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鶯谷のアブない夜会


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記事:中村公一(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
 鶯谷のダンスホールで、「変態の総合デパート」と言われているアブノーマルな夜会が、毎月第一土曜日に繰り広げられていることを、皆さまはご存じだろうか。
 私がその夜会に初めて参加したのは2015年の6月だった。当時私は22歳。就職活動まっただ中の時期だった。
 夜会については、私も以前から噂だけ聞いていた。しかし開催時間が24時から明け方までと言う点と、内容も変態的なものだと聞いていたので、参加をためらい続けていたのである。そう思っている内に、いつの間にか学生生活最後の年を迎えてしまっていた。
せめて学生の間に参加しておきたい。そう決心した私は、まだ肌寒さが残る6月の午前零時の鶯谷へ繰り出した。

 初めて降り立った鶯谷駅南口を出て、ネオンがきらめくラブホテル街に向かって歩き出すと、長い列が見えてきた。線路の上にかかる橋の階段を下りて、道路の向こう側にある会場、東京キネマ倶楽部まで長蛇の列が出来ている。私は早速自分の認識の甘さを思い知らされた。零時から開催されるので、十五分ごろに行けばすぐに入れるだろうと考えていたのだが、全くの裏目に出てしまった。
 とにかく列の最後尾に並ぶと、ガタイの良い派手なオカマさん、(ここではドラァグクイーンと呼ぶ。派手な衣装で厚化粧をしたダンサーさんである)が、注意書きの書かれた紙を手渡してきた。
 その注意書きが、長い。細かい字で2Lサイズの紙面にびっしりと書かれてある。内容は「会場内での酒・食事の販売はない」と言うようなものから、「相手の嫌がることはするな」と言うようなものなど、普通に過ごしていれば何という事はない事柄が羅列されていた。変態の夜会にも節度が求められていると言う訳だ。この辺、日本はしっかりしている。これだけしっかりした注意書きが配られるのであれば、もっと以前から参加しても大丈夫だったな、と、今更ながら二の足を踏み続けてきた自分を後悔した。
 そうしてる間に、私もようやく建物に入ることができた
受付でドラァグクイーンのスタッフへ参加費を支払い、入口をくぐった。
 そこに居たのはトップレスの初音ミクだった。
 入口に入ってすぐの壁に水槽が埋め込まれてあり、その中に初音ミクのコスプレをした若い女性がトップレスで横たわっていたのである。「水槽ガール」と呼ばれるれっきとした出演者だ。
 唖然とする私のアホ面を見た初音ミクは、にっこりとほほ笑んで手を振った。彼女はこうして来場客を迎えているのである。
 厚化粧のドラァグクイーンさんたちを見続けていた中で、女性のトップレス姿を見られた嬉しさは形容しがたい。
 良い気持ちで場内に入った。一階部分はオールスタンディングで、既にかなりの客が入っていた。その中に物販スペースがある。ステージ上では既にパフォーマンスが行われているようだった。
 そのパフォーマンスに、私は仰天した。
 女性が宙吊りになっているのだ。それもサーカスのようなワイヤーアクションではない。肩や背中などの皮膚にフックを直接刺して、宙吊りになっているのである。皮膚は客席から見ても解るくらい伸びている。しかもただ吊られているのではない。ブランコのように左右に動いているのだ。観ていて大変痛々しい。それでいて当の女性は平気そうな表情である。
 衝撃が重なりすぎている。取敢えず落ち着こうと机のあるスペースに行き、持ち込んだビールを開けた。するとそこへ、長身の白人男性がやってきた。
「おひとりですか」
 日本語が達者だった。私は学校以外で外国人と話す機会など無かったから緊張しつつも
「ええ。あなたは?」
 と、平静を装う。ビールの力もずいぶん借りていた。
彼だけではなく、この夜会には外国人が多い。実はこの夜会の事が外国人向けガイドブックに載ったようで、それで沢山の外国人が来場するようになったのだと言う。見ただけでも客層の2割は白人もしくは黒人で、見分けづらいだけでアジア系も居る筈だから、外国人の比率もかなりのものだ。
「日本語がお上手ですね。失礼ですがお生まれは」
「ありがとうございます。生まれはドイツです。日本には勉強できました。8月には帰っちゃうんですけどね」
彼はCLAMPの『xxxHolic』や『X』と言った、日本の漫画に触発されて日本文化そのものに興味を持ち、来日したのだと言う。私はたまたまCLAMPのファンだったので、非常にうれしい気持ちになる。まさか鶯谷の夜会でCLAMPが日独友好の懸け橋となるとは想像もしていなかった。彼と出会えただけで、私はこの夜会に来た甲斐があったと思えた。
 その後、彼は夜会に誘ったお仲間と合流し、私も他の物販コーナーなどを見るために分れた。
ステージでは、緊縛、女子プロレス、ドラァグクイーンのイベント告知などが次々に行われていく。観客席に目を向けると、性別や国籍を超えた交流が行われている。先程のドイツ人は何人もの人たちと酒を豪快に飲んでいる。酔いつぶれない事を祈った。
思っていたよりも、遙かに平和な時間が過ぎていた。確かに変態の夜会ではある。だが、この夜会は思っていた以上に、一般人から変態まで、どんな人間でも気軽に楽しめるイベントであった。趣味趣向、性別、性癖、そして国籍など、あらゆる人間を受け入れる懐の深さがこの夜会にはあった。実はかなりバリアフリーな空間なのである。
こういう怪しくも、どんな人間でも受け入れる懐の深いイベントがいったいどれくらいあるだろうと想像してみた。今は性表現の規制により成人コミック作家のツイッターアカウントがすぐ凍結され、同人誌の世界ですら規制の波が迫る世の中となっている。
だからこそこうしたイベントは存続していて欲しい。人に言えない嗜好がある、非日常の世界を体感したい、そう思う人のよりどころとなるのがこの夜会なのである。
 もちろん、節度は守らなければならない。怖い厚化粧のドラァグクイーンのお姉さまたちが、つまみ出してしまうからだ。ちなみにこれは泥酔者にもあてはまる。先程から二人くらい泥酔した人を抱えた「彼女達」を観ているのでよくわかる。ビール一本だけでやめておいたのは大正解だった。
 そこへ、またもや泥酔者が運ばれて行った。私はそれを見て驚愕した。あのドイツ人だったのだ。
 彼はドラァグクイーン二人に抱えられながら、我々が昇ってきたエレベーターで下の階まで運ばれていった。
 このドイツ人がどうなったのかは、遂にわからなかった。
 もし夜会に参加するとなったら、注意事項だけは守ることをお勧めする。
 そうしたら大変平和な「変態の総合デパート」を楽しめる筈である。

 
 
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2017-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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