プロフェッショナル・ゼミ

女湯で頭を洗っていたのは……《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)

「もうそろそろ、あいつも移動教室とかあるからさ、大浴場に慣れておいた方がいいんじゃない?」
夫に言われ、そう言えば、息子は大浴場に入ったことがないんだ! と、気がついた。
「そうだね! じゃあ、近々、近くのスーパー銭湯に、連れて行ってよ。さすがに、女湯には連れて入れないからさ、私は」
「そりゃそうだけど、一緒に行って、風呂から上がったら、合流しようよ」
「ああ、そうか……だけど、なんか気乗りしないな」

私が、大浴場に最後に入ったのは、いつだったか?
少なくとも、小学3年生の息子が、生まれてからは、一度もない。
子連れ旅行に、なんとなく抵抗があり、初めて泊まりで旅行したのは、昨年の夏休みだったし、その時もホテルだったから、部屋のお風呂だった。
夫と行った旅行かな?
それとも、友だちと行った温泉かな?
いずれにしても、もう、10年以上も前のことだと思う。

もともと、温泉は、あまり好きではなかった。
のぼせやすいからかもしれない。
視力も悪いから、コンタクトや眼鏡を外さなければならない大浴場では、よく見えず、足元が不安なのもある。
こっちは、ぼんやりとしか見えないけれど、同じ女性とはいえ、人にジロジロ見られている可能性があると思うのも嫌だった。
体と頭をすばやく洗って、寒くない程度に温まり、さっさと後にしたい場所だった。

なんでだろう?
昔から、そうだったわけではないのに……

私が中学1年生になるまで、我が家は、風呂なしアパートだった。
だから、毎日、いや、もしかすると、一日おきくらいだったかもしれないけれど、近くの銭湯に通っていた。
物心ついた時から、風呂イコール銭湯だったから、好きも嫌いもなく、大浴場は、生活の一部だった。
だから、裸のまま、知らないおばさんと話すのも平気だったし、別に、その場に居る人が、太っていようが、痩せていようが、気にならなかった。もしかすると、スタイルのいいお姉さんもその場に居たかもしれないけれど、全く気がつかなかった。

もしも、今、息子が、女湯に入ったとしたらどうだろうか?
そもそも、小学3年生の息子は、女湯に、入れるのだろうか?
気になって調べてみると、現在、東京都の公衆浴場条例では「10歳以上」の男子は女湯に入れないらしい。
息子は、今、9歳だから、まだ、入れることは入れるのか。
ちなみに、「男女が混浴できる年齢」は、各都道府県の条例で定められているそうだけれど、その年齢が、自治体によって異なっていると知って驚いた。
東京都の10歳というのは、平均に近いようで、その幅は、京都府の7歳から、北海道の12歳までバラツキがあるらしい。
ならば、9歳の息子の女湯への入浴は、京都府では条例違反で、東京都や北海道では問題なしということか。
なんだか、不思議な気もするが、体や心の発達には個人差があるように、地域によって気の遣い方も違うんだなと思った。
私が、10歳の頃の東京都の条例は、定かではないけれど、確か、兄が小学2年生になるまでは、兄も私も、男湯と女湯を自由に行き来していた記憶がある。

最近、銭湯に行ったことがないので、現状はわからないけれど、当時は、男湯と女湯の間に、木の扉があって、小さな子どもが自由に行き来していた。
申し訳程度に、扉に、暖簾のようなものはついていたけれど、元気すぎる子どもが、派手に扉を開けると、男女の裸がお互い一瞬見えてしまうこともあった。
私も、小さい時は、そこを通っていたけれど、静かに扉を開け閉めしていたと言い切る自信はない。

兄が、小学2年生で、女湯に入らないようになったのは、同級生の女の子が女湯に入っていたのに気づいたのが、きっかけだったと思う。
兄は、当時、8歳だったけれど、同級生の裸を見るのが恥ずかしかったというよりも、自分の裸を同級生の女の子に見られるのが恥ずかしかったんだと思った。
私自身が、男湯に入らないようになったが、兄と同じタイミングの、私が幼稚園の年長の時だったのか、私が小学2年生になった時だったのかは、全く覚えていない。
けれど、兄が慌てて、木の扉から、男湯に移動した時のことだけは、なぜかはっきりと覚えている。

