メディアグランプリ

ちがう、わたしは望んでブルゾンちえみをしたんだ


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記事:前本 希(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
朝礼が終わってから仕事に取りかかると、パソコンにメッセージのポップアップが出た。
「前本さん、明瀬(みょうせ)さんがこんなこと言ってるんだけど、だいじょうぶ?」
先輩がコピペして送ってくれたメッセージを読んで、わたしは固まった。
 
「昨日の夜妄想しよったんだけど、前本さんがブルゾンちえみするってどうやろ?」
 
言いよった、この上司……!
社内でいきなり大声を上げるわけにもいかず、わたしは机に突っ伏して胸の内の嵐が通りすぎるのを待った。
 
うちの会社では、毎年8月に夏祭りを開催している。準備から当日の屋台まで、すべて社員が担当するのだ。地域の方との交流が目的だから、はなっから利益は求めておらず、食べものも出しものも破格の値段で提供している。
今日はそのPR動画の撮影日で、祭りの実行委員であるわたしも出演メンバーだというのは聞いていた。
 
でも……! ブルゾンちえみ!?
 
驚きと抗議のメッセージに続けて「もう……。分かりました」と入れてから、わたしは動画を検索し始めた。30分経って送られてきた台本をプリントし、ブツブツ唱えながら頭に入れる。
動画撮影まで1時間を切っている。できることなんてたかが知れてるけど、なんとかしたい。
 
決して圧力に負けたのではない。
若手の新入社員ならいざ知らず、三十過ぎのわたしにそんな要求をする上司のほうが非常識なのだから、断ることはできた。
やりたくない、と言えば間違いなく周りは味方になってくれたはずだ。
 
わたし実はモノマネ得意なんです、という隠れた才能もない。
世の中には鋭い観察力で特徴をとらえるのが上手な人もいるが、わたしはその辺はからっきしだ。忘年会では、どうか宴会芸の流れになりませんように……! と願っているほうだ。
 
受け入れた理由は、実行委員が本気の姿を見せなければ、周りが付いてきてくれないという使命感が半分。
もう半分は――バカみたいだけどね、そうやってお金にならないことを一生懸命するってのも楽しいんじゃない? と心がポンと弾んだからだ。
 
思い出すのは、電車の窓から見える灰色の高層ビルだったり、薄暗い廊下のタイルだったりする。
以前わたしは東京の会社で働いていたのだが、その時のことを思い出そうとすると世界から色が消えていく。
 
人にはそれぞれ立場によって、正義がある。
桃太郎と鬼のように、一方にとっての悪者退治は、もう一方にとっての略奪者になるのだ。
正義とは一本のまっすぐな矢印ではない。どの立場の人にとっても納得しうる、絶対的な正義は存在しない。
だから時に、人の正義と自分の正義がぶつかることもある。
それはどちらも正しいのだ。ゆえに話し合ったり、妥協したり、必要なら力で押し通す手段も交えて、お互いにすり合わせていくのだ。
必要なのは、自分の正義で闘っていくという覚悟だ。
 
当時のわたしはそれが分からなかった。
わたしは自分の正義を持つことができず、それを人の中に求めてしまった。
いくら近しい人でも、正義が100%重なることはあり得ない。だってその人は「わたし」ではないのだから。
わたしは時に一致し、時にずれる「人の」正義に混乱し、足を進めることができなくなってしまった。
 
下手に行動しないのが一番だ。
深く考えないほうがいいのだ。
目立たないように、ひっそりと生きていこう。
 
その言葉を包帯のように心に巻いて、心が弾むことを抑えた。
「良いこと」があって飛び跳ね、次に「悪いこと」に遭遇して落ち込んでしまうと、その高低差が余計辛くなるのだ。
それなら良いことなんていらない。だから悪いことも起きないで。
お願いだから、わたしの心を動かさないで……!
 
わたしはそうやって自分の心を守ったつもりだった。
 
やがて厚い包帯の下に心を閉じ込めるのが限界を迎えた日、わたしはガラリと環境を変えることを選んだ。
 
次は……。次こそは、素直に生きたいと思った。
もう「素直に」が何なのかさえ分からなくなっていたけれど、ようやく動き出した心の声を聞くことがその一歩だというのは分かった。
 
おはようございます、と大きい声で挨拶すると心が元気になった。
悩んでいる同僚の近くを通るとき、わたしには何もできないからと声をかけずにいると心が揺れた。
トラブルが起きたときにぐっと耐えていると、その気持ちを出してもいいよと心が震えた。
仕事が忙しいと言い訳をして、同僚の助けてほしそうな視線に気づかないフリをすると、心がチクチク痛んだ。
「誰かやる人」という問いかけに手を挙げると、心につられて世界が明るくなった。
 
日常の中で少しずつ、わたしは心が飛び跳ねる楽しさに喜び、落ち込む辛さを受け止めることができるようになった。
 
さあ、動画撮影まであと5分だ。
特徴的な動きとセリフは頭に入れたものの、そんな付け焼き刃では緊張で飛んでしまうのだろう。おそらく黒歴史どころか、闇のような深さの惨劇になってしまうことだろう。
それでもわたしはすることを選んだんだ。
だって楽しそうと感じとったのは、他ならぬ「わたしの」心だから。
 
まだまだわたしは自分の正義が分からない。
でも、少しずつ大切なものが見えてきた。
それがいつかわたしの正義となって、闘う覚悟ができると信じている。
 
 
***

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2017-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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