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人生で1番、最悪な1時間


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:まこ(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「なんでここにいるんだろう」
 
私は途方にくれた顔でスタート地点に向かう。
 
同時に、何千もの人がぞろぞろと歩き出す。
化粧バッチリで、全身おしゃれなウェアを身にまとう人
おそろいのユニフォームを着た集団。
しばらくすると、メイド、アンパンマンのコスプレの人…。
「ハロウィンかよ」と心の中で毒つく。
 
もはや、頭には絶望しかなかった。
今すぐ逃げ出したい。今すぐ。
 
――― スタート10秒前! 9・8・7・6・5・4・
カウントダウンが始まる。
数字が刻まれるにつれて、周りのボルテージは上がっていく。
 
ねぇ、何で、こんなに騒いでるの・・・?
 
――― 3・2・1
もういやだ、やめて。
私の思いと裏腹に、カウントダウンは止まらない。
 
―――スタート!
あぁ、始まってしまった。
周りの流れに乗って走り出す。
人生で1番、最悪な1時間の始まりだった。
 
今日という日が来ることを猛烈に恐れていた。
地元で毎年2月に行われる「吉備路マラソン」。
2万人近くの人がエントリーして、初春の吉備路を走る。
 
毎年、この時期になるとマラソンを完走した人が、
記録証やガッツポーズの写真をSNSにアップしていた。
 
よくやるなぁ。走る自分に酔ってんじゃないの?
冷たい目線で、投稿をスルー。
東京マラソンから少しずつブームに火がついて、
全国でマラソン大会が開催されているのは知っていた。
 
なんで、お金を払って走らなきゃいけないの?
疲れることをわざわざやらないといけないの?
マラソンに出る人の気が知れなかった。
 
……ところが、今、私は走っている。10kmコースの軍団の中をのそのそと走っている。
持ち合わせのタイツと短パン、ウィンドブレーカーで
いかにも「マラソンに出る人っぽい」 格好で走っている。
最初の1キロは、数千人が固まって走っていたから、ゆっくりペース。
そこから次第にばらけていく。
あぁ、どうしよう。どんなペースで走ったらいいのか分からず
流れに身をまかせることにした。
 
マラソンにエントリーしたのは12月24日のクリスマスイブ。
当時の私は新卒で広告会社に入り、3年目を終えようとしていた。
ブラック企業もいいところで平日は夜遅く、休日出勤も余儀なくされるうちに、
連絡も途絶え気味だった彼氏の浮気が発覚。
別れた後は見事にやさぐれて、仕事にも身が入らなくなっていった。
 
周囲では第一次結婚ブームが到来して
一緒にクリスマスを過ごしてくれる友人も少なくなっていく。
なんとか、ひとり孤独に過ごすことだけは避けたい。
そんな友人同士で集まって過ごす、楽しいクリスマス。
 
3軒目の居酒屋である友人は言った。
「来年から何かひとつ始めたい」
その場にいた全員が、口を揃えて「いいね〜!」と同調。
酔った勢いそのままに、決意表明として申し込みをすることに。
 
特に何もないしなぁ。
半分上の空だった私は、考えるのが面倒くさくて
他の友人が申し込んでいた吉備路マラソンに相乗りすることにした。
どうせ、キャンセルすればいいや。
そんな気持ちでやり過ごした後は、マラソンのことはすっかり忘れていた。
 
「入金しといたよー! 練習してる?」
友人からラインが届いたのは、クリスマスから1ヶ月経った頃。
練習? 入金?
 
