メディアグランプリ

お天道様を宿した我が家のお守り


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:秋田あおい(ライティング・ゼミ平日コース)

 

 

「いただきます!」
 
合わせた手をほどき、二段に分かれたお弁当箱のふたを開ける。
上の段には梅干しが乗った白いご飯、
下の段には、焦げ目をつけた甘い卵焼きや鶏の照り焼き、
常備菜の煮豆とひじきの煮物、青みにはインゲンの胡麻和え、
そして紅一点、彩の定番のプチトマトがお行儀よくきちっと収まっている。
 
真っ先に箸をつけるのは、白いご飯の真ん中にある、赤くて丸い、
酸っぱくてしょっぱい梅干しである。
 
大粒の梅干しは少しずつ箸で切り分けて口に運ぶ。
その酸味に一瞬顔を歪める夫の姿が目にありありと浮かんでくる。
 
夫は、昼食にはいつも、私が作るお弁当を食べている。
 
毎日のお弁当作りという仕事は、いささか苦労する。
お弁当といっても、おにぎり一つから丼物、サンドイッチまで
いろんなタイプがあるけれど、私のイメージするお弁当は
「ご飯とおかずいろいろタイプ」で、無意識にそういうお弁当を作っている。
この「おかずいろいろ」がちょっと面倒なのだ。
 
おかずは栄養バランスを考えながら詰めるように努めているけれど、
うまいこといかない時もままある。
そんな時は、とにかく何かを詰めてお弁当箱の隙間を埋める。
外では食べない夫に、お弁当を持たせないワケにはいかないのだ。
 
そんな、行き当たりばったりなお弁当になってしまったときでも、
梅干しは欠かさない。
お弁当箱のご飯の真ん中が、大粒の梅干しの指定席。
ご飯の段の内ぶたで押された梅干しがまるでパズルのピースみたいに
白いご飯の中にぴったりと収まるのを見ると、
やはり梅干しはお弁当には欠かせないものだと妙に納得する。
 
私は数年前から自分で梅干しを作っている。
単に「私も作ってみたい!」という好奇心から作ってみたのが最初だった。
初めて本格的に梅干しを作ったとき、
まだ右も左もわからないような状況にもかかわらず、
完熟梅の華やかな香りをまとった、
後にも先にもない最高の梅干しが出来てしまった。
質のよい梅だったとか、仕込みのタイミングがよかったとか、
絶妙に偶然が重なってのことだろう。
 
その、初めてにして最高の梅干しが忘れられず、
毎年それを目指して梅干し作りを続けている。
しかし、まだ経験が浅いうえ、身近に梅干し作りを教えてくれる人がいない。
だから、本やネットで情報収集するのだけれど、どれだけ調べても、
二次情報というのはどうも頼りない。
梅干し作りは古くからの伝統であるという観点からは、
「経験を直接伝える人」の存在は貴重だと感じる。
 
そんなわけで今年もまた、経験値を上げるために、
手探りで梅の仕込みを進めていった。
 
完熟梅の華やかな香りが立ち込めるキッチン。
その豊かな香りに酔いしれながら、
お月さまのように黄色く、まん丸で大きな梅を丁寧に洗う。
梅を漬け込むガラス瓶は小さな子供が両手で抱えるくらいの大きなもの。
それを念入りにアルコールで消毒し、そこに梅を塩と一緒に漬け込む。
十日ほどして水分が出てきたところで、色付けの赤しそを加える。
ここまでの作業で一段落、あとは梅雨明けをのんびりと待つ。
 
梅雨が明ければ、次は梅干し作りにおいてのメインイベント、天日干しである。
梅雨が明けた土用のころに、赤く染まった塩漬け梅を
一粒ずつ傷つけないようにガラス瓶から取り出し、
直径70cmくらいの浅いざるに並べ、お天道様の下に置く。
並べた梅をひっくり返したり、漬け込んでいたルビー色の梅酢の中に
一度戻したりと、手間をかけながら、三日間、お天道様の力をたっぷりと含ませる。
 
屋外でのこの作業は、手探りでやってきたこれまでの梅干し作りの不安を
すべて昇華させてもくれる。
そして「これは良い梅干しができる!」という根拠のない自信が
どこからともなく湧いてくるのだ。これもお天道様の力なのだろう。
 
こうして三日かけてお天道様の力をたっぷりと吸収した梅干しを
保存用のかめに移して、梅干し作りは完了する。
 
しかし、お天道様が三日連続でご機嫌でいてくれる保証はどこにもない。
だから、梅雨が明けると、空を仰ぎ、お天道様を想うことが多くなる。
どうかご機嫌でいてください、と願うのだ。
 
ところで、梅干しの効能をご存知だろうか。
疲労回復や殺菌効果は比較的知られているが、調べてみると、
美容に良いだとか、栄養素の吸収をよくしてくれるだとか、
口臭を防いでくれるだとか、いろんな効能があるらしい。
なるほど、おばあちゃんの知恵袋や民間療法などに
梅干しが良く出てくるのも納得できる。
 
私がお弁当に梅干しを入れるのは、
食べる人に、その梅干しの力を体に取り込んでほしいと思うからである。
一粒の梅干しに大切な人の健康への願いを込める。
家族の健康を預かる立場である私は、
食に関していい加減なことは出来ないと思っている。
身近なところで大きな病気を患った人たちを見てきて、
健康について強く関心を持つようになった。
その中で学んだことは、食は人生の一大事であるということだ。
 
朝、目覚めてダイニングに向かうと、ご飯の炊けるにおいがする。
きっちりと身支度をしてお弁当作りの儀式がはじまる。
炊飯器のふたを開け、甘い香りの蒸気を感じながら
アツアツのご飯をしゃもじで返す。
程よく蒸気と熱が抜けたところで、お弁当箱に詰めていく。
その中央に浅くくぼみを作り、そこに大粒の梅干しをひとつ置く。
内ぶたをして、パズルのピースをはめるように白いご飯の中にぴったり収める。
お弁当が傷まないように、夫の健康を守るようにと願いを込めながら、
お弁当箱を閉じ、布で包んで儀式を終える。
 
お天道様の力をたっぷりと宿した自家製の梅干しは、我が家のお守りである。
 
「いただきます!」
 
夫が真っ先に箸をつけるのは、いつも梅干しである。
今日も夫のお弁当は、おかずがいろいろついた「日の丸弁当」だ。
日の丸弁当とはうまく言い当てた表現だ。
真ん中の赤い梅干しは、それができる工程を思えば、お天道様そのものである。
 
梅干しの酸味に顔を歪めた夫を想いつつ、お天道様に守られた夫の健康に、私は深く感謝する。
 
 
***

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2017-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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