プロフェッショナル・ゼミ

彼女が思い描く未来は、できることなら訪れないでほしい。《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:和智弘子(プロフェッショナル・ゼミ)
*このお話はフィクションです

「もうさー、ほんとイライラするんだよねえ」

恭子は、アイスコーヒーにポーションミルクを入れて、ストローでぐるぐるとかき回している。勢いが強すぎて、グラスから氷が飛び出さんばかりだ。

恭子がぶうぶう文句を言い出すのはいつものことだった。たいていは義理の母親とのイザコザについて。夫が恭子の味方になってくれないことにも、腹立たしいらしい。
恭子はひとくちだけアイスコーヒーを飲んで、少しばかり顔をしかめながら、話し続けた。

「こっちだってさ、まじめにやってるんだから、ばかばかしいわよ。恭子さんのお料理、ちょっと味が濃いわねえ? こんなの毎日食べさせられてたら高血圧とか、糖尿病とか、病気にされて殺されちゃうわ、なんて言うんだから……。あー、思い出しただけでも腹立つわ」

久しぶりにお茶でもしない? と連絡をして、一年ぶりぐらいに会う恭子は相変わらずだった。グチっぽいのは大学の頃から変わらないし、なんだかんだいっても文句をいっているときの恭子は元気なのだ。本当に元気がないときは、閉じこもった巻貝のように、静かにしている。

「優子は最近どうなの? ちょっとは落ち着いたの?」
ひとしきり自分のグチを吐き出したことでスッキリしたのか、恭子は優子の顔色をうかがいながら、おそるおそる訊ねた。

「……うん。まあ、もう大丈夫かなー? ほんと去年は心配かけちゃってごめんね」
優子は申し訳なさそうに、恭子に謝った。
「迷惑なんて、とんでもない! ……でも、浩平がまさか浮気するなんてさ。いまだに信じられないけどね。大学のときから、あいつ、優子ひとすじだったのにねえ」
「ねえ……。わたしも信じられないよ。結婚して、いつもそばにいると、独占欲みたいなものは薄らいじゃうのかな……。でもさ、まあ、一応相手のオンナとも別れたみたいだし、ね」

恭子が優子に「会おう」と連絡をとれずにいた一年のあいだに、LINEでのやりとりは何度もしていた。電話で長い時間話したこともあった。
けれど「ねえ? ちょっと大丈夫? 直接会って話聞くよ?」と恭子が何度言っても、優子はウンと首をたてに振らなかった。
「いま、結構ボロボロで。いくら恭子でも、会うのきつくて。心配してくれてるのに、ごめん」
と電話のむこうで優子が泣きながら苦しそうに吐き出した言葉を、恭子は無理矢理「わかった」というしかなかった。こんなやりとりを何度もした。

久しぶりに顔を会わせると、優子は一年前よりもかなり痩せていた。柔らかそうだった頬はげっそりとこけているし、目の下にはクマができている。いつも明るい表情だったのに、いまではすこし暗い影をのぞかせていた。つらい思いをしたんだということは、恭子にしてみれば一目瞭然だった。

優子は少しめんどくさそうに、アイスカフェラテを一口だけ飲んだ。そのしぐさは、「この冷たい飲み物で頭を冷やしたから、大丈夫よ」とでもいわんばかりだった。

どこか遠くを見ているかのような、ぼんやりとした視線を巡らせていたけれど、優子は突然、目の奥に、ぎらりとあやしげな光をたたえた。
そして、何でもないことのように、話し出した。

「じつはね、わたし、浩平くんのことをいつでも殺せるんだ、って分かってから、すっごく気が楽になったんだよね」

思いがけない告白をされて、恭子はぎょっとした。
「アイスコーヒーを飲んでいるタイミングじゃなくて良かった。口に含んでいたら、確実にふきだしてたよ……」

優子の言葉をとっさには受け止めきれず、恭子はおどけた言葉を口にした。

「もう、なに? 急に。あ! もしかして、わたしが義理の母親に言われたみたいに料理の味付け濃くしたりってこと?」

優子の言葉が、本気なのか冗談なのか、恭子には区別がつかなかった。そのために、どうしても真剣に受け止めていいのかわからなかった。いや、恭子は真剣にうけとめるのが怖かった。ナイフのように、ぎらりと光った優子の目を見てしまっていたから。

「あのね、浩平くんさ、わりと頻繁に『頭いたいー』って言うのね。パソコンに向かう姿勢が良くないらしくて。なんか、肩こりから頭痛になるみたいなの。でね、わたしも結構生理痛がひどいし、うちには痛み止めのお薬がたくさん常備されてるの」

優子が話し出したことは、本当にありふれた日常だった。それを聞いて恭子はすこしばかり胸をなで下ろした。
「あー、優子は大学のときから生理痛ひどかったもんね。貧血になったりしてさ。痛み止めがないと、いつもキツそうだったよね。わたしが持ってたのをあげたりしてさ」
恭子は大学時代を思い出しながらうなずいた。
優子は、恭子が話を聞こうという姿勢をもっていることに対して安心感を得たようで、話し続けた。

「それでね、わたしがいつも使ってる痛み止めを、浩平くんも飲んでたの。でもね、一ヶ月くらい前のことなんだけどね」

そこまでいって、優子はまたアイスカフェラテをコクリとひとくち、口に含ませた。ヒートアップする気持ちを落ち着けようとしているみたいだ。気持ちの冷却装置の役割を任されてしまったアイスカフェラテは、緊張しているかのように、グラスの表面にだらだらと汗をかいている。

