メディアグランプリ

報われなかった、こだわり達へ。


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記事:前岡舞呂花(ライティング・ゼミ 平日コース)

 
 
報われる根拠もないのに、そこまで。
自然と、背もたれに預けていた体を前のめりにして話を聞くことになった。
「この世界の片隅に」の片渕須直監督を招いたトークショーでのことである。
 
第40回(2016年度)日本アカデミー賞。大ヒット「君の名は。」を抑えて、最優秀アニメーション映画賞を受賞したのは、こうの史代のコミックを原作とした、片渕監督の「この世界の片隅に」である。戦時中の広島・呉を、主人公「すずさん」の視点で切り取った物語だ。
クラウドファンディングで資金を集めたことや、すずさんの声優を能年玲奈、改め「のん」が務めたことなど、話題に事欠かない映画であったことは、ご覧になっていない方もご存じだろう。当初メディアに取り上げられなかった分、いや、むしろメディアに取り上げられなかったからこそ、この作品を称賛する口コミは驚異的な速さでSNSを駆け抜けた。ならば私も観てみようと映画館に足を運んだのが、2016年11月の公開初日から3か月後のこと。広島で育った身としても、観ておかなければと思ったのだ。
 
そして先日、近くの映画館で片渕監督を呼んだトークショーが開催されるということで出席してきた。元々映画を多く見るタイプではない。「映画の街」北九州市に住み、このようなチャンスには恵まれているにも関わらず、監督の話を聞きに行くなんてことは初めてだった。今回は友人に誘われ、あれはいい作品だったものな、と同行した次第だ。
 
どちらかといえば受け身で参加した。
しかし、このトークショーに、想像以上の収穫があったのだ。
まるで、頼んでもいないのに次々に鳩を出現させるマジシャンを見ているようだった。
監督からさりげなく飛び出す言葉は、映画館一番後ろの座席に座った私をことごとく驚愕させたからだ。
インタビュアーと監督が対談する形式で進行は進んでいく。
 
「何月何日の呉の港の様子を描くにあたり、その日は何隻船が泊まっていたのか、資料を集めました」
「空襲の描写で6機、その後12機、戦闘機が飛んでいます。あれは本当にその日その数飛んでいたんです。調べれば、それぞれの機体に誰が乗っているのか、名前も分かります」
「街並みは写真集を見て再現しました。それでも分からない建物があったので、現地に足を運ぶと、隣に住んでいた人から写真を頂くことができて……」
「作中に出てくる料理はすべて実際に調理して食べてみたのですが……」
 
みるみる話に引き込まれていく自分に気が付いていた。
この作品はそこまでこだわったコンテンツだったのか。
アニメーションの形をとってはいるが、それはほぼドキュメントではないか。
なぜそこまでこだわり抜けたのかという疑問は、自分にはそこまでできないという尊敬を込めた感動となり、目の奥を熱くさせた。
 
なぜこだわり抜けたのか、という疑問が出てきたのは、もしもの世界に思いを巡らせたからだ。
時間をかけて、その他いろんなものを犠牲にして、こだわって、それでも、もし作品が評価されなかったら? というリスクを考えると、こだわり抜くことはとても勇気のいることだと思った。
「この世界の片隅に」は、公開初日はミニシアターで63館のみの限定公開だったという。それがのちに、規模を広げ、日本アカデミー賞を受賞し、その他さまざまな舞台で表彰され、続々と翻訳され海外でも上映されるまでになった。監督の話を聞きながら、評価されるべくしてされた作品だったのだと感じた。そして、この作品にかけたこだわりが報われてよかったなと感じた。
 
改めて監督の立場を考えてみると、私はこの時の自分を恥じたいところだ。
では、もしこの作品がヒットしていなかったら、懸けたこだわりは報われなかったということになるのか。
いや、違う。報われない、という表現自体が見当違いだったのだ、と思う。
おそらく、そもそも「こだわり抜く」ことに対する目的が違う。
評価されるため、ヒットする作品を作るため、だけではない。
それは、「戦争」を体験しなかった監督がその題材を作品中で扱うことに対しての、「敬意」が真っ先に来ていたのだろうと、今は思う。
 
これは作品に限らない。
中学卒業までの10年間、囲碁を習っていたときのことを思い出した。
もっとできたのではないかという反省は出てくるが、私至上指折りに熱を持って、こだわって、頑張っていたことのひとつだ。あのときの原動力は何だったかというと、「勝ちたい」「上に行きたい」という思いはもちろんあったが、それだけではなく、ほぼボランティアで指導してくれる地元のおじいちゃんを始め、同じ囲碁教室の仲間や応援してくれる家族がいたからだ。「強くなってくれることが嬉しい。いつか負かせてくれ」とおじいちゃんは言っていた。だからこそ勝ちたいと思ったし、時間を割いてくれているのだから、応えなければという思いもあった。今思い返すと、これも「敬意」だったと言えるのではないか。
 
何にしても、「こだわり抜く」という行為は、自分のためだけではなくお世話になっている人たちに向けるものでもあり、メリットデメリットを超えたところにあるのだ。思い通りの成果を残せなかったからといって、それに懸けたこだわりは報われなかったわけではない。こだわることそのものが大切なのだ。たぶん。
 
これからも、思った結果が残せないことがあるだろう。
それでも、こだわることを恐れずにいきたいものだと感じた。
 
 
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2017-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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