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実は海外は恐くない……?


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記事:村中敏之(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
私が小学生だったころ、友達の間で夜の学校の怪談がはやっていた。
夜になると理科室の人体模型が走りだすとか、トイレの花子さんとか、そういった類の噂話だ。
多少の違いはあっても、どこの学校にも似たようなものがあったと思う。
もちろん私の通っていた学校にもあったし、私はそれをけっこう本気で信じていた。
今なら笑い話だが、当時の私には「夜の学校は恐い」という強烈なイメージが心に植えつけられていた。
しかし、小学生が夜の学校に行く機会なんて実際はほとんどない。
つまり、私にとって学校の怪談は恐怖の対象であると同時に、縁遠くて未知の世界の話だったのだ。

実際、私は学校の怪談とは無縁のまま卒業した。学校の怪談のことも時間とともにほとんど忘れてしまった。
そして、小学校を卒業してから10年後、私は社会人になった。
どこにでもいるような普通の会社員だ。学校の怪談のような怖い話とは縁遠い、平和で平凡な人生を歩むはずだった。

だが、そんな私の前にあの恐怖の「学校の怪談」が姿を変えて立ちふさがったのだ。
その名は「海外駐在」。
ある日突然、上司に呼ばれて受け取った辞令には3年間ほど南の方の国に駐在するようにと記されていたのだ。
私は慌てふためいた。
自慢ではないが私は海外に行ったことはない。
日本語が通じないし、いろいろ常識も違う。
そして、なによりも私の中に「海外は怖い」というイメージがあった。
それ故に私は海外を避けて生きてきたし、これからもそうするつもりだった。
要するに学校の怪談のように、怖いけど縁遠い世界であるはずの「海外」が、突然私に降りかかってきたのだ。
しかも、ただ行くだけではない。3年間もそこに住まないといけないのだ。

噂話としての学校の怪談なら、知らないふりをしてやりすごせば問題はない。
でも、海外駐在の辞令は実在し、知らないふりをするのは不可能だ。
私も一応ながら社会人だ。この脅威を無視する事ができない以上、対処する必要がある。
そのためにはまず情報が必要だ。海外に関してはほぼ無知な私は、情報収集のために海外駐在したことがある先輩のところへ奔走した。
ちなみに、このとき私はまだかなり楽観的だったと思う。
海外駐在経験者から「楽しかった」とか「絶対、経験しておくべき」というポジティブな言葉がもらえると心のどこかで期待していたのだ。
しかし、現実は違った。

「あぁ、あの国ね。うん、えーと……おめでとう」
今の間は何!?
全然めでたそうじゃないんですけど?

「年に3回ほど、1週間のお米の買出し休暇があるよ。休みが増えてラッキーだね!」
違う! それ、間違いなく発想が逆です!
お米の買出しに1週間も休暇が必要ってどんな場所だよ!

散々駆け回った私のもとに集まった情報は、学校の怪談の方がまだ可愛げがあるというようなものばかりだった。
私は本気で頭を抱えた。
いっそのこと海外駐在の赴任日になる前に辞表を書こうかどうか迷ったくらいだ。
とはいえ、ここで辞表を出して会社を辞めてしまっては、私の平和で平凡な人生計画が狂ってしまう。

3年間だ……
たった3年しのげば何とかなる……はずだ。

半ば無理矢理自分に言い聞かせ、決死の思いで海外に駐在することを決心した。
成田空港から赴任地へ飛び立つ時の私の顔は、多分緊張しすぎで青白かったと思う。
飛行機の中でも緊張のあまり何度もトイレに行った覚えがある。それこそ学校の怪談のひとつである「トイレの花子さん」の名がふさわしいくらいだったと思う。
隣の席で爆睡しているおじさんを羨ましく思ったことは、多分生まれて初めてだ。

そうこうしているうちに約半日の空旅の末、私が3年間暮らすことになる国の空港に到着した。
いや、到着してしまったと言うべきだろうか。
まさか自分が行くことになるとは思ってもいなかった地が、実際に目の前にあるのだ。
ここまでくると、もう後悔はなかった。
もう帰れないし、グチを言う事ができる友達もいないのだ。

「やるしかない」
私は決意も新たに、未知の世界への一歩を踏み出した。
……と締めくくりたいところだが、現実はそんなに甘くはなかった。

私はここで会社の先輩たちが「……おめでとう」と言った意味を嫌と言うほど思い知ることになる。
本当に何から何まで日本にいたときとは違うのだ。
学校の怪談の言葉を借りるなら、真昼間から理科室の人体模型が学校中を走り回っている感じといったら判ってもらえるだろうか?
このことを日本にいる友達に電話で伝えると、
「そもそも、人体模型が昼間から走ってたら怪談にならないでしょう?」
と突っ込まれたが、本当にそんな感じとしか言いようがない。「訳がわからない」とか「ありえない」とつぶやかずにはいられないような事に何度も遭遇するのだ。
私の経験が浅く、想定も甘かったと言えばそれまでだが、本当に右を向いても、左を向いても予想外のことが起こるのだ。
最初の半年は胃が痛くなるような状況だった。

ところが、人間とは恐ろしいもので半年も経てば、この人体模型が走り回るような状況にも慣れてくる。今では少々何が起こっても動じなくなったし、怖くない。
むしろ帰国したときの話題が増えて嬉しい。会社の先輩に聞いて絶望した「お米買出し休暇」も笑ってネタにできるようになったし、休みが増えてラッキーと思えるようにもなった。

海外駐在する前は、未知の世界である外国に足を踏み入れ、そこで生きていくことになるとは夢にも思っていなかった。海外は学校の怪談と同じく「怖いもの」と思い込んでいたのだから。
しかし、実際に踏み込んでみると、苦労はあるが意外にも楽しい世界だった。
人生が大きく変わるし、学校の怪談と同様に話のネタとしてもなかなか使える。

もし、私の後輩が海外赴任することになって情報を聞きに来たら、きちんと言ってあげようと思う。
「(多分、けっこう苦労するけど)おめでとう! 楽しいよ!」と。

 

 

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2017-09-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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