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田舎モンのわたしがカットモデルで銀座に行き、命からがら帰ってきたときのこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あさみ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「あの! カットモデル探しているんですけど!」
新宿で若いお姉さんに声をかけられて、わたしは、急いでいたにも関わらず足を止めた。
 
「カ、カットモデル……ですか?」
「はい! カットモデルです! 髪を切らせてほしいんです!」
そう言ってお姉さんは名刺を差し出す。銀座の美容院。
「えっと、別にいいですけど……」
戸惑いながらも、二つ返事で快諾するわたし。
……正確には戸惑っている“ふり”をしながら。内心では超でっかいガッツポーズ。ここでニヤニヤと喜んでは田舎者がバレると虚勢をはっていたのだった。「別に?」だなんて、沢尻エリカばりなクールなわたし。
 
山口のド田舎で育ち、就職をきっかけに憧れの東京に出てきて1年半のわたしにとって、「カットモデル」という響きは、都会的でなんとも魅力的だった。「モデル」と言っても写真を撮られるわけではなく、見習い美容師さんたちのいわば練習台であると説明を受けた。彼女も見習い美容師さんだということだ。
 
3週間前に美容院に行ったばかり。しかもけっこう気に入っていた。髪を切りたい気持ちなんてまったくなかったのだけれど、声をかけられたことで、「東京の女」と認められたような気がして有頂天だった。
 
1週間後、わたしは仕事を早めにきりあげ、銀座に向かった。
就職するときに母が買ってくれたINDIVIのノーカラージャケットにオープントゥパンプス。田舎者だとなめられてはいかん、と一張羅に身を包む。
普段はフリマで買った服で出勤しているので会社の先輩たちに「デート?」と冷やかされたが、「いえ、ちょっとカットモデルで銀座の美容院に……」と、慣れてます感をただよわせておいた。
 
美容師さんは古内さんという名前だった。
受付で「古内さんとお約束で」と告げると、「ああ、モデルさんね」と奥の席に通される。モデルさん……! モデルさん……!!
ああ、わたしがモデルさんなんだ!!!
いかんいかん、ニヤニヤしちゃ。
心の声をかき消しながら、涼しい顔を作って古内さんがやってくるのを待った。
 
閉店後の美容院は、意外にもにぎわっていた。
それなりに大きな美容院で、20個くらいある席はすべてうまっていた。古内さんのような見習い美容師さんたちがそれぞれ町でスカウトしてきたモデルさんを連れてきているようだった。
 
しばらくすると、古内さんが雑誌を持って現れ、どんな髪型にするのかヒアリングが始まった。
「こんな感じどうですか?」
「うーん……なんか違いますね……」
「じゃあ、こんな感じとか」
「うーーーーん……、あの、もっとふわっとした感じがいいんです」
「えーっと、うん、じゃあこれとかは」
驚くほど古内さんと意見が折り合わなかった。
周囲の美容師さんたちは、スタイリングのスケッチをして、先輩スタイリストさんたちにOKをもらい、カットをし始めている。
 
「これとかイイと思いますけど」
「えっ! こういうかっこいい感じやったことないんですけど似合いますかね?」
「似合うと思いますよ。今日の雰囲気にも合うし」
古内さんが指していたのは真っ黒なアイラインをきっちり入れて黒髪がピカピカ光るモデルさんの写真だった。パリコレみたいなグラビアだ。
丸顔で童顔でメイク初心者でおまけにぽっちゃりのわたしに似合うんだろうか。
 
周りのモデルさんはどんどん髪を切られていて、わたしたちだけがずっと雑誌を見つめている。店長さんが心配してやってくる。
「いいんじゃないの? もうスケッチいらないから始めちゃいなよ~!」
店長さんの一言に焦らされ
「そうですか……うーんじゃあ……この雰囲気で……」と答えざるを得ない。
どちらかというとかっこいいよりかわいい系をすすめられて生きてきたけれど、新境地を開拓するか……! なんていっても銀座でカットモデルなんだもの!
わたしは不安な気持ちを振り払い、カットモデルのわくわくに再び身をゆだねることにした。
 
そして。2時間後。
 
帰りの電車の中で、わたしは窓に映る自分の姿を見て、涙をこらえるのに必死だった。
 
どう見てもIKKKOさん。
そしてどう見てもまったく似合っていなかった。
丸顔でぽっちゃりの顔には、パッツリつやつやに切りそろえられた髪の毛がのっかっている。
 
ああ、こんなことになるなんて……。
 
カットの途中、ポロシャツにダウンのおじさん店長さんがわたしの席に何度もチェックしにきていた。
「もっとまるいシルエットにしたほうがかわいいと思うんだけどな~」
「ほら、ここに縦にハサミいれたらまるみがでるからさ~」
「まぁ、なんていうの? おかっぱみたいな感じでさ~」
 
……おかっぱ!!!!!
そんなアドバイスすなよ!!!!!
そんでうなずくなよ!!! 古内さん!!!
どんだけ~~~~~~っ!!!
 
……なんてツッコめるはずもなくカットは進んでいき、ケープをはずされた鏡の中のわたしはただただ呆然としていた。
 
どんなに仕事でミスって冷や汗かいても、依頼を断られて悔しくても、スケジュールがパツパツで終わらなくて焦っても、数時間後には立ち直っているのに「髪を切りすぎた」それだけで絶望の淵に立たされた私は女なのだと確信した。
 
髪は女の命だ。
だから 、医者や看護師やパイロットだけが命にかかわる仕事じゃない。
美容師だって命に関わる仕事なんだ。
 
古内さんは何度も何度も「お似合いですっ!」と言っていたけれど、わたしは愛想笑いもできずに銀座に美容院をあとにした。来たときは真逆のテンション。
不機嫌さを隠してはいけない気がしたのだ。
女の命を扱う仕事の重さに気づいて古内さん、というメッセージを込めて。
 
東京に舞い上がっていたわたしのカットモデル体験はこうして幕を閉じた。
 
あれから7年。
今では、銀座とわたしのキャラが大きく違うことはすぐわかる。
はじめての銀座、はじめてのカットモデルに気張って、キャラとは違う働きマンふうコーディネートで行ったのはわたし。古内さんはそんな背伸びをしていたわたしに合わせて髪型を提案し、店長のアドバイスのもと、雑誌の写真をきちんと再現していた。
ほかのモデルさんはみんなもっとスムーズにカットが進んでいたし、美容師さんも、モデルさんもとても楽しそうだった。そんな中で、どんどん仏頂面になっていくわたしに、古内さんもさぞ困ったことだろう。
 
モデルをしたのはたった1回きり。わたしの美容院ジャーニーはその後、下北沢を転々とし、原宿、表参道と続いて、今では家の近所の美容院がいちばんだと気づいた。背伸びをしないって大事だ。リラックスできる自分らしい髪型がいちばん。髪は女の命なのだから。
いつか銀座の似合う東京の女になれたら、もう一度、今度はスタイリストになった古内さんに命を預けてみるのもいいかもしれないな。
 
 
***

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2017-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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