭を振りまきながら寮に帰った僕は、一番冷え込む早朝まで、部屋で素っ裸になって拭い落とし、寮の同級生を起こさないようにジーパンとブリーフをこっそり洗面所で洗ったことを鮮明に覚えている。泣きそうになりながら。
こうして僕の一時的プリズンブレイクは幕を閉じた。
 
このとき、僕の貪欲な性欲を満たすために購入した「ビニ本」の内容は見事に大はずれだった。他のふたりのもだ。安物買いの銭失いである。
他に僕が失ったのはエドウィンのジーパン、ブリーフ、スニーカー、靴下の合計約17000円分。そしてプライド。
 
悪友2人がしゃべったせいで、この件があった翌日から僕のあだ名は「ぼっちゃん」になった。ぼっちゃんとドブ川に落ちたからだそうである。
徹夜で僕がヘドロのニオイを消した意味はもうなくなった。
半年後、「ぼっちゃん」は「文豪」になった。
「ぼっちゃん」だとひねりがないからだそうである。そんなん、どうでもええわ!
 
このときの体験は、今の僕の行動規範に大きく影響している。
どんなに緻密に計画したつもりでも、不測の事態は起こりうる。むしろ起こって当然である。
人間は不完全だから、自分の身の丈以上のことを予測することは不可能なのだ。
だから僕は、得られる利益と被る損失を必ず両天秤にかけて考えることにしている。
リスクが大きくても行動したいときは、最悪の事態に備えて損失をカバーできるように知恵を絞る。決して他人を巻き込まないように。
それができないなら、決して行動しない。
その点において、悪事というのは利益を得るにはあまりに失うものが大きすぎる。
そもそも悪事を働くには、機械でもない限り、不安や打算、期待などの感情が計画の隙間にはさまって目的を見失わせがちだ。はなから、失敗してください、と言っているようなものである。
だから絶対にやらない。
 
今年の3月、中学校の同級生2人と再会した。
僕が名古屋からの旅行帰りに京都に寄るから、と伝えると彼らは快く酒宴をセッティングしてくれた。
その酒の席でのこと、
「で、ほんまは京都に何しに来たん? 文豪」
そのあだ名、まだ覚えてたんや……。
 
30数年たった今も、僕はドブ川に「ぼっちゃん」したときのまま、文字通り汚名を返上できないままだ。
仮に僕がこれから富と名声を残せたとしても、彼らにとっては、僕は当時の間抜けなサルのままで記憶され続けるのだ。
 
 
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2017-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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