中学1年生の時に、お風呂がついているマンションに引っ越したのは、本当に嬉しかった。
当時、風呂なしアパートは、少なくなかったとはいえ、クラスのほとんどの子の家には、当然のように、お風呂があったから、ことさらに
「お風呂がある家に引っ越したんだよ!」
とは、恥ずかしくて言えなかった。
けれど、本当は、大きな声で、報告したいくらい嬉しかったのだ。
そして、それは、生活の一部だった銭湯との別れでもあった。

銭湯に行かなくなったからといって、修学旅行や友だちとの旅行での入浴時に、友だちに裸を見られることを、別に、嫌だとは感じていなかった。
むしろ、あまり、恥ずかしそうにしすぎることこそ、恥ずかしいとさえ思っていた。

そうだ、あの時も、別に、なんの憂いもなく、会社の同僚と大浴場に行ったのだった。
まさか、あんなことに巻き込まれるなんて思ってもみなかったけれど……

私が、短大を卒業して入行した銀行では、支店ごとに、毎年、「店内旅行」というものがあった。
金曜日の仕事が終わってから、バスを借り切って、関東近県の温泉宿に移動した。宴会をして、翌日、軽く観光して帰ってくるという、年に一度の行事だった。
業務ではないけれど、半ば強制的に、全員参加が前提だったから、特に、ベテランの女性は面倒くさがっていた。

私は、その時は2年目で、旅行の幹事のひとりだったので、準備や気遣いで大変だったけれど、それなりに楽しんではいた。

宴会が終わり、同期と一緒に、大浴場に行こうとしたのは、23:30くらいだったと思う。

「いやあ、疲れたね」
「宴会、結構、盛り上がってよかったよね」
同じ部屋の同期のハルカと労い合いながら、大浴場に行くと、もうひとりの同期のさおりが脱衣所に居て、もう服を脱ぎ始めていた。
裸を見せ合うことを気にしない、恥ずかしがらないと言っても、やはり、あまりジロジロと見ないようにはしているつもりだった。
だけど、さおりの胸はかなり大きくて、申し訳ないと思う間もなく、無意識に二度見してしまった。
「さおり、早いね」
二度見がばれないように、わざと、さおりの目を見て、そう言うと、さおりは笑って、浴室に入っていた。
さおりの胸についての感想を、ハルカと共有したかったけれど、それを口にすると、今から晒す自分の胸も、議題にあげることになるかもしれないと、我慢した。
静かに、服を脱ぎ始めようとした時、浴室の扉が開いて、さっき入って行ったばかりのさおりが血相を変えて、戻ってきた。
「え? どうした?」
「誰か、いる」
「誰かって?」
そりゃ、いくら、遅い時間とはいえ、大浴場には、誰かが入っていてもおかしくないはだろう。
「頭を洗ってる人が居たんだけれど、多分、あの背中は男だと思う」
「え? 本当に?」
「向こうは、さおりに気がついた?」
ハルカが、不安そうに聞いた。
「気がついてなかったと思う」
「とりあえず、さおり、一度、洋服着た方がいいんじゃない?」
「そうだね」
例え、さおりに気がついていなかったとしても、じきに、男は、脱衣所に上がってくるだろう。
「どうしようか」
このまま、ここに居て、裸の男が現れるのを待つのも嫌だ。
「誰か呼ぶ?」
「誰かって誰? 課長?」
いくら、会社の旅行だからって、業務じゃないんだから、課長じゃないだろう。
「課長は、男だから、もっとややこしくなるんじゃない?」
「うん」
すると、着替え終わったさおりが
「ちょっと、外に行って、助けを呼んでくる」
そう言って、廊下に出て行った。
「もうすぐ、出てくるかな?」
私は、どうしているべきかわからず、ソワソワしていた。
「ちょっと、ここに隠れていようか?」
ハルカが、そう言って指さした位置に、どうにか、2人なら隠れられるくらいのロッカーと壁の間の隙間があった。
「そうだね」
私たちは、小走りで、そこに隠れた。

