メディアグランプリ

30分間の奮闘と絶望、しかしそこから救ってくれたのは……。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:能勢 ゆき(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
事件は、仕事が終わり家路へと急いでいた、まさにその時に起こったのだ。
その日は朝早くから仕事があったので、仕事が終わってから帰るときには疲れも重なってすぐにでも寝てしまいそうなほど瞼が重かった。

 職場から家までは、公共交通機関を使って二時間以上と時間がかかる。この時間に十分寝ることだってできるのだが、そんなことをしてしまうのは余りにも勿体ない。それだけ時間があれば、読みかけの小説だって読めるし、次の企画だって練れるし、ライティングのネタだって考えられる。

電車に乗り込む前に、一つ気合を入れる。
さぁ、この時間を有効に使おう。あともうひと踏ん張りだ。

そうして電車に乗り込むと、車両の一番奥の席が空いていた。迷わずそこに腰かける。
この電車の座席は、横に長い椅子ではなく二人掛けの椅子が、前後で向かい合っているタイプのもので椅子を回転させて向きを変えることが可能だ。だが、私が座った座席は一番端の席だったため椅子の背が電車の壁とくっついており、向きを変えることができなかった。

この椅子を選んでしまった。その一つの選択が、この後悲劇を生むことになるとは、
その時の私はまるで想像もしていなかった。

電車が動き始めて、私は早速戦闘モードに入った。とりあえずまずは、次の企画の
告知文を考えよう。それに目途がつけば〆切が近づいているライティングの課題を考えて。小説も読めたらいいなぁ。

頭の中でやるべきことの優先順位をつけて、早速取り組み始めたのは良かったのだが自分の意思とは裏腹に睡魔が襲ってきてなかなかはかどらない。その時、私は携帯のメモを使って記事の下書きをしていたのだが、ふっと意識が遠のいていくような感覚に陥った。そして次に意識が戻った時には携帯が手から忽然と消えていた。

慌てて周りを探してみるが、目で見える範囲には見当たらない。考えたくはなかったが、座席と壁の間にできた僅かな隙間の間に落ちて挟まっているかもしれない……。

私は、目を凝らしてその隙間を覗いてみた。ちらっと見えるピンク色。
あぁ、間違えなくあれは私のスマホのケースだ。嫌な予感が的中してしまった……。

そこから、終点の梅田駅までの約30分間、携帯救出作戦が決行された。
まずは普通に隙間に手を突っ込んでみる。だがこれが届きそうで届かない。もう少し指が長ければ……。

次に持っていたセンスを隙間に突っ込んでみる。長さは足りそうだ。だが、幅があり携帯に届くまでにつっかえてしまって、結局動かすこともできない。

今度は席から立って、椅子の下から携帯を探り当てる作戦に出た。
だが、結局これも失敗に終わった。下から手を入れてもぎりぎり届かないところに綺麗に挟まってしまっているのである。椅子が動かない分、取るのが非常難しそうだ。

いやー、これは参った。最悪、駅長さんに言ってとってもらうということもできるのだが、面倒なことはなるべく避けたかった。場合によっては、すぐ手元に戻って来るとは限らない。完全に自分が悪いことはわかっているが、無性に苛立つ。疲れている上にこの悲劇に見舞われるというダブルパンチを食らい、思わず舌打ちしそうになるのをぐっとこらえた。

しかしこの後、思いがけない救世主が一人、また一人と現れるのだ。
最初に私に声をかけてきてくれたのは、前の座席に座っていた高齢の女性二人であった。

「ねーちゃん、どうしたんや? その隙間に何かおったんか?」
「いやー、ちょうどこの間に携帯を落としてしまって……。上からも下からも試してみましたが、ダメですね」

私がそう言うと、二人は「あら、それは大変やないの!! これ使ってとれへんかな?」と、何か棒状のようなものをカバンから取り出した。よく見てみるとそれは物差しであった。だがそれでも、携帯に届かない。

「ありがとうございます。でもダメみたいです」
「あらぁ、残念ね。深いところに入ってしまったのね……」

そんな私たちのやり取りを見ていたおじさんが今度は、声をかけてきた。

「それな、後で車掌さんに言い。それで取ってもらいなさい」
おじさんがそうやって優しく言うので、さっきまでは絶対車窓さんに言うのは嫌だと頑なに思っていた気持ちがすーっと消えていき、落ち着きを取り戻した。

どうせ仕事は終わったんだ。急がなくてもいいし、後で車掌さんを呼ぼう。

そこで一旦、携帯救出活動は中断したのだが、この一部始終を見ていたお兄さんから突然、声がかかった。

「これ使ったら、とれませんか?」

そう言ってお兄さんが私に差し出してきたのは、バインダー。これなら薄いし細い隙間にも入るだろう。

私はすぐに救出活動を再会した。この頃になると、私の周辺にいた乗客たちは何が起こったのかを把握しはじめ、みんなが携帯の行く末を見守っていた。

バインダーを差し込む。入った。もう少し奥に移動させてみる。するすると入っていき、ついに携帯の端を捉えることができた。

「あ、届いた!」

私が思わず声を上げると、お兄さんを筆頭に私の様子を見ていた周りの人たちが「お。ひっぱれー」「出せるか? 頑張れよ」などと声援を送ってくる。

その声に背中を押されて、私も頑張るのだが上手く携帯がバインダーに引っかからず、びくともしない。

するとお兄さんが、隙間に手を突っ込んだ。

「あー、これ届きそう……。俺上からいくから、下から手入れてもらえる?」

お兄さんに言われ、私は座席の下に手を入れる。
そしてついにその時は、やってきた。

二人で協力したことによって、隙間の陰に隠れていた携帯が顔を出したのである。

その瞬間の車内の様子を想像できるだろうか。

私たちの様子を見守っていた人々から、一斉に歓声が上がる。

「よっしゃ! 出てきた、出た来た!」
「ようやった、兄ちゃん。姉ちゃんよかったなぁ」
「おっ! おめでとう」

携帯は、無事私の手元に戻ってきた。気がつけば、この騒動で眠気は吹っ飛んでいた。

「みなさん、本当にありがとうございました。助かりました」
私が頭を下げると、最後に携帯を取ってくれたお兄さんが言った。

「いや、実は俺も隙間に落としたことあるんよ。届け出たら戻ってはくるけど、めっちゃ時間かかるし。よかった、助けられて」

たまたまそこに乗り合わせた人間が、こうして一つの事件をきっかけに繋がっていく。
「困っている人を助けてあげましょう」

小さいときから、叩き込まれてきたことではあるが実際こうしてすぐに行動に移せているだろうか。

こうして、見ず知らずの人から助けてもらうという経験が自分を優しくさせる。きっとこれは優しさのバトンなのだ。この優しさのバトンを受けとった者の使命とは、果たして……。
今度、自分の周りで困っている人を見かけたら、ちゃんと声をかけよう。
直接その人の抱える問題の解決策にはならないかもしれないが、「大丈夫ですか?」の一言で救われたから。

周りのことに無関心な人が増えてきたという噂話をどこかで聞いた覚えはあるが、人間捨てたもんじゃない。
仕事疲れもすっかり飛んで、人のぬくもりを感じて安心した一日になった。

携帯を落として、とれなくなってしまうという一見マイナスなことが起こったが、こうして人のぬくもりに触れることができ、結果オーライだ。
ありがとう。

 
 
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2017-07-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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