マラソンのことをすっかり忘れていた私は
何のことか分からず、スマホの画面を見て戸惑う。
しっかり者の友人は、ちゃんと決意表明したことを実行するだけじゃなく、
私の分まできちんと申し込んでくれていたのだ。絶望しかなかった。
 
ラインのやり取りから一ヶ月。いよいよマラソン大会が迫ってくる。
練習は一切していない。
そもそも、社会人になってからほぼ運動をしていない。
なのに、いきなり10kmマラソンとは強行すぎるということは頭では重々分かっていても
「明日からやろう」と練習を引き延ばしつづけ、段々、面倒になっていく。
テスト期間中の中学生みたいに、来る「当日」を心の奥底から恐れる。
逃げ腰でキャンセル方法を調べると、参加費3500円の返金はないという。
いつ友人に辞退することを伝えようか、でも3500円をドブに捨てるのは地味に惜しい。
悶々としているうちに、今日という日を迎えてしまった。
 
「まだ3kmなの……?」
5kmは走っただろうと思ったのに、
まだ10kmの3分の1しか来ていないという事実に打ちのめされる。
だんだん体も火照ってきて、ウィンドブレーカーの袖をたくし上げる。
いつもは冷たい2月の風が、この時だけは心地よい。
 
一緒に参加している友人は、かなり練習を重ねていたらしい。
早いタイムを目指したいと私より遥かに前を走っていた。信じられない。
 
少しずつ息が上がってくる。色んな人に追い抜かされていく。
70歳くらいのおじいちゃんにも抜かされる。
顔を思いっきり開けて、何かの罰に苦しむかのように喘ぐおじいちゃん。
 
おじいちゃんには負けたくない。というより倒れるんじゃないかという心配で
おじいちゃんと追い越せ追いぬけのレースを続ける。
4km、5kmと距離を重ねていくうちに、息があがり切り、足がもつれそうになってくる。
風景も、田んぼ、山、田んぼ、山山山、たまに家。単調で変わり映えがしない。
一生このまま、見ず知らずの人たちと単調に走り続けるのか。
そんな錯覚さえも覚える、長い永い時間。
 
6km地点。もうだめだ。リタイアしようか。左足がつってきて痛い。
気づけば、おじいちゃんにも抜かされていった。
そもそも私には無理だったんだ。やめときゃよかった。本当に。
 
「頑張れー---!」
諦めかけたその時、どこからか声が聞こえてくる。
 
ふと目線を上げると、小さな子どもから学生、主婦、おじいちゃんおばあちゃんまで
たくさんの人が連なって応援してくれている。
みんなが笑顔で、まっすぐ私たちに向かって言葉を投げくる。
中には手作りの横断幕や旗を持って応援する人もいた。
 
見ず知らずの人たち、なのに彼らからの「頑張れ」という言葉は
まっすぐに心に響き、どこからか力が湧いてくる。
もつれていた足を引きずるように、一歩一歩踏み出す。
息はまだ荒い。けど、心根はどっしりと立ち上がっている。
まだ、走れそうな気がしてくる。自分を信じてみたくなってくる。
 
言葉は力になる。
ずっとずっと、知っていたつもりだった。
むしろ、その力を信じて「広告」の道に進んだつもりだった。
 
仕事で文章やコピーを作るとき、
凝った言い回しや耳通りのいい言葉を選んで
ちょっとこなれたモノを作る自分にちょっぴり酔っていた。
 
大事なのは、そんな小細工なんかじゃない。
まっすぐに、飾らずに、精一杯届けようとする言葉以上に伝わるものなんてない。
力になってくれるものなんてない。
そんな大事なこと、子どもの頃から部活なり、受験なり、
色んなところで体験してきたはずだったのに、いつの間にか忘れていた。
言葉が持つ力を、まっすぐ伝えることの大切さを
沿道の人たちが教えてくれた。
 
その後も応援は絶えることなく、ゴールまで続く。
何百回、何千回の「頑張れー!」を浴び続ける。
言葉だけじゃなく、飲み物やお菓子までくれる人もいた。
 
人生で1番、最悪の1時間になるはずだった。
特に練習もせず、中途半端な気持ちで参加したはずだった。
なのに、ゴールが見えた瞬間にじんわり涙がこみ上げてくる。
 
言葉の持つ力を全身で感じた、最高の1時間が終わる。
 
ここからまた、始めよう。
 
 
***

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2017-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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