男が出てくるのが先か、さおりが、助っ人を連れてくるのが先か、わからなかった。

できたら、さおりが、助っ人を連れてくるのが先の方がいい。
だけど、助っ人って、誰なんだろう?
課長でもダメ。
そうかといって、女性の先輩だって嫌だろう。

「こっちです!」
さおりの声がした。
どうやら、助けを呼んできてくれたようだった。
私の方が、ハルカよりも奥に隠れていたものだから、どんな人が来てくれたのか見えなかった。
ロッカーの端から、こっそりのぞいていたハルカが
「ああ、なるほど!」
なんて言うものだから、余計に気になった。
「誰がきたの?」
「さすが、いい人選!」
「だから、誰?」
「ほら?」
ようやく、場所を変わってくれたハルカと入れ替わりに、覗いてみると、そこには、納得の役割の人物がいた!
旅館の掃除のおばさんだった!

さおりの案内で、おばさんが浴室に入って行った。
もう、ハルカも私も、おばさんという援軍を得て、隙間から完全に出てきていた。
むしろ、浴室でこれから、どんなことが行われるだろうかということが気になって仕方なかった。
「コラ! 何している!」
さおりが見た時、頭を洗っていたはずの男は、のんびりと湯船につかっていたようだった。
「ここは、女湯だぞ!」
「え? 嘘でしょ? 今朝は確かに男湯だったよ」
驚いたような男の声がした。
「朝と、夜は、入れ替えなんだよ!」
どうやら、連泊の客で、その日の朝と、夜に入ったようだった。
単なる勘違いだとしたら、掃除のおばさんが、客に向かってそんな言い方をしていいのだろうか? 少しだけ、心がざわざわした。
「マジか!」
「いいから、さっさと出な!」
おばさんに、きつく言われて、男はようやく湯船から上がった。

私たちは、急いで、さっきの隙間に、今度は、3人で、ぎゅうぎゅうになって隠れた。

私は、脱衣所で、男が着替えている気配を感じながら
「ほら、ちゃんとここに女湯の暖簾がかかってるだろ! ちゃんと見るんだよ!」
おばさんが、容赦なく言っているのを聞いていた。
「はい。すみませんでした。気をつけます」
ようやく、観念して、男は謝った。
「部屋は、間違えないようにね、おやすみ」
最後に、若干柔らかく聞こえたおばさんの声に、少しホッとした。

「ごめんなさいね。怖かったでしょ」
おばさんは、隙間からゾロゾロ出て来た私たちには、優しかった。
「お風呂これからでしょ。もう大丈夫だからね。本当に、ごめんなさいね」
おばさんの笑顔を見ていたら、なぜか、涙が出そうになった。

その後、お風呂に入って、私たちは、あの男が、本当に、間違えたのか、間違えたフリをしていたのかについて話し合ったけれど、結論は出なかった。

帰りのバスの中が、その話で持ちきりになって盛り上がったし、誰かに直接的な被害があったわけでもないからよかった。
けれど、私が、入れ替え制のある温泉旅館の大浴場にあまり行きたくないと思い始めて、さらに、大浴場嫌いに拍車がかかった、きっかけにはなった。

いろいろ大浴場にまつわることを思い出してみたけれど、近くのスーパー銭湯に行きたくない本当の理由は、もっと単純で、今の、自分の裸が好きじゃないからかもしれない。
本当に親しい友だちや、あるいは、全く知らない人ならばいいけれど、単なる顔見知りとか挨拶程度の人と、近所のスーパー銭湯で、裸で会いたくないという単なる恥ずかしさだけなんだと思う。

何を恥ずかしいと思って、何を恥ずかしいと思わないかは、本当に個人差で、責めたり責められたりするものではないと思うけれど、もっと気軽に、裸になれたら、もっと楽に生きられるのかもしれないとも感じる。

ライティングにしても、自分のことをさらけ出して書いているつもりでも、まだ、ありのままの自分を認められず、隠していることがある気がする。
いや、隠しているつもりじゃなくて、隠していることにすら、気がついていない場合もあるのかもしれない。
意識して、自分を出していくのもいいけれど、書いていることで知らないうちに、露わになっていくものがあったとしたら、それはそれでいいなと思う。

今度、もしも、話題に出たら、一度、家族で、近くのスーパー銭湯に行ってみようかなと、少しだけ思えた。

***

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