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ハイスペック彼女とさだまさし


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記事:おぬ(ライティングゼミ日曜コース)

 
 

「二人は私たちとは住む世界が違う」
母はぼやく。
 
末弟の結婚が決まりそうだという。
弟はまだ社会人2年目だ。彼女は一つ上なので社会人3年目。
二人は弟が大学4年の頃から付き合いはじめ、彼女は東京に就職が決まった弟を追いかけ上京し、東京で同棲している。東京に本社のある会社で働く彼女は、会社へ異動願を出し、上京と同時に一般職から総合職へ変わったのだという。
 
4人兄弟の末っ子である弟は、父に似て幼いころから学業優秀だった。ストレートで国立大学へ入学し、父親の希望通り国家公務員となった。
彼女もヨーロッパへの留学経験があり、英語がペラペラだとか。いつか海外で働きたいと言っていた弟にピッタリではないか。しかも福岡出身の彼女は美人らしい。
 
そんなハイスペックな二人の結婚話が進むにつれ、母は気分が沈むことが多くなった。
 
一つはこのたび結婚が決まったのが、末っ子であることが原因だろう。
一番上の兄と末の弟は13歳離れている。接し方も、第一子と末っ子でこんなにも違うものかと思うほど、弟には甘かった。
 
母の気分を沈ませる原因は、もう一つ。
それは、2人が盛大な挙式を望んでいるらしいということだった。
 
弟を産んだ時、母は38歳だった。
4人兄弟の中で、唯一平成生まれの弟。
弟の同級生の親たちは、当然母よりずっと若かった。
同級生たちの名前も、実にキラキラしていた。
それに対して弟の名前は、まったくツヤのないものだった。
 
いつだったか弟がぼやいていたことがある。
「友達のお母さんの車に乗せてもらうと、ステレオからは嵐の曲が流れるけど、お母さんの車に乗るとさだまさしが流れる」
決してさだまさしが悪いのではない。
母の世代からすれば、さだまさしは嵐並みのときめきを与えてくれていた(に違いない)。
 
また弟は母の作るお弁当についてもぼやいていたと、母本人から聞いたことがある。
「友達が持ってくるお弁当は色とりどりでおいしそうだけど、うちのお弁当は全体的に茶色くて、ウインナーは焼きすぎて犬のフンみたい」
ウインナーは何も悪くない。
母はこんがり焼いたそれが好きだっただけだ。
 
参観日や学芸会などにも欠かさず参加していた母は、きっと父よりも周囲とのギャップを実感していたに違いない。
母は、そんなイケイケきゃぴきゃぴな若者が集まる盛大な式に出席することに、気後れしているのだと思う。
 
そして最大の懸念材料は、彼女のそのハイスペックさだと思われる。
近々弟が彼女を連れて帰省するらしいのだが、彼女と会うことを憂鬱に感じてしまう母。
 
母は大学を卒業後、1年間だけ働き、父と結婚して家庭に入った。
母の母、つまり私の祖母は小学校の教師をしており、ほとんど家にいなかった。
今でこそ産休や育休制度が整っているが、その当時は長期間休むと同僚の迷惑になるからと、祖母は出産してからわずか2週間後には職場に復帰していたという。
そんな家庭で育った母は、専業主婦になるのが夢だった。
まったくの専業主婦ではなく、家で近所の子供を対象にした小さな音楽教室をしていたが、私が小学校から帰れば母はいつも家にいてくれた。
 
女は男より前に出てはいけない。
それが母のモットーだった。
鼻歌でも、さだまさしの関白宣言を口ずさむ。
「女は早く結婚をし、家庭に入ったほうがうまくいく」
はっきりとは言わないけれど、母が常々そう思っているのは分かっていた。
だから私が結婚してからも、子供を作る気配もなく働き続けることに、不満を感じているようだった。
 
ところが、私のもう一人の弟である次男の嫁は違う。彼女はわずか22歳という若さで結婚し、しかもそのまま専業主婦になってしまった。それは次男が転勤族であるが故、しょうがないことかもしれないが、まさに「早くに結婚して家庭に入る」をこのご時世に実現してしまったのだ。
 
当然、次男の嫁は母のお気に入りになった。
次男が結婚した当時、母はそれはそれは嬉しそうだった。
 
しかし、このたび結婚することになった三男の彼女はどうだろうか。
彼女は、誰もが聞いたことのあるような一流企業に勤め、弟よりも収入が多いらしい。世田谷区にあるという2人のマンションの家賃も、彼女が多く支払ってくれているのだとか。
二人が同棲を始めた当時、母は私にこうぼやいた。
「二人は続かないと思う。三男は仕事が忙しいから、次男の嫁みたいな子じゃないと」
そんな母の希望的観測は、わずか1年後にあっけなく砕け散った。
 
「二人は私たちとは住む世界が違う」
だから、おめでたいのは分かるが、素直に喜べないのだと言う。
実に奇妙なことだ。
自分が生んで育てた子が、手を離れたとたんに異世界に行ってしまうとは。
 
しかし、どうだろう。
ふと思った。
そもそも違う世界って何だ。
同じ地球上の日本じゃないか。
本当に異世界(例えば火星とか)ならば、あきらめもつくだろう。
 
母がここまで憂鬱になっているのは、弟が違う世界へ行ってしまったからではなく、自分と同じ世界に住んでいるからではないだろうか。
同じ世界に住んでいながら、弟は母とは全く正反対の女性を選んだ。
 
母はうすうす気づいていた。
自分の価値観が、今や時代遅れだということに。
ただ、それを認めてしまうと、今までの自分の生き方を否定することになる。
 
年老いた母は、最近私を褒めるようになった。
「仕事も家事もできてすごいね」と。
私は決して家事も仕事もバリバリできるような人間ではないが、いわゆる一般の会社という組織で働いたことのない母には、そう見えるらしい。
 
しかし母は、重大なことに気づいていない。
母自身も、実はそこそこにハイスペックだということに。
 
4人の子供は年が離れていたために、母は連続16年間も、数年おきの入学式、卒業式、さらに教室をはしごしながらの参観日、運動会、PTAと、小学校へ通い続けた。
私が高校1年生の時には、私と父、2つ上の高校3年生の兄、幼稚園に通う末の弟にと、毎日4人分のお弁当を作っていた。
近所の子供に教えていたピアノとバイオリンは、30分のレッスンで1回あたり1,000円という破格の料金だったが、時給に直すと2,000円である。
派遣社員として働く今の私の時給より、ずっとずっと良い稼ぎだ。
しかも個人事業主。嫌味を言う課長も、セクハラ、パワハラをする次長もいない。
なんて羨ましい。
だけど私には真似できない。
 
私は末弟の彼女のように、一流企業で働けないし、美人でもないし英語もペラペラでもない。けれど、母がこの30年以上の間にしてきたこともまた、私には絶対に真似できることではない。
私からしてみれば、どちらも超絶ハイスペックである。
 
たまに帰省し、母の車に乗せてもらうと、今でもやはりさだまさしが流れる。
母は最近小さくなった。
性格も背中も丸くなった。
 
今度帰ったら、言ってみよう。
 
私には真似できないようなことばかりやってきたお母さん。
違う世界の人みたいだよ。
 
 
***

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2017-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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