プロフェッショナル・ゼミ

「道」を外した「裏切り者」が見た真理《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:よめぞう(プロフェッショナル・ゼミ)

「今のあなたのようでは、良い就職も幸せな結婚もないでしょう」

緊張で張りつめた空気の和室の奥で、先生の声が静かに響いた。
私は、大学3年生の終わりに茶道部を辞めた。

酷い言われようだけど、仕方がなかった。
先生や先輩の期待を大幅に「裏切った」のだから……「裏切り者」が無責任に辞めるのだ。そんな酷いやつがこの先、幸せになるなんてあってはならないのだ。

今思えば、茶道部に入ろうとした動機も不純だ。
奨学金を借りて学費を払い、実家暮らしとはいえ、アルバイト代で生活費を賄う生活をしていた私にとって、部活は無縁のはずだった。それなのに、たまたま学食で「茶道部、部員募集! 毎週金曜日15時30分から」という掲示を見つけてしまったのだ。

週1回、悪くはない。
これなら無理なくやれるだろう。
茶道ってお菓子食べられるし、楽そうやん。
楽して就活の時に「部活」の経歴残るのは……アリだ!

そう思い立った時にはもう、私は和室の前に立っていた。
和室の重い扉を開くと、お茶の柔らかくほろ苦い香りがフワッと私を迎えてくれた。

「こんにちはー! 見学ですね!」

はい、そうですと告げると先輩にあれよあれよと畳の方へ連れて行かれた。

「今から、お点前をするのでお客さんで入ってください」

そう先輩に言われるがまま、和室の端へと座らされた。
これから私は一体どうなるんだろう? という不安がよぎった。

「じゃあ、始めましょうか」

という先輩の一言で穏やかな空気が一変、緊張感のある空気に包まれた。

左前の襖がススーッと開いた。
すると、襖の奥から稽古着に身を包んだ先輩が現れた。
正座をしたままこちらに深く一礼をした後、スッと立ち上がり、すり足で右前の風炉釜まで道具を持って進んできた。
道具をきちんと並べた後、腰につけた袱紗を取り出してパチンと音を鳴らした。
これは何をしているんだろう? と気になっていると、また左前の襖の向こうから別の先輩がお菓子を運んできた。

「こうやって受け取ってね」

という先輩の姿を見よう見まねで、なんとかお菓子を受け取った。
そして、先輩のお菓子の食べている姿を見ながら同じようにお菓子を頂いた。

初めてで緊張していたせいかもしれないが、体の中に程よい甘さが染み渡って行った。

お菓子を食べ終わる頃、ちょうど私の目の前にはお抹茶が運ばれてきた。
お茶碗の中には、泡が立っていない部分が三日月の形に見える綺麗なお抹茶があった。

「これを、こうやって受け取って……」
そういう先輩の動きを見ながら、ぎこちない動きだけれど、なんとか頂くことができた。そしてお抹茶をいただき終わる頃、私は思い出したように目の前でお点前をしている先輩の姿を見た。

私が終わる頃と合わせて、お点前もちょうど終わるところだった。

スッとまた立ち上がり、今度は左前の方へススーッと戻っていく。
そしてまた正座をして深く一礼をした。

ほんの一瞬、時が止まったような気がした。

「ふう、ありがとうございましたー」

と、先輩の明るい声で和室にまた穏やかな空気が戻ってきた。

私は、目の前で起きたことに体が追いついていなかった。
ナメてた、完全に茶道をナメてた。

茶道なんて綺麗な着物を着て、ただのんびりお茶をいただくものだと思い込んでいた。
その思い込みを、たった20分ほどのお点前が見事にコナゴナに崩してくれた。

茶道は、いうならば和室のスポーツだ。
スポーツ、と言っても野球やサッカーのように相手と直接戦うというよりは、シンクロナイズドスイミングみたいに全体で一つのものを作り上げる競技に似ている。お茶を点てる亭主はもちろん、裏方の水屋の人やお客様まで、その場にいるみんなが一つのお点前を作り上げている。

亭主は自分のお点前を淡々と、正確に美しく進めながらお客様のお菓子を食べ終わるタイミングを逃さずお茶を出さなければならない。水屋はお客様の人数に応じて、亭主が絶妙なタイミングでお茶が出せるようにお菓子やお茶を運ばなければならない。さらにはお客様も亭主がお茶を出すまでにお菓子を取り、食べ終わらなければならない。全員が相手のことを気にかけながらも、与えられた役割を忠実に遂行しなければならないのである。

週一回の練習でこんなにすごいことができるなんてすごい!
茶道にさほど期待していなかった分、感動は大きかった。
茶道部に入らない理由なんて、どこにも見つからなかった。

結局、その日のうちに入部の申し込みを済ませて、私は茶道部員になった。
そして、入部して間も無く「道」を極めるのは大変なことだということを痛感した。

お茶席の流れや、裏方の動き、お点前の作法と覚えることはたくさんあった。
週一回の稽古には、本当に自宅で茶道を教えている先生が稽古をつけに来てくれた。私たち「大学生の部活動」であっても決して手を抜くことなく、優しく、そして時に厳しく指導をしてくれた。そういう先生の指導がありがたく、1日でも上達したい、早く立派なお点前ができるようになりたいと私は常に思っていた。だから、稽古がある日は誰よりも早く和室にやって来て一人準備を始めた。そして、黙々とみんなが来るまで自主練習に励んでいた。

その成果はすぐに現れた。
私は、同級生の中でも飛び抜けてお点前が上達した。
流れや作法が身について来ると、見える景色が変わって見えた。
淡々とお点前をしながらも、お客様の様子や水屋の動きが手に取るようにわかるのだ。

