プロフェッショナル・ゼミ

秘密の扉を開けたら、他の誰かの秘密にもつながっているかもしれない《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)
【この話はフィクションです。】

「松山さま、ありがとうございました! またお待ちしています!」
「ありがとう。じゃあ、また」
笑顔でそう言って自動ドアを出ていく和也の姿を、私はうっとりと眺めていた。
本当はこの余韻を楽しみたいけれど、そうもいかない。
番号の呼び出しボタンを仕方なく押すと、貧乏ゆすりをしながら、番号の表示される画面をじっと見ていた岩田運送の経理の顔が輝いた。
「いやあ、今日も混んでるね! はい、奈央ちゃん、これ入金ね」
大量の紙幣と硬貨をカウンターに置いて、岩田運送の経理は大判のタオルハンカチで額の汗を拭った。
「畏まりました。お座りになってもう少々お待ちくださいませ」

「奈央は、わかりやすいね」
店のシャッターが閉まって、窓口の締めの作業をしている時に、となりのカウンターに座っていた樹里が、ニヤリとした。
「え? 何が?」
「気に入ってるお客さんと、そうでない人の差がありすぎ」
「そう?」
「そうだよ! だって、奈央は松山さんのこと好きでしょ?」
樹里はするどい。
「別に、好きってわけじゃないけどさ、イケメンだとは思っているよ」
「うん。まあ、それは認める。だけど、あそこまでカッコイイと、彼女いるか、いなかったとしたら、秘密がありそう」
「そうかな?」
少し不安になった。
「まあ、わかんないけれどね」
「樹里は、窓口で知り合って付き合うってありだと思う?」
「まあ、なしではないんじゃない?」
「おーい。窓口のふたり、しゃべってないで、ちゃんと働けよ」
支店長が見回ってきて、背筋が伸びた。
「はーい。わかりました」
樹里が左手をおでこに持って行って、敬礼のポーズをした。
「すみません」
私は小さく言って、仕事に戻った。

私と樹里は、銀行の今の支店に、同期で入行した。今年で3年目だ。
2年間、窓口の後方で、預金と内国為替の事務を習って、半年前から一緒に窓口に出ている。
樹里の指摘は、図星だった。
私は、よく窓口に来る松山和也のことをカッコイイと思っていた。
だけど、窓口に来ても、事務的なことしか話さなかったから、父親が経営する会社の経理を担当しているということくらいしか知らなかった。
笑った顔が好きだったから、機会があったら、もっと仲良くなりたいと思っていた。

その後も、ようやく、ひと言、ふた言、世間話程度はするようになったけれど、大きな進展もなく、月日は流れて行った。

「奈央さ、まだ、松山和也のこと気になってる?」
いつものように、窓口の締めの作業をしている時、久しぶりに、樹里が和也のことを聞いてきた。
「うん。まあ。そうは言っても、進展はなしだけど」
「そっか……。どうしようかな? 教えちゃおうかな? やっぱ、止めておこうかな?」
作業を続けながら独り言のように樹里が言うから、私は気になってしまった。
「なに? 何か知っているの?」
「うん……知りたい?」
「え? 怖い怖い。なんか嫌な情報?」
「そうね……」
「そっか……でも聞きたい!」
「わかった! 実はね、私見ちゃったの」
「え? 何を?」
「あのさ……」
私は、息を呑んだ。
「おーい。窓口のふたり、しゃべってないで、ちゃんと働けよ」
タイミング悪く、また、支店長に見回りに来て、話は中断された。

仕事が終わった後、ロッカーで、樹里から聞いた話は、衝撃的なものだった。
それは、松山和也がゲイかもしれないということだった。
なぜ、そう思ったのかと聞いたら、ひと月程前に、新宿で、男性と手をつなぎながら、寄り添うように歩いていたのを樹里が見かけたからだそうだった。
すぐに、私に言おうかどうか、躊躇していたらしい。
私は、信じたくなくて、見間違えじゃないかと言ったけれど、毎日のように窓口に来るあの顔を見間違えるはずがないと、樹里は言い切った。

