プロフェッショナル・ゼミ

神様になれるところ《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中望美(プロフェッショナル・ゼミ)

うっわ。天空の城ラピュタやん。

私は壮大な自然に圧倒されて、深いため息をついた。

もう飛行機には何度も乗っているはずなのに、外の景色をみるのは飽きることがない。いつまでも眺め続け、深いため息をついてしまう。

今日も私はおでこを窓につけるくらい飛行機の外に広がる素晴らしい世界を眺めていた。
悪天候をくぐり抜け、太陽のもっと近くにまでたどり着いた時だった。モクモクの入道雲がたくさん浮かんでいた。それが私の中で天空の城ラピュタに出てくる空とぴったり重なった。今にも天空の城が顔を出しそうだ。本当に綺麗。言葉が出ないほどだった。もう何も考えたくない、心底そう思った。

ポーン。

飛行機独特の放送音がなる。
「ANA203便は、ただいまから着陸態勢にむかいます……」

キャビンアテンダントたちが機内を歩き回り、私たちの安全確認をはじめる。暫くすると体にグーっと圧がかかってきた。

外を眺めると、たくさんの雲をくぐり抜け、だんだんと海がみえてきた。

波の形は見えるものの、全く動いていない。山も島も何だか無機質なものに感じる。あれじゃコンクリートとか建物と一緒だ。自然だって生き物のはずなのに。

そんな無機質のようなものをみていたら、やっぱり気持ちが無になってくる。何だか全てがどうでもよく思えてくるのだ。人生どうにでもなれっていうそんな気分。不思議だ。
でも、それは宇宙飛行士が宇宙に行き、自分が住んでいた地球を客観的に見て涙を流すのと同じだろう。海外に行って日本はちっぽけだ、視野が広がったと思うのと同じことだろう。

私が大学時代にオーストラリアに行った際にも、そう感じたのを覚えている。ハーバーブリッジを歩いている時だった。夕日がどこまでも続く海に沈むのを見ながらぼんやり歩く。すると突然、ジョギング中の全く知らない女性が、「そのトップス可愛いね!」と言ってくれた。私はなんだか心の奥から喜びが込み上げ、自然と笑みがこぼれてしまった。彼女は本当に素敵な人だと思った。私なんかを褒めたところで何にもならないのに。彼女が笑顔で颯爽と走り去る姿を思い出すと同時に、もし自分のやりたいことを周りの人がどんなに批判したとしても、ちょっとひとっ飛び外に出たら、自分の背中を押してくれる人ってたくさんいるんじゃないかと思えた。海外に出たことのなかった私は、本当にちっぽけな米粒みたいな世界しか知らなかったのだ。たった一言の言葉が、私に勇気をくれた瞬間だった。

波の動きが見えてきた。船が矢印のような道を海の上に作っている。家がぎっしり詰まっているのが見えてきた。ミニカーのように見える自動車が曲がりくねった道を規則正しく動いている。すごい。すごい、すごい。だんだんと私の心が動き始めた。感情が湧きだしてくるのだ。さっきまで、一面に広がる田んぼや小さくなってしまった細い橋を見ても何の感情も起こらなかったのに、地上に近づくにつれ、田んぼを見ては、おばあちゃんが今日もせっせと働いているのかもしれない、と尊い気持ちになり、自動車がたくさん走っている橋を見ると、もしかしたら事故って絶望的な状態になっている人もいるかもしれないと愕然とした気持ちが湧いてきたりもした。

私は思った。

この地に降りたい。この地に帰りたい。
たった2時間の空の旅であるはずが、懐かしさのような感情が込み上げ、涙がこぼれた。

もしかしたら、私は今の今まで、神様だったのかもしれない。神様は私たち人間とは違う世界にいる。だから、人間世界のことなんて本当はどうでもよいのだ。もし神様がこの世界をコントロールしていたとしても、きっと神様は私たちのことなんてどうでもよくて、たぶん、ちっぽけなことで一喜一憂してらあ、くらいにしか思っていないのだ。だから人は、うまくいくこともあればそうでないこともあるし、裕福な人もいれば、そうでない人もいて、差があるのだ。平等じゃないのは、神様が適当にやっているからだ。どんなに個性があって性格が違おうと、神様にとって、私たちはどれも同じにしか見えない。そしてそんな気持ちになるのは、空の上や海外や宇宙など、人生がどうでもよくなるくらいの圧倒的に客観的になれる所にいる時だけなのだ。
そして、だんだんと自分がもといた場所に戻ってくるにつれ、ああ、結局自分がどうなるのかなんてわからないのならば、好き勝手楽しんだ方がいいかも。一度きりの人生、悔いなく生き切った方がいいじゃんと思えるのだ。分かりやすく言えば、開き直るということだ。神様は、私のことなんてどうでもよくて、見てくれてなんかいないのだから。

地面まで、あと何十センチだろう。もうかなり近いところまで来ている。飛行機の車輪がおり、地面に付こうとしている瞬間が、わたしは一番怖い。無事に着陸できるか不安で構えてしまうのだ。自然とひじ掛けに置いた腕に力がこもる。

体中にドドドドーっという衝撃が走った。
怖い、怖い、ううっ。
この怖さは多分、また空からランダムに、いろんな困難が降ってくることへの恐怖なのだろうと思う。ついさっきまで、なにも落ちてこない、ある意味守られた世界にいたのだ。その世界は、無になるほど何もなかった。だが、この地に降りてしまえば、また様々な喜びや悲しみ、驚きという複雑な感情たちと向き合ってゆくことになる。それは素敵なことであり、生きるということと同じ意味かもしれないが、だからこそ少し怖くもある。

人が旅に出たり、壮大な自然を求めるのは、自分がどれだけちっぽけなところにいるのかを知ることで、シンプルにやりたいことをやりたいと言いたいだけなんじゃないかと思う。そう思いたくて宇宙に行く。海を眺める。山を登る。自分の心の中を整理したいのだ。

空の上にいる時だけ、私は神様になれる。

降りてくれば、またいつもの日常に戻ってゆく。空港内を歩く私は、見た目は何も変わっちゃいないが、心の中はとんでもなく浄化されている気がしてならない。さっきまで神様のようになっていたのだから。

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