プロフェッショナル・ゼミ

妄想が未来の現実になる瞬間《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)
※この話はフィクションです

珈琲の香りが好きだ。
珈琲豆が入っている瓶のふたを開けて、息を吸い込む。
香りで幸せな気分を味わってから、スプーンで2杯分、粉にする。
カリタのドリッパーに、フィルターをセットする。粉を入れて、トントンとならして表面を平らにする。
中心にお湯を注ぎ、円を描くように全体を湿らす。珈琲を淹れるときに、いちばん緊張して、いちばん楽しみな場面。
フィルターの中では、粉になったコーヒー豆が生きているかのように膨らむ。
視覚と嗅覚が一気に刺激される。

「ホント、珈琲淹れてるときは幸せそうな顔をするよね」
「え? そうかなあ……」
とぼけてみせたけれど、ほんとうは知っている。
すごくニヤついていることを。
「すごくいい笑顔をしてるよ。今度、こっそり写真とるわ」
「えーやめてよ、恥ずかしい」

まいにちの手間やこの珈琲でお金をもらうことを考えると、コーヒーメーカーにしたほうがいいんじゃないかと思った。ちょっとお金を出せばそれなりのものが買える。でも、まいにちのバラバラ具合も楽しんでくれるようなお客さんが来てくれればいいんじゃないかと、ハンドドリップに決めた。
自分が珈琲を淹れることを楽しみたいというのが、いちばんの理由なのは常連のお客さんにはバレているようだ。

ドリッパーの3つの穴から黒い液体が落ちてくる。
落ちるのが途切れないように次のお湯を注ぐ。すべて落ちきる前にドリッパーをはずして、ふたたび香りを体いっぱいに吸い込む。
うん、今日もいい香り。
カップに注ぎ、目の前で私をからかっている常連客の三井さんの前に出す。

「はい、おまたせしました」
三井さんは「ありがとう」と言い、カップに口をつける。
「美味しい」
呟きのような美味しいの言葉を聞いて胸をなでおろす。
店を開いて2年ほど経つが、正直なところ、まだ自分の腕に自信はない。
ただ、美味しいと言われることで安心はできる。

カランカラン
「いらっしゃいませ!」
カウンターから出て開いたドアのほうに行くと、若い女の子が2人連れで立っていた。
「おふたりさまですか?」
「……はい、そうです」
ちょっと申し訳なさそうに、答えが返ってきた。
「ごめんなさいね。このお店、おひとりさま以外はお断りしているんです」
「知ってます。別々の席でもダメですか?」
申し訳なさそうにしていたのは、知っていたからか。
「おひとりさまでいらっしゃる方だけのお店です。別々の席を希望されても、おふたりさまのご来店はお断りしているんです」

やっぱりダメか……。
えー、だって別々の席なら、おひとりさまでいいじゃない。
いいよ、帰ろ。
っていうか、なに? おひとりさましかダメって。
もういいって。帰ろう。

2人の会話にすごく申し訳ない気持ちにはなる。
暇な店だから、本当なら入れてあげたいけれど……。
「これ、ドリンクの割引券です。おひとりさまでいらっしゃるのを楽しみにしています。また是非いらっしゃってください」
「……ありがとうございます」
背中を向ける2人に精一杯の笑顔をする。

「おひとりさまルール、厳しすぎない? 別々の席に座るって言ってんのに」
カウンターに戻る私に、三井さんは言う。
私も、そう思う。ちょっと厳しい、このルール。
「でもさ、そこを崩しちゃったら、この店の意味がないから」
「そうだけどさ。確かに、おひとりさまだけなのがよくて、私もしょっちゅう来てるからね」
「常連さんには感謝してます」
常連さんと言われたのが嬉しいのか、三井さんはまんざらでもないような顔をして、再び珈琲の入ったカップに口をつける。
「そういえば、聞いたことなかったけど、そもそも、なんでおひとりさまのお店をしようと思ったの?」
私も淹れてあった珈琲を飲む。冷めきってしまっても、この珈琲は美味しい。

この店の、たったひとつのルール。
お客さまは「おひとりさま」に限ります。

この店を開店したのは2年前だが、きっかけは15年前にさかのぼる。

「お店がやりたいんです。おひとりさま専門のお店を」
気づいたら、そう口走っていた。
「それ、面白そう!」
なにそれ? どういうこと? そう言われると思っていたのに、面白そうだと言われた。
いや、面白いと言ってほしかったのかもしれない。

当時、35歳を過ぎても独身だった私は、仕事以外の時間を持て余していた。周りの友達は結婚してしまい子育て真っ盛り。独身の友達も仕事が忙しく、なかなか遊んでもらえなくなっていた。

そんなときに「書くこと」に出合った。
ちょっと怪しい本屋で教えていた。
プロのライターとして使える、人生を変えるライティングゼミ。

プロになるとか、人生を変えたいとか、そんなすごいこと考えていないけど、読んでもらえる文章を書けるようになったら面白いかも。趣味のひとつにでもできたらいいな、というくらいの気持ちで始めた。
半年くらい続けて、上級者コースに進むことができた。
その上級者コースで聞かれたのだ。

「書くことによって、何を達成したいのか」

達成したいことって……。
自分の書いた文章でバズを起こしたいとか、そういうことなのか? 小説家になって本を出したいとか、ライターになって食べていけるようになりたいとか、そんなことなんだろうか?
プロ志向がないわけじゃないけど、そんな甘いものじゃないだろうし。私は達成したいことがあるんだろうか?
そう思いながら他の受講者の人たちの話を聞いていたら、なにか違うかも、と思った。

「大きくなったら、何になりたい?」

そう聞かれている気がした。
子供の頃によく聞かれた、夢のはなし。
ケーキ屋さんになりたい。お嫁さんになりたい。先生になりたい。介護福祉士になりたい。薬剤師になりたい。
子供の時……大人になるちょっと前まで、なりたいものはいろいろあった。
大人になって仕事をするようになったら、なりたいものはいつの間にか消えていた。
なりたいものに、なったわけじゃないのに。

なりたいもの。
やりたいこと。
なんだろう?

