メディアグランプリ

垂れたおっぱいが連れてきたもの


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記事:鮎川 忍(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
きっちり半世紀を過ごし、いつからか重力に抗うことも忘れている私のおっぱいの位置は、宇宙の法則通りに下方修正されている。

おっぱいだけではない。
30代の中頃と比べたら、体重は10kgも増え、体幹が描くカーブはひと塊となってクビレを忘れ、横からみた身体の厚みには自分でも唖然とする。全体のボリュームはこんなに増えているのに、おっぱいはワンサイズダウンしているという不可思議。この垂れたおっぱいを筆頭にした50オンナの身体に辟易としているかというと、実はそうでもない気がする。(そう思えないからコンナコトになるのだけれど……)

なにしろ楽なのがいいのだ。
ワイヤーで寄せてあげれば、もう少しスッキリとしたラインを描いてくれることはわかっている。バストトップの位置があがり、アゴ先と結ぶ線が正三角形に近くなるほど若々しくみえるというゴールデンラインも知っている。けれども、今はもはや自分の心地よさが最優先だ。窮屈なブラなど金輪際ご遠慮したい。
そして、おっぱいが下方に移動したままにしておくと、襟元の広い服を選んでもあからさまなエロさがないのが気に入っている。谷間なんぞ、ずっと奥にひっそり隠れているから。

若かりしころはこうはいかなかった。
デコルテの張りのあるボリュームは、いろいろなものを引き寄せていた。
毎日の通勤電車で遭遇する痴漢やら、見知らぬストーカーやら、火のないところに立つ不倫の噂やら、同性からの意地悪やら。
様々なものから身を守るために、文字通り身も心も硬くして、見えないナニモノかに抗って過ごす必要があった。あると思っていた。そう頑なに思い込むようなことがいくつもあったのだ。
その抵抗がいき過ぎたのか、半世紀をカウントする今までをオンナ独りで過ごすことになったのも、かつてのデコルテのボリュームのせい。それは言い訳にしか聞こえない理屈とは気付きながらも、半分は笑い話の、半分は本気の理由に使っている。

デコルテのボリュームが引き寄せるものへの抵抗がいつの間にか必要なくなった気楽さも、ブラのワイヤーからの解放に匹敵する。痴漢もストーカーも、視線をこちらに向けることはない。おっぱいが下方にスライドしようとも、二度とワイヤーブラはいらないのだ。自分の思うがままに息が吸える自由はもう手放せない。

1カ月ぶりに飲んだ同年代の男友達が、「若い頃は好きじゃなかった切り干し大根の煮物の美味しさが、今ではわかるようになった」と話していた。
私のなかで、彼への好感度がアップした。好感度というか、安心感なのかもしれない。

焼肉やステーキばかりを追い求めていた男も、いつしか切り干し大根の旨味を感じられるようになる。みずみずしく辛みを含んだ大根も、天日に干され、時を経たことで、奥から旨味が引き出されてほんのり甘い煮物として行き場を蘇らせる。オンナにだって、何にでもキャッキャと嬌声をあげるような若さにはない、時を経てようやくしみてくる旨味もあろう、あるはずだと思うのだ。

もちろん、彼の言っていることは食べ物のことだとわかっている。そして、切り干し大根の美味しさもわかるようになったけれど、相変わらずよく食べるのは焼肉だということも知っている。

そこで垂れたおっぱいを携えたオンナが、妙な安心感を覚えるのはずいぶんと勝手な話だ。妄想、錯覚の領域。それはわかっているのだけれど、その自分の勘違いな安心感さえ笑って受け入れるのが切り干し大根の旨味のひとつになるのではないだろうか。いちいち事実を問いただす必要などない、自分の胸の内だけの話として、さらっと奥に蓄積しておこう。

授乳という、生物としては本来の一番の存在意義を果しえなかった私の垂れたおっぱいは、かといって別段文句をいうこともなく静かにそこにある。授乳という行為に至るまでのパートナー探しに向けて、張りを保つ必要ももうないと気づいているのだろうか。ナチュラルに重力を受け入れている。

このおっぱいの所有者である私自身も、自然に任せるという在り方をようやく思い出したようだ。
いろいろなものに抗ってきたせいで忘れていたこと。自分も自然界の一部であり、どうあろうともそこからはみ出すことはできないし、自然のリズムに身を任せているのが一番美しい在り方だということ。すべてはなるように為る。

それに気づくと俄然面白くなってきた。
毎日の小さな選択を繰り返し、自分の船を一生懸命に漕ぐ。凪の日もあれば急流もある。明日はどんな波がやってくるのかわからない。それでもただ一生懸命に漕ぐ。自然は私をどこに連れていく気だろうと、ワクワクしながら一生懸命に漕ぐ。ただそれだけだ。オールは自分の力で漕ぐけれど、目指すゴールはない。流れ任せだから面白い。
転覆しないで急流を乗り切るスリル、穏やかな波音に安らぐ時間、ふと目線をあげれば輝く星。それらを楽しみながらいること、そのひとつひとつがゴールかもしれない。

時を経て獲得してきた切り干し大根の旨味は、誰より自分自身が味わっているようだ。

 
 
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2017-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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