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ふるさとグランプリ

桜散ったら一年生《ふるさとグランプリ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「東京って、ほんとに入学式のころ、桜が咲くんだ……」
満開の桜の下で迎える入学式なんて、フィクションだと思っていた。かつ丼を前に自白を迫る刑事や、偶然出会った美少女が転校してくるのと同じくらいのフィクション。
だって地元の福岡では、毎年、卒業式が終わったころに咲き始め、春休み中に満開を迎え、入学式には散ってしまっていたから。
例年、入学式まで桜が持ちはしないかと願い、天気予報と入学式までの日数を気にしながら、
「ああ、待って、もうちょっと、散っちゃう、散っちゃう、ああーっ!」
と、美しい桜吹雪を為すすべなく見ていた。
 
小学校に入って最初に教わったのが、校歌と、桜が咲いたら一年生と刷り込む歌だった。
入学式から数週間後の、「新一年生を迎える会」という名の全校集会で歌わされた記憶がある。
このときは、校庭の桜の様子と歌詞の内容とに違和感は覚えなかった。だって、歌詞の中の一年生より、歌っている私たちは数週間だけ未来にいるのだから。桜が散ってしまっていても当たり前なのだった。
 
仲良くなったクラスメイトと歌うのが楽しくて、何度も一緒に歌った。
翌年以降も、入ってくる新入生はみんなこの歌を歌わされたし、入学式シーズンにはお店のBGMなど、いたるところで耳にした。
いつの間にか、「入学式」と「満開の桜」が必ずセットでイメージされるようになっていた。
 
慌てたのは、中学校の入学式を控えた頃である。
それまでは、他人の入学式までに桜が散ってしまっていても、「残念だったねー」くらいにしか思っていなかった。
だが、こんどは自分の入学式である。
校門に立てかけられた「入学式」の看板の横で、満開の桜の下、記念写真を撮らなければならない。誕生日にろうそくが立てられたホールケーキが必要なように、入学式にはぜひとも桜が必要だった。
だが、一介の中学生がいくら心の中で願ったところで、散る桜を止めることはできなかった。
記念写真の桜は、花より葉のほうが目立っていた。
 
入学試験に合格したという通知が「サクラサク」という文言で来るということを知ったのは、初めての「受験生」という身分に落ち着かないでいる、中学三年生のときだった。
昔々、遠方の大学を受験して、合格発表の日に掲示板を見に行けない場合は、業者に結果を見てきてくれるように依頼した。受かっていたら「サクラサク」、落ちていたら「サクラチル」という電報が届いたとのこと。
私たちが受験したのは家から通える高校ばかりだったから、業者に依頼することはなかったけれど、「サクラサク」の文言だけは、あちこちで目にした。
ゲン担ぎのために買い集めたお菓子のパッケージ。教師や後輩、親からの応援メッセージ。
桜花のイメージは一切抜きで、ただ必死で問題集にかじりつき、「サクラを咲かせよう」としていた。
 
福岡市内の公立高校の合格発表は、中学校の卒業式の後にくる。
各々で結果を確認した後、中学校に報告に来るよう言われていた。
道すがら、梅がきれいに咲いていた。桜はまだ、つぼみが綻び始めたところだった。ただ、胸の内でだけ、満開に咲き誇っていた。
 
それから三年後。三月一日の卒業式を終えて、長い春休みに入った。やっと、長くてハードな大学受験から解放されたのだから、終日あそび倒したいところではあったが、引っ越しの準備に追われていた。
 
第一志望の大学の合否発表はまだ先だったが、「サクラチル」ことを確信していた。
何度も行われた模試でも、良くてC判定だった。過去問を解いて解説を読んでも、てんで見当違いの考え方をしていたことを思い知らされるだけだった。自分のできなさ加減に呆然とし、無力感が募っていった。受験当日、解答用紙は、ほとんど真っ白な状態で回収されていった。
同じ大学を目指していた同級生の中には、浪人して来年再チャレンジすると宣言している人もいた。高校の教師も、それを推奨していた。
でも、こんな苦行みたいな受験勉強を、また一年する? 無理無理! 耐えられない。
根性なしだった私は、第一志望をすっぱり諦めた。
 
幸いにも、他の大学に進学できることとなった。
進学先は東京だった。入学式までに引っ越して、片づけて、各種手続きをしなければならない。同時進行で、大学から送られてきた大量の資料に目を通し、新学期に履修する科目を申請しなければならない。
目が回るほど忙しかったが、そのおかげで、空虚な気持ちから目を背けていられた。
季節の移ろいなど気にする余裕もなく、福岡を発った。咲き始めていたはずの桜は、見ずじまいだった。
 
ワンルームの小さな部屋に、なんとか荷物を押しこんで、入学式の日を迎えた。
やっと乗り方を覚えた電車で、大学の最寄り駅に着くと、既にものすごい数の人だった。押し合いになって、転ばずに歩くのが精いっぱい。見えるのは前の人の背中と空だけ。その空に、白い花の枝が伸びているのが目に留まった。
「ん?」
あれは、もしかして、桜じゃないか?
今年は見ることがないと思っていた桜が、意外にもそこで花開いていた。
きれいだな、と思うと同時に、突然すがすがしい気分になった。春の日差しの温かさも心に染み入ってきて、麻痺していた感受性が息を吹き返したようだった。
 
あの歌がよみがえる。イメージの中だけと思っていた光景の中に、いま立っている。
桜が咲いて、その中で入学式が行われ、なんとか大学生となった。
胸の奥が、桜の花のように明るく、ポンポンと膨らんでいくようだ。
まるで、初めてあの歌を覚えた、一年生のときのように。
 
 
***

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