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私が死神になったわけ


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記事:旭川さつき(ライティング・ゼミ日曜コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
もともとは麻酔科が専門で、救急医だったんですよ。当時北海道で一番救急車がたくさん来る病院で、交通事故とか、心肺停止とか、溺水とか。そういう患者さんを蘇生して、人工心肺につないだり、蘇生してそのまま手術室に運んで麻酔を担当したり。血液浄化、人工透析のハイグレードなやつだと思ってください、そういうことをやったりね。
もう本当にいろんなことを経験しました。3か月だけ研修に来た他の科の先生が、「俺に文才があったら、ここで経験したことだけで、小説家になっても一生ネタには困らない」って言ってましたね。一家で交通事故に遭って、小学生の女の子がたった一人生き残ったり、全身にひどい火傷を負った人の家族に病状を説明して質問はありませんか、と言ったら、ご主人が「この状態で離婚できますか」って言ったり。救急車には人生が乗っている、と思いましたよ。火急の際に、良くも悪くもそれまで生きてきた道があぶりだされるんです。
交通事故に遭って意識不明の患者さんがかつらをつけていて、処置の邪魔にあるので外してご家族にお渡ししたら、奥様が「えええええっ!」と叫んで絶句されて。秘密にされていたのですね。どんなに苦労して秘密を守られていたのかと思うと、今でも罪悪感を覚えますよ。
もちろん激務でした。時間外勤務は月200時間ぐらいになっていたと思います。過労死の診断書を書いて、自分のほうが時間外多いな、と思ったのをはっきり覚えています。
そうして頑張って命を助けるようとするのだけど、かなわず目の前で次々に人が死んでいきます。そして助かったとしても重い障害の残る方も、いわゆる植物状態になってしまう方もいます。自分が救命してそういう人たちのために本当に良かったのか。また、助からないことがはっきりしてしまったときに、治療をどうするのがいいのか……今は少しずつガイドラインとか整備されていますけど、当時は現場のものが苦しんで落としどころを探すしかなかったんです。
激務とそういう気持ちの負荷と、そういうものが積もりに積もって、私はその場を離れることにしました。結婚します。その一言で穏便に退職できる女性は、便利、ですね。実際誰が見てもとても家庭生活と両立できる状況ではありませんでした。
 
すぐ年子に恵まれて、子育てに追われて。あったかい穏やかな暮らしをしていたはずのところにやってきたのが、医師不足です。特に麻酔科の医者は新聞だねになるほど不足していました。次女が中学受験の集団面接で、将来は何になりたいですか、と聞かれ、同じグループの子が「麻酔科医になりたいです、不足しているからです」と答えたと聞いて驚きました。
そんな事情があって医局に呼び戻され、少しずつ働きだしたころ、地元の病院の麻酔科医が退職して困っている、という話があり、今の病院に呼ばれたんです。
 
常勤に戻ってしばらくは手術麻酔を主に担当していたのですが、それが落ち着いてきた3年目、当時の院長に「緩和ケアチームをやりませんか」と言われましてね。
緩和ケアというと、末期がんの方の痛みをとる治療、というイメージが強いと思うんです。実際うちで始める時も「死神チーム」なんて言われましたしね。実際には重い病気の方の苦痛をとる治療をするチームです。
重い病気には身体的な痛い、苦しい、思うように動けないという苦痛に加え、心理的、社会的、スピリチュアルな苦痛があるとされています。そういう多様な苦痛には、医者だけじゃなくて多業種のチームで対応するのがよいとされます。ありがたいことにうちも緩和ケアの認定看護師さん、リハビリの先生って資格が3つあるんですけどその3つから一人ずつ、薬剤師の先生、ソーシャルワーカーさんと他業種の方に参加してもらえてます。
毎週木曜日、決まった時間に院内を回診して、そんな患者さんの様子を見に行って。寿命を延ばすということはさておいて、今の苦しさ辛さをどうにか取り除く、ということを一生懸命するんです。お引き受けした時点で、緩和医療の経験はゼロ、必死で勉強しました。いろいろなところに勉強しに行って、そのおかげで緩和医療に携わる先生方と知り合えて、今では道内のあちこちに緩和ケアのための研修会の講師に呼んでもらえるようになりました。医師の道を一度ははずれた自分が、人様に教えるために呼んで頂けるなんて、望外の喜びでした。
若いころに救命の限りを尽くしたからこそ、今、延命治療はしない、という選択ができるんだな、と思います。
病院で緩和ケアを担当するうち、在宅医療を担う医者がいないために家に帰れない患者さんが多いことを知って、在宅医療も始めることにしたんです。まだまだ勉強中ですが、お家でゆっくりと療養していただける様に頑張ろうと思いますよ。
話が長くなりました。
お薬、出しておきます。また来週、お邪魔しますね。
では。
 
 
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2017-09-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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