「確かめに行く?」
「確かめるってどんな風に?」
「ふたりが入って行ったお店わかるよ。私も行ったことあるお店だったよ」
「え? そうなの?」
見て確かめたい気持ちと、そうでない気持ちを行ったり来たりしながら、私はだんだん興奮してきた。
「まあ、会えても会えなくても、行ってみようよ。ゲイバー結構楽しいよ!」
一回行ってみてもいいかな……。
和也のことも気になるけれど、ゲイバーという未知の場所に行くことにも、心が躍った。
「今日は、時間ある? よかったら、このまま行かない?」
「え? 今日?」
あまりに急で緊張したけど、やっぱり早く知りたいと思って、頷いた。
時計を見ると、午後7時少し前だった。
今から、新宿に行けば、午後8時前には着くだろう。

その店は、雑居ビルの地下にあった。
恐る恐る、樹里の後をついて、階段を下りていく。
もしひとりだったら、絶対に来ることはないだろうと思った。
ドアの前で、唾をごくりと飲んだ。
「行くよ」
緊張した私の様子を察したように、樹里がそう言って、扉を開いた。
ギイ……

「いらっしゃーい」
ママらしき男性がフランクにそう言ってくれて、一瞬にして、緊張がほぐれた。
お店は、そんなに広くはなくて、細長かった。
まだ、私たち以外に、お客さんはいないようだった。
「あら? 前に、会ったかしら?」
樹里の顔を見て、ママはそう言った。
「うん。樹里。前に、来たことあるよ。ひかるちゃんと」
「あ、ひかるちゃんね! 彼女は、今も、よく来てるわよ。賑やかな女の子よね。今日は、こちらのお嬢さんと?」
ようやく、私を見て、ママは笑ってくれた。
ママは、エアロビクスのインストラクターが化粧しているような外見だったけれど、とても、優しかった。
「こんばんは。初めまして。樹里と職場が一緒で……」
「そうなのね。何呑む?」
「じゃあ、私は、ジントニックを。奈央は?」
「じゃあ、ソルティドックをお願いします」
「はーい。マミちゃん、ジントニックとソルティドックお願い!」
「はーい。ママ」
カウンターの中にいる、ミスコンのファイナリストのような人が、そう答えた。
あまりの美しさに、驚いて、樹里を見た。
「そうだよ。男の人だよ。綺麗だよね?」
私の無言の質問に、樹里は、的確に答えてくれた。
「じゃあ、ごゆっくりね」
ママが去ろうとした時、樹里が、ママを呼び止めた。
「あ、ママ、ちょっと聞きたいことがあって……ママは、和也くん知ってる? 松山和也くん」
「和也くん……松山……あ、あのイケメンの彼ね、知ってるわ。彼もお友だち?」
「うん。まあ、友だちっていうか、ちょっとした知り合いなんだけど……ここには、よく来る?」
「そうね。ああ、そう言えば、ひと月くらい顔見ていないわね。前はよく来てくれたけれど」
「ママ、あんまり、いろんなこと、勝手に言っちゃまずいじゃない?」
私たちの注文した飲み物を持ってきてくれた美人のマミさんがそう言ったら
「あら、そうね。また怒られちゃうわ。ごゆっくりね」
ママは、肩をすぼめて、マミさんと一緒に、カウンターの中に入って行った。
これ以上のことは聞けなくて、私たちは、お酒を飲むしかなかった。
「今日は、会えなさそうだね」
樹里にそう言われて、私は、自分がホッとしていることに気がついた。
「そうだね。残念だけど、初めて、こういうお店に来られたから、それでいいや」
「そう言ってもらえたらよかった」
それから、時々、ドアが開いて、お客さんが入って来た。
ひとりの客もいれば、ふたり連れもいた。
男もいれば、女もいた。
おそらく和也は来ないだろうと思いながらも、ドアが開く度に、やはり、少し緊張した。
もう一杯ずつ、飲み物を頼んで、いい気分になった頃、樹里がぼそっと言った。
「最近さ、隼人とあんまり会ってなんだよね。連絡しても、返事ないし、他に女でもできたのかな?」
「え?」
隼人は、樹里の彼氏だ。もう、付き合って3年くらい経っているはずだ。細マッチョのなかなかのイケメンで、私も一度会ったことあった。
「家には行ってみたの?」
「何度かね、でも、居なかった」
「それって、大丈夫? 心配じゃない?」
「まあ、心配だけどさ、連絡つかないからどうしようもないよ。今日は、だから、呑もう」
「うん」
ついこの前まで、ふたりはラブラブだと聞いていたから、私もショックだった。
この日は、夕方から、びっくり続きだった。
今は、樹里に付き合って、楽しく吞むしかないと思い、そうした。