頭の片隅にあること、心の奥底に眠っていること、断片をパズルのように組み立てた。
そのパズルが完成したときは、ぼんやりとした抽象画のようだった。
抽象画のような夢を言葉にして口から出してみると、少しずつ輪郭がはっきりしてきた。
気づいたら、自分自身が興奮してワクワクしていた。

「おひとりさまだけのお店をしたい」
ただの妄想だった。
飲食店にひとりで行くと必ず聞かれる「おひとりさまですか?」の言葉が嫌いだった。見ればわかるじゃん、とイラっとした。
周りの人には、おひとりさまなんて平気だよ、って顔をしていたけれど、内心はドキドキしていた。
ひとりでビールを飲んでいると「あの人、ひとりで飲んでるよ」と笑われているのではないかと怖かった。
「おひとりさま」がかっこよく取り上げられてることもあったけど、珍しいから取り上げるものだ。そもそも「おひとりさま」というのは、テレビドラマにされてしまうようなことだった。

ひとりで気軽に立ち寄れるお店。
「おひとりさまですか?」と聞かれないお店。
みんながひとりで、周りの目も気にしなくていいお店。

そんなお店があったらいいな。
そう思っていただけなのに、自分で作ってしまうとは。

妄想が現実になることを助けてくれたのは「書くこと」だった。

「雑誌の記事を書きませんか?」

夢をみんなの前で語ってから、半年くらい経ったころだった。
「書くこと」の勉強は続けていた。
仕事のこと、旅で印象的だったこと、家族のこと、元カレのこと……身の回りで起きたことを、身を切るように書いていた。
それが少しずつ、妄想……フィクションを書くようになっていた。
最初は苦戦したけれど、慣れてくると勝手に登場人物が動くようになっていた。動く登場人物を丁寧に言葉にすることで、自分でも納得できる物語が書けるようになった。
そんなとき、ライティングを教えてくれている本屋で作っている雑誌に、記事を載せてみないかという依頼がきた。
私なんかが、という思いもあったが
「是非、やらせてください!」
そう返事をしていた。

「書くこと」が初めて仕事になった。
それから、少しずつ「書くこと」がお金になった。

今はダブルワークなど当たり前の社会になり、副業なんて言葉は死語になったが、10年ほど前はまだ、副業に関しては厳しい会社が多かった。
私が勤めていた会社も「副業禁止」だった。
ただ、「書くこと」だけを仕事にしても食べていくことは難しく、会社を辞めるわけにはいかなかった。
記事が外に出るときは本名を隠し、本業には支障が出ないように、それまで以上にがむしゃらに仕事をした。どうすれば時間を創れるのか、残業を減らし、周りも効率よく動くためにはどうしたらいいか、必死に考えて仕事をした。その結果、生産性が上がったと、会社の中で評価された。評価されたことで出世もした。

50歳の誕生日を退職日と決めた。
「なんで辞めるんだ?」
嬉しいことに、引き止めてくださる人も少なくなかった。
退職してから聞いた話だが、数年後には取締役のポストへの話もあったらしい。
会社での仕事は、やりたいようにやってきた。ただ残念なのは、部下の活躍を近くで見ることができなくなったことだ。

一部上場企業の役職を捨ててまで、という声もあった。
でも私の中では「捨てる」のではない。
それ以上にやりたいことがあったのだ。
だから、他の人に「譲る」のだ。

あのとき、妄想を口にしてなかったら、今があっただろうか。
あの夜、妄想を口にしたことで「ただの夢」が「未来の現実」になる気がした。

「……てる?」
この15年、あっという間だったな。
「ねえってば! 聞こえてる!?」
「あ、ああ、ごめん。聞こえてるよ。なんでお店を出したかってことだったよね?」
「言いたくないんだったら、別にいいけど……」
本当のことを言おうか、それとも。
「カップルを目の前に、珈琲を淹れたくないから」
「なんじゃそりゃ。もういいよ、いつか聞かせて」
三井さんは席を立ち、店の一角にある本棚の前に立った。

店の一角には壁一面の本棚がある。
その本棚を置くのも、夢のひとつだった。

本棚に並んでいる小説やエッセイ集、写真集、あらゆるジャンルのベストセラーが勢揃いしている。中にはハリウッドで映画化された原作本もあるし、10年以上前に限定発売されてプレミアの付いている雑誌も置いてある。
100万部とか、ハッタリかと思ったけど本当だったな。
写真集やエッセイは小説ほど売れないって言ってたのに、売れるものを作っちゃうんだもんな。
この本棚に並ぶものは、あの本屋でライティングを学んで、デビューした人たちのものばかり。
ここ何年かは、毎月のように誰かの新刊が出ている。
著者の名前を見ると、顔が浮かぶ人も多い。
もうひとつ本棚を作らないと、並ばなくなってきたかも。

本棚の片隅に、わたしの名前が入った書籍も置いてある。
三井さんが気づくのはいつになるだろう?

***

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