メディアグランプリ

男嫌いだった私が恋を知った日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:村山セイコ(ライティング・ゼミ 平日コース)

 
 
小さい頃から変な人に好かれやすかった。誘拐未遂も1度や2度じゃない。小学校3~4年生の2年間、近所の前科のある幼児性愛者と噂されていた男からつきまとわれた。電車に乗れば毎度ちかんに合う。道を歩いていたら前から来た見知らぬお爺さんに突然キスされそうになる。見るからに怪しい人だけでなく、学生服、スーツ姿などの一見普通に見える人にも理由も分からず追いかけられる。用事があって出掛けても、それを捨てて逃げ帰るはめになる。

男=逃げる対象という図式が私にはしみ付いていた。

高校から大学卒業までの7年間は女ばかりの環境を選びぬくぬくと過ごしてきたが、あっと言う間に就職活動の時期を迎えた。私は、この世で男性との接触が一番少ない仕事は何だろうと必死に考えた。第一候補だった尼になる事は親に泣いて止められたので、私は子供服の販売の仕事に就いた。子供服売り場ならばスタッフは女性しかいない。お客さんも女性が多い。男性が来てもそれは「お父さん」。子供は大好きだし、昔から相談しやすい、話に説得力があると友人からよく言われていたので、きっと販売は向いているはずだ! と思った。
働き始めると、私の予想通りの客層で仕事も楽しく毎日が充実していた。
社会人2年目に入った頃、異動で真紀子さんという店長がやってきた。姉御肌で、妹気質の私とすぐに意気投合し、仕事終わりによく飲みに行った。
ある時、真紀子さんに私の男嫌いについて話すと
「もったいない、私は男が居ない世界なんて考えられないわ」
と言った。そんな台詞もイヤラシくならないのが真紀子さんの不思議なところだった。
「23、4歳なんて一番楽しい時だよ、最後に恋愛したのはいつ?」
はて、いつだったか……?
「……中学生とかですかねー」
と言うと、信じられない!と真紀子さんはのけぞった。
「合コンとかしたことある?」
「無いです」
「よし、じゃあ合コンしよう!」
「えーーーーーっ!」
今度は私がのけぞった。真紀子さんは、初心者向けのメンバーを揃えるから大丈夫、と言いながら手帳をペラペラめくり、私がアワアワしている間に日取りを決めてしまった。

約束をしたら行かなければならない気になる。
私は断れないまま当日を迎えた。

男性との飲み会は、大学のサークルの新歓コンパ以来である。女子大だった私の大学は、男性が多い理系の大学と交流があるサークルが多かった。そこで酔った男子学生に絡まれ続け、私は即日サークルを辞めた。
しかし、ふたを開けてみると、初対面なのに変に明るく盛り上がって、突然ゲームが始まったりするなんてことは一切なく落ち着いた飲み会だった。
同じフロアで働く別のお店のスタッフと、真紀子さんの学生時代の友人とその仲間たちの
4対4だった。初めは緊張でグラスを持つ手がたて笛状態で固まり震える程だったが、和やかな空気にホッとして、久々に客以外の男性と普通に話しをすることが出来た。
後々聞くと、真紀子さんから参加者にあらかじめお達しが出ていたそうだが、お陰で私にとっては良いリハビリになった。

やがて真紀子さんは家業を手伝うために退職し、私も体調を崩して事務に転職した。

真紀子さんとは、3ヶ月に1度は会って近況を報告しあった。
あるとき、真紀子さんから「どうしても紹介したい人がいる」と連絡が来た。真紀子さんから見て、私にぴったりな相手だそうだ。紹介か……。多少は男性に慣れてきたものの、特に恋人を作ろうとは思えなかった私は、忙しさを理由に断った。
しかし真紀子さんは、その後も二度三度と紹介の打診をしてくるのだった。

真紀子さんの誕生祝いをしようと約束をしたその日、待ち合わせの席には1人の男性が居た。真紀子さんは、「ごめんごめん、言い忘れてた」と口だけで謝った。やられた! と思ったが、もう引返せない。私はとりあえず当初の目的である誕生日会を楽しむことにした。

同席していたのは真紀子さんの取引先の男性で、やはり何度も打診があった人だった。

男性は佐藤というおっとりした喋り口の好青年だった。残念ながら男ばかりの職場で出会いが無いのだという。真紀子さんが何度も推してくるだけあって、私たちは音楽の趣味が同じで話が合った。真紀子さんはビールをぐいぐい飲みながら、私たちの様子をニヤニヤ眺めていた。

それから、私は佐藤君とメールのやりとりを始めた。佐藤君はマメな性格らしく、いつも携帯画面をスクロールしないといけないくらいのメールがきた。

やがて佐藤君に誘われ2人で会うようになった。佐藤君と会う前、決まって具合が悪くなった。貧血のようにフラフラしたり、気持ちが悪くなったりして予定をキャンセルしようかといつも迷った。ドタキャンは悪いかと向かい、会えば楽しかったし、日に日に距離が近づいていくのが分かった。佐藤君の好意も感じていた。それに比例するように私の具合はどんどん悪くなっていった。

「次に会ったら伝えたいことがある」

というメールが来た夜からは不眠症になって、1週間眠れなかった。
伝えられることと言ったらアレしかないじゃないか。
私は食事も喉を通らなくなり、仕事中もぼんやりしてミスが多くなった。

……もう限界だ。佐藤君は私の平穏な生活を脅かす存在になっていた。

私は佐藤君との連絡を絶った。すると今度は突然連絡が無くなった私を心配するメールがたびたび来るようになった。そのたびに私の胸は苦しくなって、なんとかこの連絡を断つ方法は無いかと職場の男性に相談してみた。

「男が諦める時は、相手が結婚する時ですね。もうどうしようも無いんだなって思います」

なるほど、と思った私はその日の夜すぐに佐藤君に架空の婚約者を作ってメールを送った。
ほどなくして、佐藤君から返事が来た。

「おめでとう、良かったね。実は次に会ったとき告白しようと思ってたんだ。でも遅かったね、早く言えばよかった。幸せになってね」

はぁー終わった・・・・・・。メールを読んだら涙が出てきた。
泣くほどしんどかったんだな、そう思った。

それから少しずつ食欲が戻り、眠れるようになり私は日常を取り戻していった。
しかし、胸がつかえている感覚だけがずっと取れなかった。そして時折、ズキズキと痛んだりもした。

「最近胸が痛いんだよね、病気かな」
半年くらい経ったある日、医療関係の仕事をしている友人に相談してみた。
思い当たる節があるのかと聞かれ、佐藤君との短い思い出を話した。
「凄いストレスでねー、多分それが原因だよ」
と言うと、友人は呆れた顔をした。
「それ本気で言ってるの?」
もちろん、と大きくうなずく私に友人は大きな溜息をつく。
「それ、佐藤君への恋わずらいじゃないの?」

私がわずらっていたのは、病気じゃなくて恋?

会うたび具合が悪くなっていたのは、眠れなかったのは、食欲が無くなったのは・・・・・・。そんなの漫画や小説の世界の話だと思っていた。
「胸が痛いって言葉は、比喩じゃないの?」
そうだよ、と友人は私の肩を抱いた。

長年の男嫌いが恋をストレスに、トキメキを体調不良にすり替えていた。でも、そうだ。確かにそうかもしれない。そう認めると意外にもちょっと嬉しかった。恋、出来たんだな、私。嬉しく思えた自分にも嬉しかった。

こうして男嫌いだった私は、恋が終わって、恋を知った。
今度はちゃんと、恋に落ちよう。

 
 
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2017-08-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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