和也は、次の日も、窓口に来て、いつもの笑顔で帰って行った。
その背中を見つめながら
「松山さんは、よく新宿に行かれるんですか?」
と、心の中で聞いた。
本当に、聞いたら、どんな顔をするんだろう? 顔を真っ赤にするんだろうか?
戸惑う和也を、ちょっと見てみたいという意地悪な気持ちが湧いた上に、男の人と嬉しそうに手をつないでいる和也を想像したら、ドキドキしてきた。
私は、和也とどうしたんだろう?
そして、どうしようとしているんだろう?
自分でもよくわからなかった。
横を見ると、昨日のお酒が残っているのか、いつもよりも、気だるそうな樹里が座っていた。
「樹里、大丈夫?」
「え? どっち? 酒? 男?」
まだ、ロビーにお客さんが結構いたのに、樹里が大きな声で言ったから驚いた。
「樹里、ちょっと声大きいよ!」
「ああ」
我に返ったように、樹里が言って、笑っていたから、ホッとした。
まだ、その時は、あんな場面に遭遇するなんて思っていなかった。私も、樹里も。

私の和也への憧れにも似た恋心は、不思議なことに、だんだんと冷めていった。
その代わり、和也と誰かさんとの恋について、興味が湧いてきた。
ゲイとかレズビアンとか、そういった同性を愛する人がいることは、もちろん知っていたし、理解したい気持ちもあったけれど、実際に目の前に現れると、身構えてしまう気持ちが湧くことに戸惑った。
尊重しようとしながらも、どこか奇異な目で見てしまう自分を嫌悪した。

和也のことは、とりあえず、考えないでおこう……。

失恋というよりは、恋の入り口で堰き止められてしまった思いのやり場に困って、私は、写真を始めた。

風景写真を撮りたかったけれど、ひとりで山に行く勇気はなくて、とりあえず、都内の庭園で、花や風景を撮ることにした。

小石川植物園、六義園、浜離宮……、いろいろ巡って、その日は、新宿御苑に行った。
プラタナスの並木を広角レンズで撮っていた時、脇のつつじの茂みに人影を見た。

あれ?
整った見覚えのある顔立ちは、間違いなく、松山和也だった。
隣にいるのは……男性だ!

この状況をひとりで受け止めきれずに、私は、樹里にLINEを送った。
「樹里! 今、新宿御苑なんだけど、今、目の前に松山和也がいる。男性と一緒だよ!」
すぐに既読になって
「奈央、写メ送って!」
と返ってきた。
写真か!
望遠に換えて、撮ってみるか!
ドキドキした。
隠し撮りなんて、初めてだった。
後ろめたさもあり、近くの茂みに移動して、レンズの交換をした。
フゥっと、息を吐いて、茂みの隙間から、松山和也を探した。
さっきのつつじの茂みにふたりはまだいた。
さっきと違うのは、ふたりが抱き合っていることだった。
この角度からは、松山和也の顔があまりよく見えない!
でも、とりあえず、撮ろう!
パシャ
いつもよりもシャッター音が大きく聞こえる。
自分に心臓があることも、いつもよりも、確かに感じた。
だけど、相手の顔しか、はっきりわからない。
失敗だ……。
松山和也の顔を撮影するためには、反対側に回り込まなければならない。
こんなに大きなカメラを持っていたら、怪しまれないだろうか?
私だって、バレないだろうか?
だけど、やはり、撮らなければならない……。
誰のためかわからないけれど、私は、その時、写真を撮る使命に、熱くなっていた。