あ、このお客様はお菓子を食べるのが早いから少し早めに動かないと……
水屋がお菓子の器を引くのが遅い! 少しゆっくり動いてみよう……

周りの動きに合わせて、私はどう動けば良いのかというのがわかるようになって来た。そうなって来ると、部の動きでも周りの動きに合わせて自分が取るべき動きができるようになった。

そして、私はより一層稽古に励んだ。
たとえ、授業を休むことはあっても部活を休むことはほとんどなかった。

いつしか私は大学3年生になっていた。
3年生になると、部を運営する側にならなければならなかった。
私は、周りからの推薦もあり「部長」になった。

「あなたたちの学年は本当に良いわ。きっと学祭も例年になく良いものになるでしょう」

先生からも期待の眼差しを向けられていた。
同級生はみんな個性が強く、性格はそれぞれ違っていた。けれども、それが良い方向に働いた。みんながそれぞれの得意なことを率先して取り組んで、不得意なものは他の人が何も言わなくてもカバーに入るという理想的な仲間だった。

一つ一つの行事が終わるたびに、先生はとても褒めてくれた。

「今年は動きがとても良いです。これは学祭が期待できますね」

そう言われると、本当に嬉しくて天にも昇る気持ちになった。
私たちはできる、学祭は絶対に良いものにしようねと合言葉のように同級生みんなでよく話し合った。

けれども、そんなに世の中うまくはいかなかった。

よりによって「学祭」当日にそれは起こってしまった。
早朝から、私たちはお湯を沸かしたり、お茶碗を温めたりと準備に追われていた。

「部長! 一体これはどういうことですか!」

先生の大きな声が部屋いっぱいに響き渡った。
私は慌てて声のする方へ走って行った。
目線の先には、お抹茶を濾す濾し器が汚れたまま放置されていた。
けれども、これは私がやったものではなかった。

「すみませんでした。私の確認不足です……」

「そんなことが通じると思っているんですか! 学祭本番ですよ!」

先生の怒りの雰囲気が部屋の中を包んでいった。
雰囲気は最悪だった。

もう、この後は目も当てられないほど酷いものだった。
普段、こんなことで先生は決して怒る人ではなかった。けれどもこの日は違った。お茶席とお茶席の間では常に「部長!」と呼びつけられ「これはどういうことなのか」と怒られ続けた。それでも、来てくれるお客様のために私は頑張り続けた。もう、最後の方は早く学祭が終わってしまえとさえ思った。

なんとか学祭が終わって反省会が始まった。

「あなたたちにはがっかりです」

先生が悔しそうな表情をしながらそう言った。

「こんな……こんなはずじゃなかった!」

4年生の先輩が泣きながら私をにらみつけていた。

もう、私はわけがわからなかった。
否定的な言葉をシャワーのように浴びせられながら、私はどうして怒られているのか、どうしてこんなことになったのかを考えていた。

私は頑張ることで「期待させすぎた」のだ。
この子なら、うまくまとめてくれる。
この子達なら良い学祭ができる。

これまでが本当に上手くいきすぎたせいで、私たちの実力よりも周りの期待が大きくなりすぎたのだ。その結果、実力と期待のギャップに気づいた時にはもう手遅れで、私は期待を裏切った「裏切り者」になってしまった。

先輩からは「感謝の気持ち」が足りないだの、成長が見られないだのと言われ続けた。先生からは、見放され風当たりがとても強くなった。

私は、そんな中で部活を続けるのはもう無理だと思った。
そして、辞める決心をした。

茶道部を辞めてから、先生の最後の言葉は毎晩私を苦しめた。
「今のあなたでは、良い就職も幸せな結婚もないでしょう」という言葉から逃げるように、就活をした。就職氷河期だったにもかかわらず、第一志望の地場では大手の会社に就職することができた。それから程なくして結婚して、家庭も持てた。

部活をやめて7年になった。
茶道から離れたはずの私はその真理に気づいた。

茶道の心理とは、独りになること、平常心でいること、思いやりを持つことだ。
独りになるということは、ブレない気持ちを持つということ。
平常心でいることは、感情に流されないということ。
そして思いやりを持つことは相手のことを考えるということだ。

良いお点前のために、お客様にどう満足してもらえるか。
その一点に向かって動くために、個人の感情なんて不必要だ。
どんなに自分がアツい思いを持っていても、それはお客様には関係ないのだ。

お客様に満足してもらえるためにみんなで最高の動きをする。
それこそが良いお茶席を作り上げるために必要なことだった。

私たちの学祭が失敗した原因は、周りに対して過度に期待をさせたことではない。周りの感情をコントロールすることができなかった私の力不足だ。
皮肉にも「裏切り者」になってようやく気づくことができた。

学祭が終わってからすぐは、どうにかして「裏切り者」というレッテルを剥がそうと奮闘していた。けれども、頑張れば頑張るほど「裏切り者」という罪は私に重くのしかかって来た。
苦しんで、苦しんで、苦しみぬいた末に、私がようやく見つけた答えは「裏切り者」でいることだった。

「裏切り者」になった以上「良い子」でいたいと思うのは私のエゴだ。
「道」を極める上で、私情はいらない。
それなら、いっそ「裏切り者」を極めてやろうと思っている。

「良い就職も幸せな結婚」も手に入れた。
それは「裏切り者」という与えられた役割を頑張ったからだと確信している。

私は茶道の「道」からは外れてしまった。
けれども私の生きる「道」はこれからもずっとまっすぐ続いている。

生きているうちに茶道をすることは、もうないかもしれない。
ただ、あの空間で手に入れた「宝物」は、今日も私の目の前に続く「道」に明るい道筋を照らしてくれている。

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