「痛み止めを飲んでから、急に様子がおかしくなっちゃって。顔は腫れ上がってくるし、呼吸困難にもなってしまって。あわてて救急車を呼んだのよ」

徐々に話が深刻になってきたな。恭子は心のなかで思いながら、真剣な表情で話しつづける優子の表情に魅入っていた。

「もう、わたしも本当に慌てちゃって。救急隊員の人にいろいろ質問されたり。目の前では浩平くんが苦しそうにしているし。でも、心のどこかで『浮気なんかするから罰があたったのよ、ざまあみろ』って考えている自分もいたりして。とにかく混乱したわよ」

そうして、優子はまた、アイスカフェラテに口をつけた。その時のことを思い返しているのだろう。優子は恭子に話している、というよりも、ひとりごとのように、自分の気持ちを思い返しながら話しているように見えた。

「病院に運ばれてね、わたしは待合室で静かに待ってたの。何が原因なんだろう? って心配だったし、心細かった。浩平君はあれこれ検査されてね。その時は意識もなかったのよ。……少し容態が落ち着いたからって、お医者様にわたしが呼ばれてね。何でこんなことになってるのか話を聞いたんだけど」

優子の目がまたしてもぎらりと光った。
恭子は優子がみせる、その目つきにゾクリと背筋が寒くなる。けれど、あやしげな光を放つその目を、見つめずにはいられなくなっていた。

「何が原因か、すぐに分かったんだ?」
恭子は、続きが早く聞きたくて、前のめりになって相槌をうった。

「うん。それがね、浩平君の症状は『アレルギー』が原因だったのよ」
「アレルギー? でもそれって、おそばを食べるとダメだとか、スギの花粉で花粉症になったり、とか、その程度じゃないの?」
「それもそうなんだけどさ。『アナフィラキシーショック*』って聞いたことない? ハチに刺されたらやばい、とかって」
「確かに聞いたことあるわ」
恭子は、小さいころにハチに刺されたことがあった。
そのために、「もう一度ハチに刺されるとアレルギーによってショック状態になるかもしれないから気をつけなさい」と、両親から何度も注意をされていた。

「浩平君の場合、そのアレルギーの原因が、痛み止めのお薬だったのよ。詳しいことは……聞いたけど忘れちゃった。でも、お薬に含まれている成分がアレルギーを引き起こしたんだって説明されたわ」
「そんなこと、あるんだね」

恭子はお薬が引き起こすアレルギーについてはじめて耳にしたので、ちょっとびっくりしていた。
優子はうなずきながら、話を続けた。
「でね、そのお薬の成分が、わりといろんなお薬に入っているらしくて。最近だと痛み止めだけじゃなくて、市販されている風邪薬にもはいってるんだって。だから、お薬を購入するときには気をつけなきゃいけないし、誰かからお薬をもらって、飲んだりするのもやめたほうがいいってお医者様に言われたの。お家のお薬のことなんかは、奥様が管理されているでしょうから、って。お薬のアレルギーは本当に危なくて、次にその成分を含んでいるお薬を飲んでしまったら、命に関わるんだって」

優子はそこまでいうと、にっこりと笑って、心底嬉しそうな顔をした。
そして、話を続けた。

「お医者様に聞いたときには、『そうなんだ、気をつけなきゃ』って思ったのよ。だけどね、考えてみて? わたしがいつも飲んでいる、痛み止めのお薬が、浩平君の命をさ、奪うこともできるんだよ? すごいと思わない?」

恭子はごくり、と唾を飲み込んだ。
優子はとても嬉しそうに話している。
まるで「すてきな宝物をみつけたんだ」と言わんばかりに。けれど、その内容は……。一種の殺人計画だ……。

「まだ家には、たっぷりと、その痛み止めがあるんだよね。わたしが飲むし。浩平君もいまのところは気をつけてるけど、けっこう無頓着だから。すぐに、なんでも、忘れちゃうのよ」

そういって、優子はグアイスカフェラテのグラスをガッと力強くつかんで、一気に飲み干した。

「わたしが作った料理とかに混ぜてもバレないかなあ? とか、いろいろ考えちゃうのよ。ほら、お味噌汁とか。浩平くん、お味噌汁すきだから。ふふ、そしたら楽しくて。浩平君がまた、わたしを裏切るようなことをすれば、いつでも簡単に殺してしまうこともできるんだって思うとね。浩平君が苦しむ姿が目に浮かんでくるとね、すうっと気持ちが楽になるんだよね」

優子は無邪気な少女のように、満面の笑みを浮かべていた。
ただ、目の奥にある、ぎらりとした光はずっと変わらず、にあやしくその場所に居座り続けていた。

恭子の前におかれたアイスコーヒーは、すっかり氷も溶けてしまっていた。それはまるで、うすい泥水のような色に変わっていて、二度と手をつけられることはなかった。

*アナフィラキシーショックとは(Wikipediaより、一部抜粋)
アナフィラキシーショックはI型アレルギー反応の一つである。外来抗原に対する過剰な免疫応答が原因で、好塩基球表面のIgEがアレルゲンと結合して血小板凝固因子が全身に放出され、毛細血管拡張を引き起こすためにショックに陥る。(以下省略)

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