反対側に回り込もうと、茂みから出ようとした時、ふたりはハグを辞めて、手を繋いでこちらに向かって歩き出した。
チャンス!
私は、夢中で、シャッターを切った!
パシャ
パシャ
パシャ
ふたりの笑顔の写真が撮れた。

急いで、Wi-Fiで一眼レフのデーターをスマホに飛ばして、LINEを開くと、樹里から
「まだ?」
というメッセージが届いてた。
「写真撮ったよ。今から送るね!」
メッセージと共に、写真を2枚送った。
相手の顔しかはっきり写っていないハグの写真と、手を繋いだ笑顔のふたりの写真。
すぐに、既読になった。
だから、すぐに、返信が来ると思っていた。
それなのに、いくら待っても、返信がなかった。

なにか気を悪くするようなことしたかな?
文面を読み返したけれど、特に、思い当たるものがなかった。
「樹里、見た?」
夜に、もう一度、メッセージを送ってみたけれど、今度は既読にもならなかった。
どうしたんだろう? 明日、会社で、聞いてみるか……。

翌朝、銀行へ行くと、樹里は休んでいた。
「具合が悪いそうだよ」
課長が、そう教えてくれた。

もうひとつ、変わったことが起きた。
和也が、窓口に来なかったのだ。
その代わりに制服を着た、女の子が来た。
具合が悪いのか聞きたかったけれど、辞めておいた。
明日は来るかな……。

次の日、樹里は銀行に来た。

「樹里、どうした? 大丈夫?」
「奈央、いろいろごめんね。心配かけて」
泣きすぎたのか、目が腫れていた。
明らかに、いつもの元気がなかった。
和也は、その日も、姿を現さなかった。

「今日、ちょっとだけ、お茶できる?」
夕方、ロッカーで、樹里がそう言ってくれて、私は頷いた。

「実はね……」
そう話し始めてくれた樹里の話に、私は、またしても驚いた。

和也が抱き合っていた相手の男こそ、樹里の彼氏の隼人だったらしい!
「え? 隼人くんて、細マッチョだったよね……」
「あれから、何年経ったと思ってる? そりゃ、人も太りますよ」
そうか、だから、ふたりで居るところを見ても、私は、全くわからなかったのか。
「奈央からもらった写真を見てさ、びっくりして、その写真を隼人に送ったんだよ! そしたら、電話かかってきたよ。ずっとスルーしていたくせにさ」
「それで?」
「その後、3人で会ったんだ」
「え? 松山和也も交えて?」
「うん」
「『ごめん』って謝る一方でさ。話にならなかったよ……」
「松山和也は?」
「ずっと黙って下を向いてたよ。私の方が悪者みたいになっちゃてさ……」
そこまで言うと、樹里は声を上げて泣き出した。
「そうか……」
そのあと、樹里は、ふたりに、もうわかったと言って、お店を後にしたらしい。
「ふたりは、何で知り合ったの?」
「男の料理教室だって!」
「へー! 料理習ってたんだ」
「私、全然、知らなかったんだよ……ひと月前かららしいよ」
「私も松山和也のこと何にも知らなかったよ……」
「私たちさ、失恋しちゃったね。こんないいおっぱい、ふたつも持ってるのにさ」
泣き止んだ樹里が、少し笑って、そう言った。
「次は、おっぱいが好きないい男を探そうよ!」
今度は、私が、そう言ったら、樹里も笑ってくれて、ホッとした。

***

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