ふるさとグランプリ

車の免許をとるなら、福岡のほうがいい《ふるさとグランプリ》


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記事:バタバタ子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
ちょっとー、なんで突っ込んでくるの! こちとら教習車だよ? しかも今、のろのろ右折しようとしてたでしょ? 動いている教習車の前を、なんで生身の人間が平気な顔して横切っていくの? そこのおばさんも、お兄さんも、みんな! 東京の人間って、危機感なさすぎでしょ!
 
そんなこと、口に出せるわけもなく、汗ばんだ手でじっとハンドルを握り、ブレーキを踏む。
中央線、武蔵小金井駅の前。教習車にとっては、ぎりぎり、やっと通れるくらい、狭く感じる道。
目の前には、短い横断歩道。信号が変わっても、そこを渡る歩行者は途切れず、やっと途切れそうになって進もうとすると、新たな歩行者が突っ込んでくる。
時刻は夕方。薄暗くなり、視界が悪くなる時間帯。と同時に、帰宅する人々が増え始める時間帯でもある。
 
路上教習が始まって3回目のこの日、私はそれまでの人生の常識が覆される思いをしていた。
 
教習車といえば、その危険性は爆弾レベル。いつ事故を起こしてもおかしくない。
だから見かけたら、決して近寄ってはいけない。事故に巻き込まれるかもしれない。できるだけ距離をとるべし。可能ならば、回避して進むに越したことはない。
そういう教訓が、福岡で生まれ育った私には、物心つく前から刷り込まれていた。
 
運転マナーが悪いといわれることも多い福岡だが、それ以上に地元住民から危険視されているのが、教習車である。
ぱっと見て、判別しやすいから、目につくのかもしれない。
福岡でみかける教習車は、どこの教習所のものでも、すべて警告色をまとっている。
 
警告色というと、毒ガエルとか、毒ヘビとかの色だ。
毒々しい色といったほうが良いかもしれない。
悪目立ちするショッキングな色で、自分は危険な存在だとアピールする。そして、他の生き物に近寄らないでもらい、攻撃しないでもらう。そうすることで、実際に毒を発動せずとも、我が身を守ることができるのだ。
自然界で生き抜くための、効果的な知恵である。
 
その自然界の知恵を真似たのかどうかは知らないが、福岡を走る教習車は、どれも目立つ外見をしている。
だから、遠くからでも、一目で教習車だとわかる。
そして、福岡の住民は、車を運転する人も、しない人も、教習車はあぶなっかしい存在だと認識している。
それは、運転する親や先輩から教わったのかもしれないし、近所の人の話で覚えたのかもしれない。
とにかく、学校で教えたわけでもないのに、ホークスの応援歌のように、だれもが、いつの間にか、そう刷り込まれている。
それゆえ、教習車をみかけたら、他の車はいつも以上に車間距離をとる。歩行者なら、まず近寄らない。冒頭のように、角を曲がろうとする教習車の前を横切るなんて、「まぜるな危険」という表示を見たうえで混ぜているようなものだ。
 
そんな福岡で育ったものだから、東京の教習所に通い始めたときには、そこのおしゃれな教習車にまず驚いた。
「おしゃれ」というと、言い過ぎか。ダサくない教習車。普通に、通勤したり、買い物に行くときに乗っても恥ずかしくないような車。シルバーのセダン。
教習所のロゴは、注意しないと気づかないくらい控えめ。そのへんの社用車に書かれている社名よりも目立たない。
 
だから、教習コース周辺で生活する住民も、教習車と気づかないのか。あるいは、警告色をまとっていないために、危なっかしいという教訓を刷り込まれなかったのか。
路上に出て数回目の教習車でも、だれひとり避けることなく、普通の車と同じように接してきた。
 
今、一瞬でもブレーキを踏む足を緩めたら、この武蔵小金井駅前の横断歩道で、誰かを轢いてしまうかもしれない。
それもこれも、東京で、授業の合い間に免許をとろうしたからだ。こんなことなら、夏休みをつぶしてでも、福岡の教習所で、ド派手な教習車に乗って練習すればよかった。
その日は、心底そう思った。
 
そんな私でも、なんとか無事に教習を終えて、免許を取得することができた。
福岡に帰ってきた今は、毎日のように車を運転している。
教習所時代のように、必要以上に緊張したり、びくびくすることは、ほとんどなくなった。平常心で運転することができている。
 
「あっ、また教習車がいるよ」
「ちんたら走ってるねぇ。最近、多いよね」
「春休みももうすぐ終わりだから、休み中に免許とろうと、頑張ってるんだろうねぇ」
福岡の教習車の毒々しさは変わらない。
でも、自分も教習所で練習して、免許をとってみると、以前のように教習車が危険で迷惑なだけのものとは思えなくなった。
 
あの子も、びくびくしながら走っているんだろうな。
制限速度より大分ゆっくりだけど、私も最初は40キロで走るのがすごく怖かったもん。わかるわかる。
ウィンカー出してるのに、なかなか曲がらないね。出し間違った? あっ、やっと曲がった。隣に座る先生も、指示を早く出しすぎたって思ってそう。
急ブレーキ! 大丈夫、そんな気はしてた。私も教習中はへんなタイミングでブレーキ踏んでたし。
 
教習車は、爆弾のように危険な存在。
見かけたら、決して近寄ってはいけない。できる限り距離をとり、可能ならば、回避して進むに越したことはない。
 
それは確かにそうなのだが、それに加えて、優しくなる気持ちも湧くようになった。
福岡の教習車らしいド派手な外観も、毒ガエルや毒ヘビのような警告色というより、小学生の黄色い帽子のように思えてくる。
まるで、頼りない、可愛らしい後輩を見ているようだ。
 
 
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